センチメンタルの涅槃

読書、漫画、映画感想用。中二病と喪女をこじらせた25歳。ボーイズラブの話多し。

「アイは無視してくださいね、春」

 

Continues ~with Wings~2日めを生で見た今のお気持ち①

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Continues ~with Wings~2日めを生で見た今のお気持ち②

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アイなんて無視できねえよ、春

 

 ――――食べログで一人称が“小生”のおっさん並に、本題に入るまでのどうでもいい前置きと自分語りがクソ長い代物である事をご留意下さい――――

 

 

俺は一体あと何回羽生結弦を見くびれば学習するのか。

 

十数年にわたり中二病をこじらせている結果、300人のキャパも埋まらないインディーズバンドとか生まれた田舎町の本屋じゃぜんぜん売っていない漫画なんかが好きだったクソサブカルブス時代が長すぎて、どうにも、

「推しが政府公認」「推しが社会現象」

であることの意味を、それがどういう事態を呼ぶかを理解できていなかった節のある私が、四月に入ってから幾度も口にした台詞である。

 

 日本橋高島屋で開催されている羽生結弦展、初日に数千人も並んだらしい事を知ったとき。

キャンバスアートなんかあるのか~値段安いなー、どんな感じなのかちょっと仕事の参考としても見に行こーみたいなクソぬるい気持ちを抱いていたら、初日で即完売入荷無し状態になった事を知ったとき。

 

そう、次元がちげえんだよ。てめえの小さい物差しで物事を考えるな。

 

って、何度も学習していたはずなのに、私は4月14日の朝、過去最大音量で同じ台詞を叫ぶ羽目になった。

スマホのアラームが鳴ったので半分寝ぼけて止めてロック解除したら、この画面が目に入ってしまったからである。

 

 

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かわいい。

 

そうじゃない。

問題はそこではない。

問題は、私が、この度のCiに万全の状態で臨むために、13日の夕方からTwitterのTLやリストを追うのを断っていたことにある。これはネット中毒の自分にはなかなか辛い所業であったが、しかしTwitterを見ることを自らに禁じたのである。

一切のネタバレを断って、真っさらな気持ちで鑑賞するために。

 

というのは、この素晴らしき“ユヅルオンアイス”のモブとして、羽生くんを見るたびに、「時間だけは不可逆」であることの意味をひしひしと実感していたからだ。

つまり、知らなかったことを知ることはできるが、知ってしまったあとで知らなかった状態には決して、決して戻れない。

既に知ってしまったあとになってしまっては、もし○○を知らなかった場合、自分がどう思うか、どのくらい心を動かされたのか、どういう感情を持ったのか、というIFだけは、絶対に分かりようも戻りようもないのだ。

たとえば、羽生が金メダルを獲るという事を、どういう演技をするかを、知った後になってからまたその演技の細かいところを振り返り着目する楽しみは何度も何度も繰り返すことができるが、まだ、これから羽生がどういう演技をするか、結果どうなるかを、“知らない”状態でそれを見る気持ちだけは、最初の一回しかなく不可逆なのだ。

 

であるならば。選択として。

“知らない”という状態にだけは戻れない以上、“知らない”という状態を自分で作っていくのがよかろう。

 

だが現実は残酷であった。

以下二コマ漫画。

 

 

 

 

俺は一体あと何回羽生結弦を見くびれば学習するのか。

 もはや、この世界に生きている限り羽生情報を遮断するのは不可能なのか。スマホ捨てて一人で独房にでも篭っていないと無理なのか。

 

いや羽生が佐野稔と立ってるだけの画像じゃんって思うかもしれないけどさ、だってどんな服着るのかなってだけでも楽しみだったし、だってこの衣装的に稔滑るじゃんってのも分かっちゃったし、氷上って見出しについてるって事は多少なりとも滑るのかもって…別にニュースを責めているわけでは全然ない。羽生を見くびっていた私が悪い。

彼は社会現象なのだ。

 

 

ということで、若干の後悔を引きずりながら向かったCiであったが、公演を見終わった帰り道、今度はとても嬉しい気持ちでまた同じ台詞を噛み締めることとなったのである。

 

正直なところを言えば、このチケットをとるとき、羽生は最初と最後にチラッと出て喋るだけでも仕方ないかなとか思っていたのだ。

それでも少しでも姿が見られるだけで、何円だって払う意味があると思っていた。忙しいだろうし、治療やリハビリも大変だろうし、出し惜しみしたっていい、むしろ出し惜しみすべきほどの価値のある人だし。

しかし。

どうやら私はまた、羽生を見くびっていたようだ。

自身が自身の最高の演出家であり脚本家である圧倒的なスターたる羽生選手を、何よりも本人がスケオタである羽生くんのスケート愛を、そして羽生プロデューサーとしての力量を。

会場に行けない事情のあるファンへの配慮としてのテレビ放送に加え、全国映画館でのライビュ実施、グッズの通販決定、というような神対応というだけでなく、五輪二連覇の凱旋公演として、イベントとしても、これ以上ないくらいの神イベント。

 

そして まさかこんなに羽生くんが何度も舞台に出てくれるとは。出し惜しみなく、喋る、喋る、喋る、しかもその内容も、五輪のフリーのコレオシークエンスで笑っていた理由とか、ファンにとっても、そうなんだ!という知りたかったものばかり。スケーターとの対談、羽生の技解説や、羽生自身による五輪演技解説、などコーナーも盛り沢山。しかも出演スケーターの出る前には、羽生による「このスケーターと自分のつながり」説明動画も準備されている。(しかし、プルの動画で、「スケート人生を左右した存在」みたいなかっこいいテロップにセクボン映像をかぶせているの、別に羽生くんが作ったわけではないだろうけどもそれでも羽生くんのセンスが滲み出ている感じでマジでよかった)

で何より。

すべらないショーではなかった…!のだ…!!

怪我をして万全でない中で、過去プロを3つも続けて、そして3日間とも違う内容を準備するなんて、どんだけ大変なのか……けど彼は、皆の前で滑る決断を……

 

 

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しかも、ただ羽生くんが、準備に心を砕き自らを出し惜しみしないばかりでなく、ファンが(つうか私が)卒倒しそうな神発言も幾度も飛び出て、私はなんかもう、いっそ俺を殺してくれよ…という心境にまで至るほどであった。

 

たとえば、羽生によるセルフ解説、私は、前も書いたとおり自分のことを自分でかっこいいという羽生が何よりも好きだし、公演前も、

 

とか抜かしていたのだが、五輪の映像こそ大人の事情で流せなかったものの、実際、

 

(SEIMEIの映像みて)羽生「かっこいー」  そういうとこやぞ! Take.1

 

「4Sと4T、4S+3Tを決めた時にはノーミスきたなこれって思って」 そういうとこやぞ!! Take.2

 

「(コレオシークエンスについて)ウィニングランだなこれは」 そういうとこやぞ!!!Take.3

(あそこで笑ってたの、私はリアルタイムで観ていたときめちゃくちゃグッと来たのだが、「皆みてーー!!」って気持ちだったらしいですね。そんなかわいい理由だったのか…)

 

(4Tをミスった後指をぐっと掴んだのは、コンボつけられる回数数えてた+得点高いジャンプ何か判断した) ってのを受けて司会の人が「どんな頭してるんですか?」って聞いたときの答え

「スーパーコンピュータとか入ってるんでしょうね」 そういうとこやぞ!!!!Take.4

 

 

もう何から何まで羽生節全開すぎるありがとうありがとうそしてありがとう。生きていてくれてありがとう。

 

 

 更に更に、オタクの妄想としか思えないあれやこれ

南に向かって軽く一礼して身体を戻したと思ったら、またバッ!と振り返ってニコッっと笑う羽生  ぎゃああああああ Take.1

 

フィナーレからはけるときに両手で投げキッスする羽生  ぎゃあああああああああ Take.2

 

羽生「僕を愛してくれてありがとう」  ぎゃあああああああああああああああああ!! Take.3

 

 羽生「調教されてますね」   私「いっそ殺してくれ…」Take.4  

 

 いや嘘。全然死にたくない。これまで生きていた自分ありがとう。

 

 と、よく分からないがこの世の生きとし生けるものすべてに圧倒的感謝をせざるを得ないショーだったわけだけれども、一方で、なるほど羽生くんらしいなと思ったのは、イベントの構成や見せ方自体は、五輪二連覇の凱旋公演にも関わらず、圧倒的感謝、とか無駄に感動を煽ったり押し付けたりするつくりではなく、どちらかというと、一人のスケートファン、フィギュアスケート選手である羽生としての面が出ていた事だった。

五輪を振り返るくだりでも、「SEIMEIのジャッジ前のクロスロールは、どうやって能や狂言的な要素を表現しようかと考えたときに、肩のラインと骨盤が平行なまま動く振りがいいのではないかと」とか、おそらくスケオタも、へえそうなんだ、と思う内容であったし、

そして、他スケーターの出演前の解説動画でも、「何故このスケーターをオファーしたか」という事に関して、無良くんと自分のジャンプの違いと、それゆえの影響であったり、ジョニーのパンケーキスピンについての説明だったり、結構細かく理由、というか自らに繋がる理屈を言ってくれている。

 

でも、だから、そういう作りだったことこそがむしろ、とてもエモかった。これはマジで何から目線なんだ?という感じの感覚ではあるが、

自分がこれまで好きで憧れていた世界のトップスケーターを自分のためのショーに呼ぶ事ができて、見せ方を考える事ができて、羽生くんは本当に、ひとりのスケオタ冥利に、スケーター冥利に尽きるだろうなあと思ったのだ。漫画が好きな人だったら、自分が好きな漫画家ばかりで雑誌を作ることを、映画が好きな人だったら、自分が好きな俳優と監督とスタッフで映画を作ることを、一度は夢見ると思うけれど、そんなことが出来る人は、とってもとっても限られている。羽生くんは今はそれが出来る。それは彼自身が並々ならぬ努力と才能で世界のトップに立ったから。何から目線なのかよくわからないが、けれども私はそのことが何より一番嬉しかったし、そのことを考えると本当に胸がいっぱいになるし、その観点から捉えれば実はやはり、非常にエモーショナルな作りではあるのだ。

 

 

オープニング前、SEIMEIの音楽が終わり、いよいよ登場か!?と思いきや始まる「4歳のときスケートを始め…」みたいなまさかの羽生人生ダイジェスト動画。はじめは、

 

(結婚式か…!?)

 

とか思い、

 

満を持して始まったオープニングで、すっと前に出たプル様がステージの羽生に向かって腕を広げるのを見て、

 

(結婚式だ…)

 

という確信を得たのだが、まあそれは半分冗談としても、そんなオープニングから始まり、一部の最後を飾るのはプルシェンコ

プルシェンコについての解説動画のくだりで羽生は、彼が信じて待っていてくれた事が嬉しかったと語る。怪我をした羽生について、『羽生選手は他の選手と滑りがまったく違う。これは決して、褒めているわけではなく、事実なのだ』と述べるプルの映像が流れる。

そして、プルシェンコの伝説的プロ、ニジンスキーが始まるのだ。

 

ああ、伝説は伝説に繋がったのだ。と。

私はこの素晴らしい構成にいたく感銘した。

プルシェンコに憧れた一人の少年が、世界のトップに立ち、憧れの存在だった人にあんな言葉をかけてもらえるまでになり、今はこうして自身のショーに来てもらうまでに、そんな(実際はぜんぶ見てもいない)ドラマチックな人生が走馬灯のようにさあっと心に押し寄せてくるような。

 

本人が、「プルシェンコニジンスキーを生で見て、つい自分の人生を振り返って号泣した」のもさもありなんである。

 

佐野稔氏の出演だって、発表されたのが4月1日だったのもあって、「エイプリルフール?」とか半分皆笑っていたけれど、しかし、佐野稔が仙台でスケート教室を開き、そこに羽生選手のお姉さんが通った事で、羽生選手もスケートを始めた…という経緯を鑑みれば、ああ、全ては、つながっていたんだという感動が胸に広がる。 

まさに、羽生自身がこのショーの名前とテーマとした、「コンティニュー」の物語であり、我々はここにきて、「継承」という言葉に立ち返るのだ。

 

 何という練られた構成だろう。

 

 

 私はこれまで、実際アイスショーで見た事があるくせに、それでもやはり、

羽生結弦って本当に実在しているんだろうか。孤独なオタクによる悪い夢なのではないか。

という疑念を抱いていたが、終わってみればそれはそれで、やはりさっきのはあまりに素晴らしすぎて孤独なオタクの夢だったような気がする。本当に羽生くんって実在しているんだろうか!?!? 既にとっくに世界はハニュウ惑星によって侵略されていて、これは人類が見ている最後の集団幻想とかじゃない!?!?(以下無限ループ)

それは、羽生の口から「調教されてますね」というオタクの妄想のような台詞が発せられた事とか調教されてますねという夢のような台詞が発せられた事とか調k……

……単にスケートが世界一巧いだけでなく(“単に”とは?)、ビジュアルも可愛く、テレビの仕事でも十分活躍できるトーク力もあって、トークでも、無良くんが多少うーんと回答に詰まれば、更に質問を重ねたり助け舟を出すMC力すらあり、本人に圧倒的な華があるにも関わらず裏方としてのプロデューサー的気質と力量をも持ち合わせている。

ここで、羽生先生が、自身の羽生物語の最高の演出家兼脚本家であるばかりでなく、他人気物語を集めて編んで効果的な魅せ方をするアンソロジーも作れちゃう編集(P)的能力もあるらしい事が分かってしまった意味はでかいんじゃないか。ファンにとっては一種の光明であるしスポンサーだって黙っちゃいないだろう。

 

いや、逆にさ。

逆に聞くけどさ。

何なら出来ないの? 何なら苦手??

 

 

この、「持ち合わせている」という事に関して、羽生くんはこれまでも、また今回も無良くんに「技術と芸術両方を持ち合わせている」とか言われていたけれど、

(しかしここで「低いところでね」とか返す羽生くん、確実に「ワタシハスケートチョットデキル」芸人としてのプルの血を受け継いでいますよね…)

今回改めて、ああ、なるほどなと一つ気付いたのは、羽生くんは、理屈も感情も人より“高いレベルで”両立している人間なんだなということだった。

技術論とエモさの同居。

 

 「アンナチュラル」でも、感情的に理屈を見つけ出す…みたいな台詞があったけれど、ところで私は前々から、論理的に考えられる事の方が「上」で価値あるものであり、感情的である事は「下」で唾棄すべきものみたいな捉え方って、なんだかなあと思っていたのだ。

その二つがまるで二項対立的であるかのような一般論も。

そうかなあ。そんなに感情ってくだらなくて唾棄すべきものかなあ。

もちろん、感情だけでは何もならないのだが、悔しいとか勝ちたいとか強い感情がなければ、それを何とかするための理論や方法を模索しようと思えないんじゃないか。強い感情があるからこそ見つけられた理屈はあるんじゃないか。

 

私は今回の、スケート技術の話をふんだんにしながらも、しかし感極まる構成である「Continues ~with Wings~」を見て、そして、最後に「皆の目が僕にとっては星みたいに輝いて」とか、すべての羽生記者に負けず劣らずのポエマーぷりを振りまく羽生くんを見て、ああやはり。二項対立なんかじゃないのだと思った。

世界を構成する論理が見えてしまい言葉として思考できる論理的な人間でありながら、理詰めであることを愛しながら、同時に強い感情と感受性を持つことは、両立し得るのだと。そういう人はいるのだと。

たぶんそれゆえに、辛い事は沢山あるのだろう。上手くいかない時も幾度もあるのだろう。余計に傷付く事があるんだろう。

だけれどもそれこそが、彼の強みであるような気もするのだ。そういう羽生くん自身の人間性が、構成や言動から、はっと、伝わってくるショーであった事もとってもよかった。

 

と共に、ってかポエマーとしても俺は羽生に圧倒的に負けてる…!と涙を呑みながら歯ぎしりをする羽目になった。(そこは競うとこなのか?)

精進しねえとなあ。何をだ。

 

きっと何者にもなれないお前たちに告げる。

 

祭りは終わり王は凱旋した。

まだSPが始まる前、前回のソチ五輪が「羽生結弦 伝説誕生」なら今回は「羽生結弦 王の凱旋」とか抜かしていたが、まさしくその通りになったわけである。

(※っていう感じの事を書いた友人のツイートがバズって私がそれを、やっぱ皆考えてることは同じかーと何気なくRTした結果、互いに別アカウントがバレるという不幸な事故も今回勃発したらしい)

圧倒的な絶対王者を前にした庶民の反応はどこの王国でも同じであり(?)

 

 

 今回の平昌で、新たにそんな王国民落ちしそうな人のために、「必見羽生結弦演技ベスト3」の話でもしようかと思ったんですけど、まあ当然のように無理だったので、無理っていうのは、羽生くんはその時その時が全て最高なので、っていうかその時だからこそ最高なので、ベストとか決められるわけないからです。(※前回の記事と大いに矛盾する発言)

 

 

例えば羽生結弦を語る際に外せない、もはや伝説となっている「2012年世界選手権FS」のロミジュリは、そりゃ演技自体の出来の話をしちゃえば、今の羽生くんと比べたらステップや滑り、全てが荒いし後半なんか本当にヘロヘロなんだけども、だからこそ荒削りな魅力があるし、凄い勢いでスターダムにのし上がっていく羽生くんの物語と演技が伝える印象とがピタッと合致していてだから感動的だ。

パリの散歩道をことごとく焼き付くし沼落ちが数多続出したであろうソチ五輪のSPも、少年と青年の狭間にいるようなあの時の羽生くんがやったからこそ、そして、この先真の意味で世界の絶対王者としての伝説を刻んでいく男の、始まりの瞬間と勢いを感じられるからこそ、より深くぐっと来るっていうのもある。

同じプログラムをやっていても、世界王者としての名を確固たるものにしていた2015年の羽生の鬼気迫る演技と、怪我をして万全ではない中、それでも王者として舞台に立ち、やり遂げた喜び滑る喜び、笑うような表情すら見せる2018平昌の羽生じゃやはり全然違う。

だから見る順番も重要だしね。

 

ということで、余裕で無理だったので、突然ですが平昌五輪ベスト羽生でも発表しますね。(突然語彙力とIQが著しく低下します)

 

 

https://img.topics.smt.news.goo.ne.jp/picture/dailysports/m_20180225025.jpg

ショートケーキのティッシュケースがこんなに似合う23歳男性存在していいの!?!?!? しかもこのケース、プーがついていたらしいじゃないですか。何だよそのプーに対する謎の情熱は。(まファンや誰かからのプレゼントだろうけどさあ)

 

 

可愛さの権化。

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可愛さの暴力。

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カメラロール見たらマジでこの画像それぞれ別のタイミングで3回も保存してた。

http://www.sanspo.com/pyeongchang2018/images/20180222/pye18022220130072-p1.jpg

 

 

 

ひょーーーーーひゃーーーーーー

http://www.hochi.co.jp/photo/20180218/20180218-OHT1I50047-T.jpg

 

 

あーーーーーー羽生くんが可愛くてつらい。羽生くんが可愛い画像を見つける度に羽生くんに「かわいいの飽和状態」「かわいいの化身」とか送りつけて逐一既読無視されたい。たまに「かっこいい」とコメント付けた時だけ「でしょ」と返ってきて欲しい。「自分でかっこいいって思ってる」っていじったら、同じ質問を中居くんに訊かれて「思ってます」って返した時の羽生くんのスクショを自分自身で送って来てくれるお茶目さが欲しい。

 

 

……ああ、そうである。あの羽生は最高だった。

 

 

色々あるが最高の羽生圧倒的1位

:「中居くんに、『自分のことかっこいいと思ってる?』と訊かれて「思ってます」と笑う羽生」

 

「世界よ、これが羽生だ」 っていうキャッチ付けて叫びまわりたいくらい好きな羽生。羽生くんの羽生み(?)がこれ以上ないくらい全開フルスロットル、最高すぎる。

 

世界よ、これが羽生だ!!!!!!!!

 

羽生結弦新興宗教なので、

従ってこればかりは要は宗派の違いであり、分からない奴には永久に分からないのだろうと仕方ないんだけど、こういう羽生を見てナルシストかよとか叩く各位へ。

羽生くんがナルシストだったら一体何だってんだよ。

 

いや実際、世界で一番の実力と実績を持つ羽生くんが自分凄いとか思っちゃダメってことだったら、

何にせよあらゆる物に於いて世界でせいぜい3000000000番目くらいのものしか持たない我々の自尊心や自意識なんてもはや1ミクロンの欠片もなく崩壊すべきってことになりません?

 

…っていうド正論はさておいてでも、

俺は素敵俺はかっこいい俺は凄い、俺はやる、んだというオーラを全身から放ちそして実際に見事やり遂げてしまうというかっこよさ。

そこがいいんだろうがよ。だからいいんだろうがよ。

しかし羽生くんはたとえナルシストにせよ、周りを見ず自分にのめり込む自己陶酔型では決してないというあたりもポイントだ。むしろ、通常の人間より、恐ろしいほど自己に対する客観性と周囲への観察眼があるように思える。この例え何回も使っているけれど、羽生くんは、「羽生結弦物語」の最高の脚本家であり演出家なのだ。だからそこには客観も観察も必要なのである。

羽生物語の脚本家であり演出家。自分の思い描く「羽生劇場」に周囲や状況の方をグッと引き込んでしまう、圧倒的羽生力。

普通の人は、俺の描く最高にかっこいい俺を実現なんてできやしない。だからこそ、そこに痺れる憧れるのだ!!!

 

って色々御託を述べたが、何にせよ、私は羽生くんのこういうところが大好きである。多分かっこいいと思ってると答えた方が面白いんだろうなって思って言ってる面もあるのも含めてね。

 

 

2位:自分が「そっち側」だと分かっている羽生最高過ぎる

http://www.sankei.com/photo/images/news/180224/sty1802240008-f2.jpg

  

ゆづるお姉さまと呼ばせて!!!!!!!!!!

 

 

3位:五輪パリピグラサン(?)をかけ記念撮影しようとする際、「ショーマクン」と宇野を呼ぶハビちゃんからの、「おいで」という羽生くんの声色の優しさ。

 

www.youtube.com

 

これについては、「宇野選手のことは、可愛いわんこみたいに思っている」という羽生くんの発言とあわせると尚更悶絶である。

つまり……「可愛いわんこ」を呼び寄せる時の声色なんですね…!!!

ひょーーーーひゃーーーーーーーーーーー(また言う)

 

 

…って3日前までは終始こういうテンションで、

何ならそのハイテンションのまま調子に乗って狂気の妄想総集編まで投下しちゃったりして↓

www.pixiv.net

 

…たのだが、帰国後の会見で私は羽生結弦という男に心底恐怖心のようなものを抱くこととなったのだった。

羽生くんは決してかっこよくて可愛いだけの男ではない。当然だが。知ってたが。

 

 

(今度はテンションが著しく低下します) 

 

たとえばそれは、

日本=スポーツを通じて、周りへの感謝や思いやりの心を持てる

世界=勝てばいいみたいな風潮

というクソのような二項対立を前提に、安易な日本人論に着地させようとする記者に対して、決してその前提に乗らず、そういうのは性格の問題、とやんわりと記者の前提を否定し、たとえとしてマイケル・ジョーダンの話をさっと持ち出した上で、

「自分は、(絶対に勝ちたい人間だし絶対に勝つと思ったときの方がパフォーマンスを発揮できるので)あまり楽しい気持ちとか、またはリスペクトをしながら感謝をしながらニコニコしながら演技をするというのは向いていない」

と言い切る羽生くんの凄まじい話術、回答の技量、負けず嫌い節全開、そしてパブリックイメージ的に何かに感謝とか優等生的回答が求められている事は分かった上で、それを裏切る切れ味に震えた事だったりもする。

 

(全文はここで読んでくれ↓)

logmi.jp

 

しかし一番は、宇野くんに対して訊かれたときのくだりである。

 

ところで、今回の平昌では、羽生くんが金、宇野くんが銀を獲ったことや、羽生くんがグリグリと宇野くんの頭を撫でていたり盛んに構っていたりしたことも含め、(別に腐女子に限らず)この二人にモエモエしていた人は多いと思うし、まあ当然の如く私もしていた。萌えていた事は認める。

 

しかし、その一方で、この二人、表面上の「可愛さ」ほどは、可愛い関係性ではないのではなかろうか…?と、やや語弊はあるが多少の薄ら怖さのようなものを感じ取っていたのもまた然り。

果たして、宇野くんと羽生くんの、この拭いきれない「距離感」のようなものは、何なんだろうか?というような事を一方では考えていたのだった。

 

 

無論、これまでも、宇野くんが本当に憧れているのは高橋大輔の方っていうのも知っていたし、例えば、自分は高橋大輔みたいに人を惹きつけ心を打つような表現面を磨いていきたいというスタンスだったりなんかして、羽生くん程には、絶対何が何でも自分が勝つみたいな風でもなさげなのかなとも思っていたりした。(※という言い方だと誤解を与えるかもしれないので付け加えるが、もちろん宇野くんだって常人の100倍は負けず嫌いだろうし、もちろん羽生くんは表現面でもピカ一ですよ、それは大前提として、その上で)

で今回は、結構そのスタンスというか心構えの違いみたいなものが、割と顕著に出ていたように思う。

 

 

話が変わるようだが、羽生くんと違い?私は結構、“たられば”について考えることは好きだ。

何でかっていうと、あらゆる“たられば”について想いを巡らせることで、「しかし、そうはならなかった今ここにある現実」が一層浮き立つような気がするからだ。

もしかしたら、ああいう可能性もあった、こういう可能性もあった、でもそうはならなかった。そうはならなかった、というところにこそ真実がある、気がする。

 

目下のところの最大のたられば。

もし、羽生結弦という宇宙人がこの時代に存在していなければ。

 

宇野くんは、この命題について本当のとこはどう思っているんだろうなあ、ということを私は男子FSが終わった後から今日に至るまで、何だかずっと考えてしまっていたのである。

 

もちろん、その人が本当はどう思っているかなんて、他人が分かるわけはないのであるが。

更に言えば、本人が“本当に”思ったこと、と言った時の“本当”なんてものはもしかしたら存在しないのかもしれない。とも思う。

今回の五輪後のインタビューなんかをずっと聞いていて、なるほどなあと思ったのは、やはり、あらゆる局や人から同じような質問をされ、同じような受け答えをしていくうちに、回答がだんだんと「洗練」されていくんですよね。

「洗練」される、という事はつまり、洗練されていなかった部分はその人の答えや思考から無くなっていくということ。

“本当”ならばあったはずの、自分でもまとまりきらない雑多な考えや感情、思い。

しかし何かを思考するにせよ、それを誰かに伝えるにせよ、まず言葉が必要なのである。その人が“本当に”思った、感じた事のうち、うまく言語化できる感情なんてほんの一部なのじゃないかと思うけれど、この時点で、言葉に出来なかった思いは存在できなくなる。更に、思考や伝達に必要な、筋道と論理。ある筋道、論理から逸れるような雑多な考えはまたどんどんと削ぎ落とされていく。

そして、自分なりに言語化して筋道立てた考えに、他者の反応や「こういうことなんですね」という解釈の言葉が加わり、「なるほどこう言えばいいのか」「こういうことなのかも」と他者の反応や解釈に多少は影響された「完成回答」が、できてくる。

そのうちに、その「完成回答」が自分の考えとして脳内に定着する。

 

だから結局のところは、どうしたってわかりようがないことだし、これから書く私の話だって、そうして切り取られたごく一部でしかなくって、多分思った事の半分も伝えきれないのだろうが、が、しかし考えてしまう。

五輪で銀メダルなんて、本当だったら十分に本当に十分に物凄いことなのに(だって、高橋大輔だってバンクーバーで獲ったのは銅メダルだし、浅田真央だって銀なのだよ)、五輪は抜きにしても、そもそも宇野くんだって、世界ランク2位の凄い選手なのに、同じ時代に、羽生くんがいるせいで言葉は悪いが注目がどうしてもそっちへ行ってしまう。

 

もちろん、羽生結弦がいなければなんて問いにも意味はないのだ。だって、いるから。圧倒的なスターとして存在してしまっているから。

しかし、宇野くん自身はそれを、そんなに気にしていないように見える。

もしかしたらーー初めて、羽生に勝てるチャンスだったかもしれない事も、気にしていないように見える。

言葉でも「負けたのは悔しくない、実力の差なので仕方ない」と言う。それが真実なのかもしれない。色々な“たられば”はある、けれども羽生くんが勝ったというこの現実にこそ。

けれども、そんなに気にしていないように見えるからこそ、私は凄く気になってしまっていたのだった。

 

自分が圧倒的王者に成り代わりたいと思っているのか。

それとも、羽生くんが圧倒的存在でいてくれる事がむしろ助かっているのか。

つまり宇野くん自身が口にするように、メディアや世間の期待を一手に背負う存在が他にいてくれる事がプレッシャーからの解放に繋がるということだったり、「○○になら負けても仕方ない」という絶対王者が君臨している事は心の重荷を少し減らすのかもしれない(そこが、1位と2位以下の差であると私は思う)。

 

そういうことを数日間色々考えてやはり思ったのは、

これはどちらが強いとかどちらが凄いとかどちらが正しいとかそういう事ではなくて、何というか、向いている方向として、

実際のところ、宇野くんは、羽生くんを超えようとは思っていないんじゃなかろうか。

 

 

というのは、宇野くんからの羽生くんへの想いの勝手な想像だけども、この度の帰国会見で、何か羽生くん側から宇野くんへのアンサーのようなものが垣間見えて、

私は恐怖に打ち震えた。

…恐怖? 恐怖と言って差し支えがあれば、「畏怖」とでも言おうか。

下記は、記者に宇野選手について訊かれた時の羽生の回答である。

 

まず、1つ言っておきたいのは、僕はもうあの時点で勝利を確信していたので、彼が4回転ループを本当にきれいに決めていたとしても、まず点差的に負けることはなかったなと、まず言っておきます。

(笑)ね。すごい突っ込まれてたし、ファンの方々もあんまりよく思っていない方もいらっしゃったかもしれないんで、まず前提として。

やっぱり後輩が強い。まあそんなにいっぱいいるわけでもないんですけどね、フィギュアスケーターは。まあ自分を追い抜かそうとは本音では思っていないかもしれないんですけれども、近づきたいって思ってくれる存在。そして、なんだろう……それが自分の国の代表としている。それは非常に心強いことだなと。

考えてみれば、まだ引退するとは言わないんですけど、言ってないし引退する気持ちも全然ないしやることありますけど。ただ、「引退します」ってかんたんに言っちゃえば、彼に任せられるというか、そいう頼もしさは感じています。

ただ、まだもうちょっと……人前に出る時に寝るとか(笑)、そういうことはもうちょっと学ばなきゃいけないのかなと。

もうちょっと面倒を見なきゃいけないのかなっていうふうに思っています(笑)。

 

 ……いや、めちゃめちゃこわないですか????

めちゃくちゃ怖くないですか????

恐怖のあまり、マジで、ヒュウ…!という声が出た。

まあ、勝手にふるえてろ。って感じですけど、はい。

(念のため、「怖い」っていうのは悪口ではないですよ)

 

この言葉に対して「羽生くんって結構怖い男だな」と思ったポイントは色々ある。

 

①地味にアンチを牽制している点

「ファンの方々もあんまりよく思っていない方もいらっしゃったかもしれないんで」と言った時の、「ファンの方」が、

・宇野くんが最初のジャンプ決めてればなーと思っている宇野くんファンの方

なのか、

・↑って一部のメディアや羽生アンチが言っているという事に対して、いやジャンプ決まってても羽生が勝ちだわとよく思っていない羽生くんファンの方

なのか、私の読解力では掴みかねている(多分後者だろうけど)んだけど、いずれにせよ、地味にアンチを…牽制している…! このアンチやメディアへの牽制は今回の平昌で何回も見られたが…!

 

(しかし羽生くん、一体いつそんなエゴサする時間あるんだろう…羽生情報収集部隊でも抱えているんだろうか…)

 

②宇野くんが、色々なインタビューで「完璧な演技をすれば自分が勝てると思ったけれど、最初のジャンプを失敗した時点でもう駄目だと思った。だから後は自分の演技をしようと」「結果には満足している」みたいな話をしているのを、羽生くんは何度も隣でニコニコと聞いていた…という点

という事を鑑みると、羽生は、宇野くんの話を、「僕はもうあの時点で勝利を確信していたので」と思いながら聞いてたって事ですよ。ずっと。あなたが最初の4ループを綺麗に飛ぼうが、俺が勝っていたけどと思いながら。

この「あの時点」とはどの時点なのかこれもいまいち判断がつきかねるんだけども、これを、「自分がフリーを滑り終わった時点」とすると、超怖いのである。

念の為言っておくと、宇野くん自身も、自分が4ループを成功させようが羽生くんに勝てなかったのは分かっているしそう言っている。けれどそれはこの話の本質ではない。つまり言いたいのは、点数差的に、宇野くんが4回転ループを成功させようがさせまいが、羽生くんに勝つ事は無かった、っていうのはあくまで「結果論」だということである。羽生くんが滑り終わった時点では、宇野くんがどうなるかはまだ不確定だったはずだ。実際、宇野くんがPBと同じようなスコアを出せば羽生くんを上回る可能性はあったにも関わらず。(※これも念の為言っておくと、勿論宇野くんの構成はPBを出した試合より基礎点自体が下がっているというのはあるけれど)

 

つまり、羽生くんは、

宇野くんはここで、PBに近いスコアを出せないだろうと。

「完璧な演技」は出来ないだろうと。

或いは、出来たところで自分を越えられないだろうと。

 

そう思っていたのだ。そこにこの話の恐ろしさがある。

ジャンプの成功とかそういう話ではなくて。そもそもの、「フィギュアスケーターとしての力量」として、羽生くんは自身の勝利を確信していたのである。

更に、この点を踏まえた上で、着目したいのが、

 

③「引退後」は任せられると言っている点

 こういう言葉尻で揚げ足を取るのは多分羽生くんは嫌なんだろうけども、「引退したら」任せられるって言うってことは、裏返せば「引退するまでは」自分が一番って思ってるって事だ。

 私はむしろ、一見いい話のようであるここにこそ、最も羽生くんの本音があるように思った。要は……宇野くんの事をライバルだと思ってない。「今のところは」とかじゃなくて、自分がやめない限り、(少なくとも国内に於いては)自分が一番だと思ってるのではなかろうか、羽生くんは。

そして私は、羽生くんはそう思っていると思っていたけれども、実際にこうして本人から言葉としてアンサーを突きつけられると、やはり少し怖いものがあったわけである。

 

しかし、上記に書いた点は、言ってみれば、まあ、でしょうねという感じで大した問題ではないのだ。実際のところ、羽生結弦が完璧な演技をすればまだ世界の誰も勝てないのは事実なのだから。

けれど、宇野くんに対するアンサーとして、私が一番ゾッとしたのは、羽生くんがさらりと漏らした、

「自分を追い抜かそうとは本音では思っていないかもしれないんですけれど」

という言葉だ。

 

先程、「宇野くんは羽生くんを超えようとは思っていないのではないか」と書いた。

これは決して、宇野くんは羽生くんに追いつく事を「諦めてる」と言いたいわけではない。勝ちたいと思っていないと言いたいわけではない。競技の「結果として」、もしかしたら順位や点数が越える事はこの先あるのかもしれない。が、しかし。

宇野くんが目指す先に、はなから羽生くんはいないのではないだろうか?

 

 

そのことを、羽生くんは察しているのである。

 怖い。

何が怖いのだろう。色々考えてはみたけれど、この感情が一番言語化が難しい。この感情をうまく伝えることが難しい。

 

根本のところでは俺を追い越そうと思っていない事があなたが俺に勝てない理由だと言っているようにも聞こえるからか、 羽生くんと宇野くんの関係性が、自分がうっすらと思っていた通りのものであった事の怖さか、それとも、

この決定的な所で分かり合っていないし互いを見ていないし別に互いに分かり合おうともしていない感じに対してか。

仲が悪いとかそういう事を言いたいんじゃない。決して仲が悪いわけでも嫌いなわけでもないだろうし、羽生くんが宇野くんを可愛い、面倒を見たいという気持ちも、宇野くんが羽生くんを凄いなと思う気持ちも、偽物ではないだろう、そういうことではなくて。そういう表面上の話ではなくて。

羽生くんが、宇野くんの事をライバルとして見ていないのと同様に、たぶん宇野くんの方も羽生くんの背中を見つめてはいない。見つめてはいない事を羽生くんは知っている。その上で、「自分を追い抜かそうとは本音では思っていないかもしれないんですけれども」という言葉には、ある種、突き放した諦めのようなものも感じてしまう。

あなたが俺のところに来ようとしてくれないのは知っているけど、それでもいいよ。

そんな。

 

 

 

自分を追い抜かしてくれる誰かを、羽生くんはずっと待っていたんだろうか。待っていたけど誰も来てくれないから、期待するのをやめたんだろうか。

それとも、誰も自分のところに来て欲しくはないんだろうか。自分がいつまでも一番でいたいから自分が一番であることを表明し続けるんだろうか。

分からない。私は世界一になった事がないから分からない。たぶん他の誰も。

きっと私はそれが少し寂しいのかもしれない。分かると言うのは傲慢であり勘違いだが、分かりたいという思いを止めたくはないんだよ。 

 

羽生結弦に関するクソのようなまとまりのないポエム

 

 私には友達がいないので同級生の情報とか軽く3、4年は更新されないのだけれど、ごくたまに「今度○○が結婚するんだって」と聞いて、へえあの時付き合っていた人と遂に結婚するのかと思うと高確率でそれとはぜんぜん違う人とで慄く。

羽生くんがソチ五輪に出て次の平昌五輪に出る間。

つまり伝説が誕生し王が凱旋するまでの間(バーフバリ観たばかりなのでこんなテンション)。同級生は誰かと別れまた別の誰かを見つけ結婚する。私はというと4年間大体同じテンションで羽生くんと結婚する妄想をしている。クソのような人生である。

 

2014年↓

blog.livedoor.jp

 

2017年↓

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

 

4年前は多分、世間の多くの人は、浅田真央ちゃんの方を注目していて、羽生結弦がオリンピックで金メダルを取れるような選手だとは知らなかったであろうということを鑑みると、羽生くん自身の状況もこの4年で大きく変わったのだと思うのだけれど、同じくらいに、男子フィギュア界の状況もガラリと変わった。

羽生くんがソチで金メダルを取った時の総合得点は、280.09である。

勿論単純な比較は出来ないけども、 これは平昌だと6位ということになる点数。4年前またそれ以前は、4回転について、トウループサルコウが成功するか否か?というところが勝負の分かれ目だったような気がするのだけど、フリップやループ、ルッツといった高難度のクワドを飛ぶ選手が現れた事により、今ではもうこれはもうトップ選手なら成功させて当たり前みたいな扱いになっている感がある。

国際大会であっても、2位が260点とか270点、みたいな時代は終わり、290点「程度」では表彰台にのぼれるかも状況次第では怪しい感じ。の時代。

 

4年というのは私の人生を激変させるにはあまりにも短かったが、誰かの人生が、或いは世界ががらりと変わるのには十分な時間なのかもしれない。

そして、各々の選手にとってのフィギュアスケート人生に於いては、きっととても長い時間なのだろう。とも思う。

それは上記のように、フィギュア自体の状況(もしかしたらルールとかも)がらっと変わる可能性というのもあるし、4年間のうちにめちゃくちゃ手強いライバルが台頭してくるかもしれないということでもあるけれど、本人自体の加齢、能力、限界という意味に於いても。

ピアニストみたいな芸術家とは違って、あるフィギュア選手が本人の持つ、万全の体力で万全の実力で万全の技術で万全の表現ができる期間というのは、物凄く限られている。そして私たちがそれを見ることができる時間というのも。

 

ってこれは何度も言っている話だけど、だから私は羽生くんが好きというのとはたぶん少し違って、羽生結弦を見る時の感情の本質は、「恐怖」なのだ。ゆえに怖いからほんとうは見たくない。見たくないのだ。

実際平昌のSPは結局怖すぎてリアルタイムで観る事が出来なかった。

勿論、それは失敗するかもという恐怖でもある。

今回の場合、ケガをして以降氷上に立てない期間が長かった上まだケガは未完治、かつロステレを最後に一切の試合に出ることなく本番を迎えたという状況を考えれば、例えば最初の4Sが抜けたりなんかして金どころかSPを終え10位…みたいな可能性だってきっとあって、っていう結果を見たくないので見なかったというのはある。演技時間が終わったというのも分かっていても、自分の大学の合格発表を見る時より怖くて結局あらゆるネットは開かないことにした。

(まあ会社の人がヤフーニュースみて「羽生くんノーミスで1位だって」と漏らしたので知ってしまったが)

 

しかし何というか、私は羽生くんが成功しても怖い。成功した羽生くんを見るのも怖い。勿論物凄く嬉しいし興奮も感銘もするけれど。それでも。

 

本人が自分で「今これだけ幸せって事は、これからまた辛い時期が来るのかも」

みたいな事を平昌後の会見で言っていたけれど。

圧倒的な成功や幸福というのは、どうして次の瞬間、これがずっと続くわけではないという転落の予感を心によぎらせてしまうのだろうか。

 

上に書いたように、フィギュアスケートの競技人生は決して長いものではない。

いつかはピークを過ぎる時がやって来てしまう。

問題はそれが、いつ、なのか。どの瞬間なのか。いつなのか、私たちには、多分本人にも、分からないのかもしれない。

私は最高の羽生くんを目にした時、喜びと同時に、「これが“最高”の羽生くんだったのかも」という哀しさをも、どうしても抱いてしまう。もうこれを越える羽生くんはこれから来なくて、さっきのあれが“最高”の到達点だった。だからもうあれより凄いものはこの先見る事が出来ないかも、という。

 

 

だからこそ、私はできれば羽生くんを見たくないし、しかし羽生くんを見なければいけないのだ。

次のこの瞬間が、今この場面が、最高の羽生くんかもしれないから。

 

 

だがしかし、羽生くんはやった。そんな凡人の杞憂なんか乗り越えて。

おそらくは、大丈夫か羽生?という空気に自分も呑み込まれないために、強気な発言を繰り返し、競技後になってから足がまだ治っていない事を明かしたものの、競技が始まる前はそれを口にすることなく、思えば韓国に姿を現した時から完全に「王の帰還」という空気を作り上げていた。

ノーミスだったSPでは、まるで身体から音が奏でられているかというほど絶妙にスピードを変化させているスピンだけではなく、滑り終えた後の、「見たか俺を」と言わんばかりの動作の緩急までも、全てがコントロールされていて完璧で、王者として場を支配していたし、

FSで4S、4Tを決めた時にはもう皆、まだ全然演技は終わっていないのに、「これは、ひょっとするとひょっとするのでは?」と勝利をほとんど確信していただろう。

たとえ調子が悪い時があったとしても、絶対に勝たねばいけないところでは見事に勝つ。彼はスターだった。凄まじい強さだった。

本人が「全ての選手がベストな演技をしたら勝てていなかった、まだその程度までしか自分の状態は戻っていない」というような事を言っていたけれど、それは一つの事実としてしかし結局勝者は羽生結弦だったという事にこそ、意味と羽生の強さがあるのだ。あそこで勝てることにこそ。そこに羽生くんの稀有さがある。

 

五輪は、別にフィギュアファンではない多くの国民が手に汗を握り見つめる。

たとえばGPFなんかは見ない知人、親からまで今回「羽生くん凄かったね」なんて連絡が来たりした。こういう言い方はしたくない、本当にこういう言い方はしたくないけれど、なのでここで負ければ「怪我をしたせいで最後は尻すぼみで終わってしまった人」になってしまうし、勝てば「怪我をしたけれど見事に復活し圧倒的な強さを見せつけた王者」となる。

勝てないと意味がないなんて言いたくないし私はそんなこと思っていないけれど、でも勝てないと意味がなかった。そこで勝てる凄まじさ。あのジャンプが成功していればとかたらればなんてのはいくらでも言える。でも結果的に勝ったことこそが羽生くんがスターたる所以なのだ。と我々は改めて突きつけられてしまった。

 

スター。圧倒的に規格外のスター。

私は羽生くんを形容する時、勿論本当はアスリートというのが適切なのだろうけど、やっぱりスターというのが一番しっくりくる気がしている。

先程、見たいけど見たくないと書いた事に、それは自分だって、「じゃあ見なきゃいいだろ」とは思う。私が見たって見なくたって羽生くんには全く何の関係もない。勝手に見なきゃいい。あるいは見ればいい。

見ればいいのだ。羽生くんが失敗しようが成功しようが、それは単に羽生くんの人生の話であって、自分の人生にはマジで1ミリも関係がないのだ。

そう頭では分かっていても、彼と自分の人生には1ミリも関係も影響も無いと理解していても、それでもやはり、羽生くんの成功があるいは失敗が、自分の人生の好転もしくは暗転、自分の幸福もしくは悲劇のように感じてしまう。うまくいけば自分の人生が少しはよくなった気がするし、うまくいかなければ自分もうまくいかないように、どうしても思ってしまう。何の関係もないのに。だから怖いのかもしれない。無関係だと言い聞かせてSPを観ようとしたけれど、やっぱり無理だった。

 

本当は切り離すべきだ。しかしこの思い入れをどうしても切り離す事ができないのである。

そして無論肯定すべきことではないけれど、それこそが“スター”という存在そのものなのだろうとも思う。数多の無関係の人間の人生を、勝手に背負わされる存在というのが。本人は自分のやるべきことをやっているだけでも、周りの胸をざわざわさせ騒がせ無関係の人間の人生をどんどんと背負わされる。

 

果たしてそれが彼にとって良い事なのか悪い事なのかも、今ではよく分からなくなってしまった。

羽生くんについて「ナルシストっぽい」という人がいて、私は割と過激派なのでこれまでその度に「そこがいいんだろバカかよ」と返していた。

けれども、今回のインタビューを色々見たり、例えば中国杯の事を思い出したりなんかすると、「ナルシスト」というよりは、彼自身がこの凄まじい「羽生結弦物語」の最高の脚本家であり演出家なのだ、といった方が適切ではないだろうかなんてことを考える。

俺はやる、という空気を見事に作り上げ、周りとそして自分を彼の描く「羽生結弦物語」に寄せていく。

だから彼の前では全てが「羽生結弦物語」のための舞台装置となり、だから羽生くんにはオーディエンスこそが必要なのかもしれない。

それが羽生くんの凄いところであって、でこれも勝手に、少し心配しているところでもある。

 

羽生くんがスターであることが私は嬉しくて悲しい。羽生くんはもうスターを降りて穏やかに歩んでほしいという気持ちと、圧倒的スターであって欲しい、圧倒的スターである羽生くんを見続けたいという気持ち。

もうここで勝利の記憶を世間に与えて終わりでいいんじゃないかという思いと、平昌を見て、全然まだまだやれるじゃないかこれからもっと進化できるじゃないかという期待。

楽しみであり恐怖。きっとこれからの何年間かも、そんな風に勝手に胸をざわざわさせながら過ごしてしまうのだろう。

過ごさせてほしい。そんな勝手な願望なんかとは決して交わらないところで、彼は彼の人生を歩むことで。

 

 

4年前、ソチ五輪が終わった時、私はぼんやりと、

もしかしたら4年後はもう、羽生くんは勝てなくなってしまっていたら、どうしようなんて失礼な事を考えていた。今となっては馬鹿みたいだ。

4年間という時間は、誰かの人生やフィギュアやそして世界が変わるのには十分な期間だが、世界がそんな規格外の怪物を作り出すにはあまりにも短いのだから。

 

だって世界が、フィギュアで五輪二連覇する人間を作ってからまた新たに生み出すのに、66年もかかったのだ。

 

 

 また次に生み出されるまでには、あと何十年かかるのだろう。クソのように退屈で凡庸な自分の人生だが、同時代に同年代として羽生結弦のいる世界にたまたま生まれてしまったことだけは、人生における幸福でありまた不幸なのだった。

 

【複数回観ると】HiGH&LOW THE MOVIE 3 FINAL MISSION【脳を焼かれる】

 

遂に…遂に始まってしまいましたね、2017年最後の“祭り”が……

何がって、「高&低 最後の作戦」(TAKAHIRO風)に決まってるだろ!!!!!!!

 

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eiga.com

 

…って始まる前から、今後1ヶ月はハイローの話をし続ける気まんまんだったのだけども、率直なところを言うと、1回目鑑賞時は正直若干の肩透かし感があった。

いや確かに面白かったしかなり笑えたんだけど、これは純粋な意味での面白さではなく、

 

前作であんなに死ぬピンチ感を出していた広斗が予想の1000倍全く大したことなく何らノーダメージでピンピンしていた事の面白さ、あまりに全然大したこと無かったのが面白すぎて驚きすぎて冒頭20分くらい全く話入ってこなかった、とか、

よりにもよって、観客が悲しみで涙涙するであろうあのタイミングで出てくる「爆破セレモニー」という字面の反則さとか(もう爆破セレモニーって文字が出てくるだけで誰が死んでても何やっても面白いから駄目。反則過ぎる。っていうか爆破セレモニーって単なる宣伝文句的なあれかと思ってたら、劇中でマジで言ってたしマジで爆破セレモニーをやっていたのがもうヤバい。頭おかしい)、

シリーズを追っていた我々も初耳だった九龍グループそれぞれの各担当(金庫番とか掃除屋とか)が、まるで既知の情報であるかのように出てくる紹介映像とかも、あ…そうだったんですかwww!?って感じで面白いし、

西郷に何故か「お前らのSWORD」とか言われてたけど、よく考えてみれば別に昔も今もSWORDの人間ではない、よそ者のはずの雨宮兄弟が、当然のような顔をしてSWORDの中心にボスみたいな態度で立っている(そして何故か皆当たり前のようにそれを受け入れてる。何でお前らが仕切るのとか流石に言い出しそうな日向すら普通に受け入れてる)、っていうかボスというよりどっちかというとレディースの番長みたいな感じで腕組んで立ってる広斗という画の面白さもかなりヤバいし、

 

一番限界だったのは、結構皆首を捻っていた、おそらくSWORDの各トップ+ヤマトノボルが、コブラを助けに行く様子であろう謎の近カメラ縦揺れ映像ですよ。

正確には、その縦揺れ映像後のシーンで、何かここで皆がコブラを助けに!!みたいに感動を煽るようでいて、実際に助けに現れたのがそこには映っていない全然別の人達だったとこですよ。実際に助けに来たのは全然違う某で、その後、さっきコブラ救出に奔走していた奴等がどうなったかは映らないので分かんないんすよ。

え…ならさっきのシーンは一体…!?!? 何だったんだ!?!?

とほんとに腹筋が限界だった、ストーリーラインがちぐはぐじゃないですか琥珀さん!!!!

ってこれ、言ってみれば若干ディスってる方の「面白さ」であって、

 

全体としては、

あれ? ハイローザム2はあんなにあんなに大傑作だったのに、また何かハイローの悪いとこ出ちゃってるよ? と思ったわけですよ。

 

ハイローの悪いとこつまり、

ドラマパートが完全に無茶苦茶(まあいつものことだが)で、

いやそれはおかしいだろうというツッコミどころが1000個ぐらいあり(まあいつものことだが)、

観客の場面が盛り上がりそうなところでいちいち無駄に回想を挟むことでテンションをくじく(まあいつものことだが)、

挙句、今回は最終章ゆえそれがSWORD+α全員分あるので、つまりポエム&回想パートが同じ場面で少なくとも同じように5回繰り返されるので、長えよ!!って感じであり、

ドラマ部分が完全に所謂「アダルトビデオにおける、セックスに至るまでのドラマパート並みの茶番とクオリティとくだらなさ」全開の繋ぎみたいになってる(いつものことだが)(まあアクションまでの繋ぎだからいいのか別に)挙句、ここに来て、これまでのUSBを巡る戦いは何だったんだ…みたいな(一応ドラマで捨てっぱなしになっていた設定が回収された状だが、あまりにも伏線感が無かったので突飛な後出しの印象が強い)情報が次々出されるのでそっちの情報処理の方に時間がかかるので乗り切れず、

ってか尊龍兄ちゃんはそれで死んでんだぞ雨宮兄弟よくその辺放置してた警察と仲間になれるよなー

 

いやそれはでも、ザム2のみがやや改善されていただけで、いつものハイローなんですよ。

いつものハイローなんだけど、それが今回ザム3に至っては何故皆引っ掛かるのかというと、勿論ザム2の出来が良かったからというのもあるだろうけども、「けどハイローが好き」と言えるような、そんな数多のマイナス面を上回るプラス要素が弱い

 

ーーってこれ、正確には「アクションが少ない」からじゃなくて、別にアクションは少なくないと思うんだけど、単純に「萌え」と「軸となるラブストーリー」が少なかったらーー少ないように見えるからなんじゃないかと。

 

萌えっていうのは、瞬間的な萌え、例えば一つには、「魅力的な敵キャラ(ジェシーとか源治とか)」とかですよね。ザム3は、基本アクションでやっつけるのはモブばっかなので、魅力的な敵キャラという萌え要素が少ない。

あと、そうした魅力的なキャラ同士の化学反応ーーザム1におけるスモーキーと広斗の共闘とか、みたいな掛け合わせの物語が生む萌えも割と少なくて、メイン軸で進行するストーリー(九龍潰すためのミッション)を消化していく方に人物の動きとシーンが費やされてしまうので、それぞれの人間が話が進むための単純な駒っぽくなってしまっている節がややある。

で、広義のラブストーリー、ハイローザム1では、琥珀さん・九十九さん・亡きタツヤさんという三者関係のラブストーリーが、レッレでは雨宮三兄弟のラブストーリーが繰り広げられていたわけで、たとえ、「表面上」で流れる物語自体が荒唐無稽でも、我々はそうした「根底」の物語を読み取る事によって感銘出来たわけですけども、私なんか完全にそういう楽しみ方をしていたわけですけども、ハイロー界のフェーズが既に(俺-お前の関係が世界の崩壊に繋がる)「セカイ系」を脱出してしまったというのもあり、というより、「セカイ系からの離脱」こそをテーマにしているというのもあり、そうした「軸」となる関係性やドラマみたいなのが少し読み取りにくい。

 

※ハイローがセカイ系であるという話と、三者関係のラブストーリーがうますぎるという話は過去記事参照ください

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

 

…って思ってたんだけども、確かに思ってたんだけど、物凄い不思議な現象で、ハイローザム3を2回観たら、めちゃくちゃ面白いんですよ。

普通、2回目の方がアラに気付いちゃったりするじゃないですか。そうじゃないんですよ。2回目の方が、1回目に、んんん???って思ってたとことか、いやこの演出はダセえと思ったとことかほぼ全て消えて素直に、

え!!!!面白いよ!!!!面白い!!!!かっこいい!!!!最高!!!

って……何故……これがハイローに脳を焼かれるということなのか……

 

思うに、多分1回目は、公害だ隠蔽だなんだウィルスだなんだと次々出てくる情報(と設定ガバガバゆえに人物が「つまり隠蔽を…」とか真面目に喋ってるのが余計バカバカしく見える面白さを我慢するの)に脳の処理が追いついてなかっただけだと思うんすよね。それを追う方に頭を取られて、ハイローの良いとこを楽しむ容量が少なくなっていただけなのだ。

ハイローは悪くない。脳の処理速度が遅い俺が悪い。

初回は、流石に次々場面変わりすぎでは?と思っていたラストスパートまでの流れも、次々場面が変わる中で皆がそれぞれ目的に向かって色々なものをなぎ倒していくという盛り上がりっつーか、うわーーかっこいいーーーテンション上がるーーーと評価が一変したし、もうあんなんさ、琥珀+ルードのあわせ技からの、パルクールを駆使するルードによる追い詰めからの、雨宮兄弟VS源治、そして割と悲惨な爆破、そこに巻き込まれる人々にとっては凄惨な爆破と楽しそうに外部から眺める役人とマスコミ、みたいな対比映像、そして祭り好きならではの達磨のもうこれ以上無い達磨らしさっぷりも含め、最後に至るまでの息つく間もない怒涛の流れ、完璧でしょあんなん。完璧でしょ。

むしろあの辺は、後半が冗長でダレたザム2より良い。

序盤の、廃ビルでの琥珀&九十九&雨宮兄弟が各階で戦っている場面、雅貴が蹴りで敵を下階にガンッと落とした後、それぞれの位置関係がわかるようにカメラが縦にぐわああっと移動するところなんか、めちゃくちゃかっこいいし…!!!

 

更に、最後の作戦(?)が完了した後の、コブラちゃんの台詞とそこに被せられる映像なんかもうこれ以上ないくらい、シリーズの集大成として完璧ですよね。

最後、九龍に対して、コブラは、

「大人の喧嘩は生きるか死ぬかなんだろ、俺達は今ここで生きてる」という勝利宣言をするんだけれど、その台詞にかぶせて琥珀&雨宮&エリが映る。

つまりここで映るのって、琥珀・エリ・雨宮兄弟 っていう、これまでのシリーズに於いて「大切な人を亡くし」、けどそれでも「今、生きている」側の人たちなんですよ。

じゃあ死んだ人たちは負けなのかっていうと、負けっていうと酷ではあるんだけども、「負けた」人達への強い想いがあるからこそ、彼らには、亡き大切な人の意志を継ぐという決心があり、生きねばならない理由があり…だから強く生きていける、「今ここで生きてる」のだ。

これを、雨宮兄弟の「兄貴、見ててくれ」「俺達は強く生きる」という、そのもう少し前のシーンで出てきた台詞と併せると、というより、その台詞と想いを踏まえた上でのこのシーンなわけで、だからもう感涙ですよこんなん!!!!!

って色々言ったけどこういう感動って言葉じゃねえんだよ、言葉じゃ伝わらないんだ!!! 言葉では無い、もっと拡がりを持ったドラマがさあ!!!

 

まあだから、琥珀さんと九十九さんが最後別行動だったのって、(外からは「雨宮」って一緒くたにされ←そして二人とも振り向く 自分たちも「俺達」って一緒が前提みたいな)いつでもニコイチの雨宮兄弟との対比・違い、という面(別チームを任せるという形での信頼関係)もあるんだろうけど、それ以上に、ラストのこの構造を生み出すためだと思って、こういうところがねーハイローは上手いんだよねー。上手いんだよねー!!!!!

 

 

いや勿論、映画全体のストーリー自体は何回観ようが荒唐無稽ですよ。

あんだけ「大人の喧嘩見せてやる」とかメンチ切ってた割には、当初山王に対してやっていることが別に相変わらず「下っ端による襲撃」という、ん…?だったらそれまでの喧嘩と同じでは…??感全開なのもよく分からんし、

そもそも情報も何もあいつら結構いつでもどこにでも現れるんだから、ノボルが本来のキャラを取り戻そうと?知性派ぶって「重要なのは情報だ…」とか言ってるのなんか無駄に正面顔アップになる演出のダサさも相まって噴飯モノだし、

2であれだけ重要ワードぽく出てきた「SWORD協定」なるものが、3では一度たりとして出てこないという繋がりのなさ…っていうかさーホワイトラスカルズはいつまで「女を守る…」とか言ってるんだよもう女とかいねーじゃんな関係ないじゃんな、前回コブラに助けて貰ったんだからその借りを返すでいいじゃんって感じだし、いいじゃんっていうか2を踏まえての流れでいけばむしろそっちであるべきだし、あんだけSWORD協定とか言ってたんだから、家族を失ったルードはともかく、またそれ以外の各チームがわざわざ各々の闘う理由を改めて述べるのは冗長だし、その闘う理由ってか言ってる事も女だ祭りだなんだと結局ドラマ時代とそんなに変わらんのも、シリーズの集大成としてどうなん?これまでの話や積み上げてきた絆は何だったんだ?感あるし、

後出しのように、ザム1で無名街がよく燃えたことについて、「実はあれは証拠を隠蔽するためにダウトを使って…」て話が出てきたけど、今回また爆破セレモニーしないといけないなら特に何も隠蔽できてねえのでは?って感じだし、

レッレで「強く生きろ」とか演説していた尊龍が真っ先に自ら死にに行くみたいなアレを今回もまたもや繰り返し、「諦めるな」とか言ってるスモーキーが一番諦めてる感あるという矛盾、

第一、公害の被害者という証拠になり得るから消されたはずのスモーキーの死体が、そのまま放置されてるのもおかしいし(焼いて灰にするなりコンクリ詰めで海に投げるなり文字通り「消す」までが任務のはずで、家村会は仕事が雑ってそういうとこやでマジで…)、

証拠となり得る唯一の資料をまだ警察は見てすらない状態で、今からこの人(一般人)が証言します!!これが証拠です!!○○は実は××だった!!!って、けしかけ、逮捕劇をマスコミで繰り広げるとか有り得ないっていうか、うーんこの国の司法制度は一体どうなっているんだろう…日本じゃないのかな…あの時点では咳ゴホゴホしてるだけの子供の言葉が証拠として力を持つ(ただの演技派子役かもしんなくない?)のもちょっと謎だし、

爆破セレモニーのために仕掛けられた爆発物?受信機?の近くに、警備とか誰もいないのもあるわけないし、

その一方で、一応建前上は、ヤクザとの繋がりを隠しているという設定にも関わらず、セレモニー会場付近には九龍の奴らが堂々とうようよしているのも意味不明だし、

 

いや、そういうところをいちいち突っ込んでったらマジでキリ無いですよ。っていうか、おかしくないところの方が少ないですよ。

でもさーそういうことじゃないじゃないですか、そういうことじゃないんですよハイローは…そんなのはどうでもいいんだよ!!!! 

っていうか、そういうのを気にするタイプは、はなからハイローに向いてないんだよ!!! ツッコミどころに100個言及するよりハッとする超かっけー瞬間を1000個語れ!!!

 

 

 無茶苦茶というかちぐはぐなストーリーラインの中に、きらりと光る、ハッとするような滅茶苦茶カッコいい映像や、グッと来る瞬間が挟まれる…そして、「描かれない」物語こそを読む楽しみ…何も考えていないようでいて実は結構巧みに考えられているのではないかという構造を見つけ出す面白さ…

これこそがハイロー…!!!!

 

対源治戦で、チェーンで強化して?再度源治に向かう時に、刀をよけた余波でぶわっと風が吹くようにして前髪があがった時の雅貴の、びっくりするような奇跡的なかっこよさとか、 雨宮兄弟が立ち上がって向かっていく時にSINが流れるタイミング!!!!! 超かっけーーーーー!!!!!、

スモーキーの意図を理解し、「スモーキー…」と震えるような声を出す…それでもスモーキーの意志を汲んでその場を後にするまでの佐野玲於くんの演技とか、幾つかハッとするような瞬間はあるんだけども、

何故かこれ誰も指摘していないのが不思議な、グッと来る瞬間、そして「ハイロー」シリーズに於いて実は結構大きな変化なんじゃないかというところがあって、最終決戦に乗り込む際のララの決意するような表情、これが凄くいい。凄くいいのだ。

初めから喧嘩強いセイラは別枠として、ハイローってそれまで基本、「待つ女」「守られる女」「見守る女」しか出てこなかったというか、そこが一部のフェミ的にはうーん?ポイントでもあったと思うんだけども、今回初めて、一人の仲間として、役割を持って最終決戦に臨む一員として、ララが乗り込んでいく場面があったじゃないですか。

私はそこがめちゃくちゃグッときたし、これはハイローシリーズに於ける変化というか進化じゃないかと思うんだけども…

 

で、変化ということでいけば、そもそもハイローシリーズ自体の一貫したテーマというのが、「変化」なわけですよね。

ハイローっていうと一見、マイルドヤンキー向け映画のようではあるけど、実際のとこはマイルドヤンキー的な精神とは真逆なんですよ。真逆、というか、マイルドヤンキー的なものからの卒業こそを描いているというべきか。

「変われない人間は死ぬ」というのをずっと徹底して描いてる。

 

今回のハイローザム3では、そうした“変化”の一つとして、現在公開中の「マイティ・ソー ラグナロク」にも通じるような、「大切な人と出会った場というのはあくまでも単なる場所に過ぎないのであって、いつまでもその場所に固執しなくてもいい、肝心なのは“人”の方である」というメッセージを伝えている。

それは、テッツの実家の銭湯のエピソードであったり、ルードボーイズが「無名街」の外に出ていく事を通じて描かれているんだけど、仲間達へ街の外へ出る事を説いたスモーキー自体は、今回で命を落としてしまうわけです。(窪田正孝のスケジュール)

 

ハイローザム3は、ドラマで捨てっぱなしになっていた設定が実は伏線でしたみたいな、これまでのファンへの目配せみたいなところあるんだけど、そうした目配せ要素のうち、かなり心を打たれたところは、このスモーキーの死の後の雨宮兄弟のやり取り。

無名街の廃工場?みたいなところに作られたスモーキーの墓を見て、雅貴が、

「ほんとにこんなところでいいのかよ、もうすぐ爆破されんだぞ」と言うと、広斗は、

「きっとここがいいんだ、ここがあいつにとっては天国みたいなもんなんだ」

というような事を返す。

「ここがあいつにとっては天国」なんて、それだけ切り取るとごく当たり前のような台詞ではあるけれど、これは完全に、「HiGH&LOW THE MOVIE」と「HiGH&LOW THE RED RAIN」を踏まえた上でのもので、だからずっとシリーズを追っていた人にとっては、雨宮兄弟的にも、広スモ的にも、物凄く胸に来るとこなんですよ。

「HiGH&LOW THE MOVIE」と「HiGH&LOW THE RED RAIN」があってこそ、この台詞は真に生きるのである。

 

「HiGH&LOW THE MOVIE」では、広斗とスモーキーの共闘シーンがあったり、協力関係的なものを築いていたわけだけど、そうした利害以外に、広斗とスモーキーにはある種の共通項のようなものがあって、つまり、2人とも、血の繋がった家族は既におらず、そんな中で、血の繋がらない家族関係に救われ、血の繋がらない家族の存在によって生きる意味を持ててきた人間じゃないですか。

だから、ここで、ほかでもない広斗が、ほかでもない「雅貴に対して」あの台詞を口にする事の意味というのは、(広義の)家族と生きてきた場所こそがスモーキーの天国なのだと理解しているーー何故分かるかというと、自分もそうだから、と雅貴に間接的に表明するようなものであって、だからこそ、そこに感慨が生まれるんである。

 

更に、スモーキーのそうした精神性を実は根本で強く理解してるのは広斗であるって構造も、ハイローザム1に立ち戻る感じでその感動もあるんだけども、広斗とスモーキーのもう一つの共通項として、「内向的」というのがあるじゃないですか。暗い、ということではなくて、内に閉じている、という意味で。

中の人は守るが余所者に厳しい?ルード自体の特徴でもあるけども、スモーキーは、内部には慕う家族は沢山いるけど、外部に対する閉鎖性が強いわけですよ。袂を分かった二階堂にも「お前には分からないだろう」って言うじゃないですか。つまり、「お前には分からないだろうな」でいい人なんですよ。広斗も広斗で、家族以外の人間に対してはまるで心開いていないとこがあった。

そういうある種の閉鎖性というか孤独みたいなのを、お互いに閉じた2人同士が、お互いに閉じているが故に共有している、互いに唯一の、外部にいる理解者となり得た存在同士、というような関係性も良くて、

「分からない人には分からなくていい」というようなスモーキーの閉鎖性を、同じような精神性をしている広斗は、でも・だから「分かる」というこの構造、関係性…この二人の、仲間ではないからこそのシンパシー的な絆がある事が伝わるという意味でも、凄くグッとくる台詞である。

 

けれど、その上で。

その上で。

 

まーこれ何回も言っているが、私はハイローを、雅貴の視線で広斗の成長譚として見続けているので(←?) これ以降は雨宮の腐女子の戯言として聞いて欲しいんだけど、

 

広斗には「HiGH&LOW THE MOVIE 3 FINAL MISSION」に於いておそらく一つ変化、成長があって、ザム2では、「お前の一番信頼できる人って…」とか、自分以外に雅貴の信頼にあたる人物がいた事に散々ぶつくさふてくされてた節ありましたけど、今回ちゃんと琥珀さんの言うこととか素直にきいて、SWORDとかと協力してたじゃないですか。なんかドラマでは、「よくもまあ群れやがって…」とか言ってた広斗が、ちゃんと群れてるんすよ。(いや素直に話きいてくれないと尺が無いだけだろうけど)

 

まあそれは、私が雅貴の視線で広斗の成長譚として見続けているからそう思うだけだろうけど、それはそれとして、しかし確かに、こうした「外部に自らを開く」という「変化」ーー成長の形は、ザム3でもう一つのテーマとしてあると思っていて、その辺が明確に現れているのが、コブラですよね。

コブラって、ムゲン時代と山王時代で何か結構キャラ変しとるんだけど、ザム3というここにきて、琥珀さんが助けに来てくれた瞬間、「後輩」のコブラの顔に戻るんですよ。ここもなーーーめちゃくちゃいいんだよなーーーーこれはかなり岩ちゃんさんの名演だよなーーー

琥珀さん亡き後(死んでない)、俺たちが、俺がこの街を守るのだとずっとずっと気を張っていたのが、ザム2では一応SWORDの協力を求めようとはするけども、最終的には結局一人で突っ走ってしまったコブラが、ここに来て遂に、どうすればいいんですか琥珀さん、と弱音を吐き琥珀さんの力や知恵を借りようとする。

これは決して退化ではなくて、それこそが「成長」であり、かつもう一つの「変化」の形として、ハイローザム3で描きたかった事だと捉えていいと思うんだよね。

自分の或いは自分たちの中だけで世界を完結させるのではなくて、世界は自分たちだけのものでもなければ、自分たちだけの力で何とかなるものでもなくて、だからこそ、「大人になる」というのは、他者が存在するということを受け入れたり、他者へ自分を開いたり、時には他者を頼る事であるーーだからこそここで、自分の無力を認め、琥珀さんを「頼った」のは、それだけコブラが大人になったからなんじゃないか、と。

 

 他者へ開くことは、ネバーランドの終焉という痛みを伴う成長である、「HiGH&LOW THE MOVIE 3 FINAL MISSION」って、そういう話じゃないですか。

 

だから繰り返しになるけれど、ハイローって、マイルドヤンキー的なものからの卒業こそが描かれているわけで、その意味で、少年の成長譚として非常に真摯でよく出来た構造を持っているんだけども、如何せん、演じている中の人たちが大体アラサーなので、少年というには流石に無理があり過ぎて、おめえら十分大人だよ!!!!感が強いのも、面白ポイントになってしまう節はある。

 岩ちゃん演じるコブラが、「こんな俺らでも、いつかは大人にならないといけない時が…」とか言ってたのとかもうおもしろすぎるもんな、まだ子供のつもりだったんだ!!!

 

 

【鑑賞日:2017年11月11日&12日】

次は無意味な結弦の妄想~サイゼリヤでデート篇・夏の思い出捏造篇・2017ロステレ後チャック篇・クリエイティビティの敗北篇~

 

■これまでの羽生妄想シリーズ

blog.livedoor.jp

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

 

毎年この時期になると、「すごい速さで夏は過ぎたがララララララ~」というandymoriの「すごい速さ」が脳内で流れるわたくしですが、夏つまり新潟のアイスショーを経てから開幕に至るシーズンオフの期間も、

クソのようなコラを作ったり、

 

 

あまりにも似合いすぎる袴姿に無事死んだり、

 

Twitterで定期的に勃発する「デートでサイゼリヤはアリなのか」という話題で結論として落ち着きがちな、「好きな人とならどこでも楽しいはず」という命題に乗っかり、羽生くんとならサイゼは素敵レストランと化すか…? とか考え始めたら思いの外妄想が長くなったり、

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(この後1週間くらい妄想が続いた後、食べたくなって結局一人でサイゼに行く)

 頭沸いてるから「実際羽生くんがサイゼ行ったら何を頼むのか」って考えるだけで延々時間が潰せるんだが「小エビのカクテルサラダ美味しそう、あとピザも、カプレーゼ…」って感じの羽生くんを(珍しくはしゃいでる…可愛い…)って思いたいし結局「食べて?」って10分の9くらいこっちが食わされたい。

 

こっちが10分の9くらい食べてるそばから「あ、ケーキある」って頼みだして、いやお前マジか…マジか…って顔したら、流石に「ごめんね」ってまっったく悪びれずに言うので「テレビ用の感じで、このケーキ美味しい~って言うあざと羽生Ver.やってくれたら許そう」って言って、あ?って顔されたい。

 

10分の9くらい食べてる横で一応私へリップサービスなのか「僕少食だからさー食事に行った時に僕が食べきれなさそうにしてるのに気付いて代わりに食べてくれる人とかに惚れそうになっちゃう、沢山食べる人っていいよね~」とか言い出してこれは羽生くんが頼んだんだろ!ってしょうもない喧嘩をしたい。

 

お前が頼んだんだろ!と珍しく半ギレしたら「だってなんか、ファミレスで食べ物シェアとか、楽しくなってきて…」とかボソボソ言い出して、くそ!そんな可愛い顔しても無駄だからなあーーでも可愛い可愛い「可愛い5億点!」って声に出してしまい「ほんとあんたちょろいなー」って棒読みで言われたい。

 

度重なる羽生くんの理不尽さに、別にそんなに怒ってはないけどわざとらしく怒った振りして「マジなんなんだよなー」ってぶうっと頬を膨らませたら口先だけでせせら笑われたあと「可愛くないよ」って言われたい。

 

羽生くんが全然食べないので一人でほぼ平らげたあと、家で「もう駄目だめっちゃお腹出てる気がする」って死にかけてたら羽生くんがおもむろに私の腹をむにゅと摘まんで「めっちゃつまめるね」ってやや蔑んだ目で見て欲しいし、「僕はねえ、全然つまめない」って謎に腹を半分出して自分の筋肉アピール(いるよなこういう奴…)をしてきてほしいし、(いるよなこういう奴…)と思いながら黙って指で羽生くんの腹を押したら「ちょっと!セクハラやめて!!」って払いのけてくるあまりの理不尽さが欲しい。

 

 

 

夏の思い出を完全に捏造

このままだと夏の思い出があまりに無さすぎるから羽生くんと花火をした思い出でも捏造しようかな(なお、羽生くん以外とも花火をしたことなどここ10年以上ない模様)

 

街を歩いていると羽生くんに似合いそうな浴衣を見つけたので買って帰り
「浴衣買ったよ!! 羽生くんの! 着て着て!!」って見せびらかしたら
「…何のために? 別に浴衣着る用ないでしょ!?」
「何のために…? 何のために……私が見たいから」
「フォトショで合成してろ」と呆れられたけど

結局、花火をやろう(花火大会は人が多いから行きたくない)という浴衣のために花火をやるという本末転倒感溢れる感じでやったんだけど、私が完全普段着で行こうとしたら、
「えっ、なんで自分は私服なの!?」
「だって持ってないし」
「……いやじゃあ自分の買えば? なんで僕のだけ買った!?」

「いや、だから私が見たいからだけど……私はいらないし……」
「……」
「…あっ、もしかして羽生くんも私の浴衣を見た」
「別に見たくない」ってコンマ一秒で言われたい。

 

「別に見たくない」と即答されたのでそのまま花火をしに行って(どこでやるんだろう)、思いの外テンション上がった感じの羽生くんに、
「ねえねえ、『羽生くんの方が綺麗だよ』って言いたいから花火見て『きれいだね』って言って!!」って頼んだら私の方を向いて
「うざいね」って言われた(い)

 

と言いつつも残り本数が減るにつれて羽生くんはなかなか手つけなくなり代わりにベラベラお喋りが増え、まだやりたいのかなーと思いつつも最後の一本に
「羽生くんやっていいよ」
「うん…」 とちょっと口数が少なくなるので
「寂しい?」(花火が終るの)(夏が終るの)(もうすぐカナダへ帰るの)

と訊くと顔を逸らして
「別にぃ?」って口を少し尖らせるその口調と表情に萌えすぎて動揺して火傷しかけたい。

 

動揺しすぎてカメラ連写しながら「ちょっ、ちょっ、今のめっちゃ可愛かったもっかいやってもっかい」って言ったら
「今すぐこの花火で○ちゃんのスマホ焼きたい」とか悪態をつくけども、帰り道なんだかんだで
「○ちゃんて何色が好き? ピンク?」
「え何藪から棒に」
「…だって、っていうかかれsっ……男……僕だけ浴衣着てるとか恥ずかしいからこれ!! 」
って早歩きになる羽生くんにその時は??ってなるけど10秒くらい遅れて、え、 あ、今度買ってくれるって事か!?って私も照れた(い)

 

浴衣はどうでもよくて、思わず彼氏と口走ってしまったのに照れる羽生くんこそがポイントです!!!!

 

 

していたら割とすぐに終わってしまった。因みに現実世界での夏の思い出は特に無い。

幸せは自分の心が作る。(←?)

 

 

2017年ロステレにまつわる普通の日記(普通の話なので読み飛ばしていいよ)

 

という全く以て無生産極まる夏を経て、羽生結弦のシーズンカレンダーもばっちり買いまして、とうとう本格的に始まった感のある2017‐18シーズン、

羽生はどうせシーズン序盤はそんな調子良くないしな~とか多分マスコミも含めて皆が油断していたらジャンプの構成予定より落としているのにいきなりSP世界最高得点を更新したりする番狂わせ(これ番狂わせというのか?)が起こった先月のオータムクラシックを経て、遂にGPS開幕

4ループに加え、試合初挑戦となる4ループにも果敢に挑戦し見事加点付きで成功させたロステレは見ましたか!!!!

皆さん見ましたか!!!!!

 

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(ほんとは会社で使おうと思ったのだが思ったよりデカくて主張しすぎていたのでやめた結果、家に置き場所があんまりなかった)

 

不運にも、10月20日(金)というのは、私が勤めている部で一ヶ月最も忙しい日にあたっており、20時50分頃になってもまだ全員いるという状況に加え、隣の先輩は体調悪そうだし二つ隣の先輩は電話しているのでこりゃ手の空く年下組が私しかいないからあんまり帰るとマズいかなというプレッシャーはあったのですが、申し訳ないと思いつつも羽生くんへの愛の方が優ったのでやっぱダッシュで帰ってしまいましたYO

しかも、なんか中央線か何かで人身事故が起こったのか東西線総武線と直通運転中止、ダイヤ乱れというトラップ、落合か何かで「間隔調整のため二分ほど停車します」とか言い出して、おいおいおいマジでふざけんなボケとか思いつつ、ようやくついた駅からアパートまで5億年ぶりの猛ダッシュをした結果、何か生放送じゃなかったのか帰宅してテレビつけたらネイサンと羽生の対決を煽るテレ朝VTRみたいのが流れていたとこでした。なんだよ。

 

翌日(21日)も出勤日だったんですが、

「正直フィギア見たいから早く帰りたいんですよね~昨日も猛ダッシュで帰って…」ってやる気の無いゆとり社員丸出しの台詞をうっかり言ってしまったら、

「あーだから昨日帰るの早かったんだ」ってちくちく返されたけど、よく考えて欲しい。20時50分は別に早くない……! のでは…!?

私だってほんとは全部みたかったけど妥協してこの時間なんだ…!

 

予約しろとかどうせあとで動画見れるだろとかまあアべマTVでもやるしどうせあとでま100回観るんだけど、そういう問題じゃないんだよなーーまあ別に厳密には生放送じゃなくてもいいんだけど、できれば、

「この演技がどうなるか、どういうものになるのか、どんな歴史が残ろうとしているのか、まだ何も分かっていない」

まっさらの状態で見たいんだよなーーースポーツ鑑賞の面白さってそこじゃないですか。

ということで、映画のネタバレはかなり許容するタイプというか何なら先にオチまで自ら調べたりする方なんですが、フィギュアのネタバレは極力見たくないわけです。

使用曲こそ、バラード第一番は3シーズンめ、SEIMEIは2シーズンめなわけですけど、これは声を大にして言いたいんですけど、フィギュアの試合は一度たりとして…「同じ」試合は、「同じ」演技は…無いから…そこがフィギュアの面白さだから…!!

 

例えばこういう言い方をするとやや語弊はあるが、「同じ歌を歌う」のとかと大きく違うのは(まあ歌を歌うのが簡単とは言いませんが…)、かなり技術的に難しく体力を消耗することをやっているがために、その時々の体調とか精神状態とか周囲環境とか集中力とかその他諸々の要素により、ジャンプが成功するか否かとか、そのジャンプが綺麗な加点のつくものかとか、プログラム全体の流れにマッチして全体として素晴らしい“作品”になるかどうかとか…って、本当に見るまでわからない。

故に同じものを滑っていても演技自体の出来とか印象とかって毎回違う、

この羽生が羽生至上最高の羽生になる可能性もあるし、ならない可能性もある、

そして最高の羽生になった場合、それがどれくらい強く素晴らしいものなのか、羽生くん自身も含めて現時点のこの世界の私たち誰もまだ知らないわけですよ、当然の論理として、<過去の最高を越える最高>はまだ誰も見たことないわけだから。

私たちはこれからそれを目撃できるのか否か…!? という緊張感と期待とそれから恐怖を以て、私は羽生くんを見たいんだ…!!!(ポエム)

 

まあ今回は、羽生くん比では「そこまで悪くはない」(例年GPシリーズの初戦ではもっとボロボロだったことを鑑みるとむしろ序盤から結構点数が出ている方なのかも)という感じで、

SPは、ジャンプは転んだにせよ途中までは、お?これはいけるか?という感じだった悪くはないものにせよ(しかし安定の3Aさんは流石安定の3Aでしたね!)、ちょっと動きとかスピンの回転なんかも遅いかな…?という印象ではあったものの、

FSはまあ回転が抜けたり2回転になったりコンボがつけられなかったりしたことで点数が伸びなかったっつうのはあるけども、

2年前はまだそれでも「月に攫われそうな」繊細さというか儚さみたいな雰囲気の方が強かったけれども、2017年Ver.は、俺が王者だ!!!俺がやるんだ!!!!というような動きや視線の気迫全開で心打たれ、

観客の大歓声も相まって王者感つうか、出てきた瞬間からさながら映画で遂にラスボス登場!!のワンシーンのようだし、緩急や盛り上がり方が素晴らしい曲の編集の仕方とそこに当てはめるジャンプやステップなどの要素のハメ方が絶妙にマッチしているというか本当にドラマチックで、これは改めてオリンピックシーズンにふさわしい心打たれる恰好の名プロだなあと思いましたよ

なんていうんですかね、曲の奏でるドラマと、ジャンプやステップ、スピンなどの要素が伝えていくドラマと、今ここの「羽生結弦のドラマ」がピタッと合って盛り上がっていくような感動を与えるプログラムっていうんですかね。

 

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 (待ち受けにしてみたんだけど、どうにもグーグルでエロ動画とか検索するときの罪悪感が半端なくなるという深刻な弊害がある)

 

 先述した、ゆとり丸出しで帰社した長い言い訳はさておくとしても、そもそもとして、フリーの4回転ジャンプが、2種類3本から4種類5本になっているとか構成内容自体も2シーズン前とは大きく違うわけなんですけど、この、5本の4回転が入る部分、もし予定通りに成功した場合、

 

ラスボス感溢れる気迫の表情と例のSEIMEIポーズ(SEIMEIポース?)から、太鼓の音がさながら心拍にあわせて緊張感を醸し出す序盤、ここで、

今シーズンから挑戦する高難度の技、4回転ルッツ

「果たして4回転ルッツが成功するのか…!?」を固唾を飲んで見守ることになるわけです、このルッツが成功するかどうかが演技全体の印象や記憶を左右するといっても過言ではないところ

そして、小太鼓や重音が重なり、次いでまたしても難しいジャンプである4回転ループ

まずはこの2つが成功するか!?というところが、技術的や得点的、演技全体の出来的にも重要なわけですがそのあたりの緊張感が、ドン、ドン、という太鼓のリズムや徐々に楽器が重なっていく音が奏でる気分に非常に融合している感じ

 

でもこれはまだ序盤、

飛び上がるような3Fを経て、スピンと共に始まるSEIMEIの主題旋律、結弦という名の通り(?)ステップ直前の弓を引くような動作(?)の美しさ!!

…から入るステップはおそらく、陰陽師たる晴明が悪霊を祓う儀式みたいなものを表現しているんだろうけど、この力強くも深遠な振りとステップがここで入ることにより、序盤2つの4回転が成功していてもしなくても、さながら「これから怒涛のように続くジャンプ」が上手くいくための、何か邪気を祓う儀式のようなおまじないのような印象を与えます(ところで、この部分の、ジャッジ席付近で足を前にクロスさせながらまるで歩くようにスー、スーっと滑っていくとこの動作すげえ好きなんだけど伝わりますか?)

 

そして曲調が一転、ここからが怒涛のジャンプが続いていく

 この、体力を消耗しているはずの後半に、静謐で吸い込まれるような振りと音楽から、再び曲調が変わり徐々に壮大になっていき、そんな音楽に乗って、

 4回転サルコウ+3回転トウループ

4回転トウループ+1回転ループ+3回転サルコウ

4回転トウループ

……と次々に4回転が繰り出される構成がね…ここも、曲が盛り上がっていくところと観客の心の盛り上がりと、要素の魅せ方が最高に重なっていって、もしこれ全部成功できたらもう!!!もう!!!絶対に感涙モノだろうという!!!!!

 そしてコーラスと共に浄化するようなスピン、からの(これ2015年のGPFの上からカメラの感じ良かったっすよね~)

ダッダッダンッって手を振り上げて両手を回すとこ!!! ここもいい!!!!

主題に戻った音楽は荘厳さを増し羽生くんと観客の想いを乗せていくような伸びやかなハイドロ、イナバウアー…こうしたラストまでの流れの素晴らしさ!!!!

 

もうねー演技そのもの自体が映画ですよこれは!!!!!!!!

いやもうちょっとマジで説明するのにあまりにも語彙が足りなさすぎるから今後のNHK杯など直接見てくれ。語彙が足りなさすぎる。

台詞を喋らなくても歌がなくても、物語、ドラマというのは作れるんだなあというね、そういう感動がね……!!!!

しかも、こうした要素がどれだけ成功するか否かというそれこそが、今ここの羽生結弦のドラマであるわけですしね…!

 

【追記:というような事を書いていたが、後で他の選手含め最初から全部見たら、めっちゃ今更だけど、ジャンプの高さ、振りや動きの密度、スケーティング、羽生くんのあまりの段違いのうまさに改めて(※改めてって30回目くらいの改めて)びっくりしました。今更。トップ選手ばっか見てるとちょっと分からなくなるが…】

 

と、珍しく真面目に話をしているようではあるが、VTRが終わったあと試合会場に戻った映像を見たあとの私の第一声(一人暮らしなのにテレビに向かって一人で喋るタイプ)

「観客日本人ばっかだな…」

羽生くんとほぼ同年齢でこの世界に生を受けたことにつまり歴史を目の当たりをできることには圧倒的感謝ではあるんですが、ほぼ同年齢で生を受けてしまったがために、羽生くんに頭を撫でられる子どもにもなれないし、ロシアでも何でも遠征にいく財力強おばさんにもなれないことにテレビの前で歯ぎしりをしていた次第である。

 

 

しかし、言っていいすか、私…私…

 

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GPF8日当たってるんですよね!!!!!!!!

 

生で!!!!SEIMEIを!!!!観れる!!!!!!!

どうにもこのチケット争奪戦で運を使い果たしたのか、この当選メール日は2人も会社休んでそのとばっちりがめっちゃ来て深夜残業だったり、そのとばっちりでせっかくよかれと思って代わりにやったことが上手く伝わってなかった(つうか、やっときましたって書類に付箋つけてその人の机に置いといたらそれがどっかいったらしく、同じことをその人がやった後に気付いて、二度手間じゃん!ってキレられたっつうか)とか、悪いことが続きまくったものの、

そんなことは全然許せる心の余裕があるのだ。だって生で羽生くんの試合観れるんだから!!!!! いいんだよその程度のことは!!!!

 

しかし、何故か私が当選直後まずやったことが、「羽生くんへの貢物を調べるためにzozotownを開く」だった(何でゾゾだよ、というのは男性物とかブランド名からしてまず全然知らないためとりあえず傾向からというか…)

結局客のプレゼントってどうなるか知らんのだけど、こういうのは気持ちの問題っていうか、何ならデパートとかに行って、「彼氏へのプレゼントを買いに来た女」という体で、「170センチ強くらいで~細身で…」とかいうプレイをやりてえ。まあやらんけど。

一番やりたいのはこれですけど↓ 

 

 

 

2017年ロステレ例のチャック妄想

 

 ところでロステレのSP後、Twitterで大盛り上がりしてたのはこれ↓

news.livedoor.com

 

ジャージを口で噛んで脱ぐのがセクシー過ぎると話題になっていたんですが、こんなのさーー妄想力を掻き立てられないわけねーーーーねーーーー

 ということで徐々に暴走していく俺の妄想。

 

羽生くんが家に帰ってきたら、(今日は襟を口にくわえる脱ぎ方やってくれるかな!?)って期待の視線でじっと眺めたいし、そんな視線に気付いてるのでわざと無視してめっちゃ普通に脱いで欲しいし、めげずに脱ぎ捨てた上着を、「あの脱ぎ方やって!」ってもっかい着せようとしたら「は?」って追い払われたい。 

 「やってよー!」って追いかける私と、「何で脱いだのまた着んだよ!」ってまさしく正論を言って逃げる羽生くんとで追いかけっこになって、部屋10周くらいしたあと「何やってんだろ馬鹿らし」って座り込んだ羽生くんの隙を狙って着せようとしたら、逆に隙を取られて上着で手首縛られ「お願いだから大人しくしてて」って放置されたい。

何故か全然ほどけないので「ってかなんでそんな結び方知ってんの? やらしー!」っていじりにいったら「エロ漫画脳のあんたと一緒にしないでくれますか?」って蔑まれたいし、「まあ(それが)お仕事ですからね、make mo…いやmake love?」とか全然通じないジェシーの物真似して全然通じないから二時間無視されたい。 (下ネタやめろよおばさん!!)

 羽生くんにマジで二時間無視されたあとようやく、「もううるさくしない?」「…はい」「よし」って三歳に言い聞かせるみたいな言い方でほどいてもらって「三歳児じゃねえんだから…」ってボソッと言ったら「三歳児なら可愛いからまだマシなんだけど」「…どういう意味や!?」みたいな会話をしたい。

っていうあたりでなんかちょっとひらめいて、「じゃあもういいよ、口でチャック開けなくていいから、『お口にチャックして』って私に言って!そしたら静かにする!」って請願したいし「25歳うるさい」って怒られたい。 

 

 まだ24歳だもん!!!!!(誰に言ってるんだ?)

 

 

【追記:2017年10月24日】

……てなことを勢い勇んで日曜日に書いてしまったわけですが…すっかり油断していましたね…まさか…まさかエキシビションでまだ更に爆弾が沢山投下される羽目になるとは……

ロステレ2017は、フラワーボーイ?と絡む羽生天使過ぎ問題とか、ジャージの脱ぎ方エロ過ぎ問題とかあったわけですけども、エキシビションに至って更に、

これらの実際の写真や動画なんかは現地観戦した人たちとかが女神のごとくTwitterなどにアップしてくれているから頑張って検索して欲しいんだけども、

 

【縄跳びの貸し借りをするメドベちゃん&羽生可愛すぎ問題】羽生くんはロシア女子とセットだとなんであんなに可愛いんだろう…お互いに何かぎこちなくお辞儀するとこ可愛すぎでしょ…

 

【リフトされるのも勿論だが金テープと格闘していた結果、集合写真に入れず後ろでわたわたする羽生激可愛すぎ問題】何あの動き…!!何あの動き……!!!!!何あの動き!!!!!!!

 

【(リフトしてくれた)ホタレックの腕を抱く羽生小悪魔過ぎ絶対惚れてまう問題】

 

ここまででもかなりヤバいが、最後の大爆弾はこれ、これ!!!!!

【金テープくるくる羽生の破壊力凄まじすぎ問題】

togetter.com

 

ミーシャに金テープで悪戯される写真が完全に天女なのもさりながら、そんなテープを取るために、氷の上でさながらプリンセスの変身シーンのごとく、くるくるとスピンする姿のあまりの愛らしさを動画で見た瞬間、私は、

「かっ…かっ…かわ……」

みたいな声にならない謎の奇声を発しながらベッドから落ちた。マジでめっちゃ動揺した。

え、何これ天使???天使????

 

あまりの破壊力の萌えという喜びに震えると同時に、しかしこの金テープくるくる羽生を見た瞬間、私は自らの敗北を認めざるを得ない悔しさに打ちひしがれたわけですよ。

というのは、何千字もつらつらと羽生妄想していた自分のクリエイティビティなんてのは、現実の羽生結弦という破壊力の前では全くの敗北を喫する事がよく分かったのだから…!!!

そうだよ、当たり前の話だよそれは、凡人の想像の範囲に収まるような人間があんな何万人も虜にするわけねえんだよな。

ってそんな、我々の想像を遥かに超え婦女子を次々と死屍累々、屍にしていく羽生結弦は今シーズンまだまだ見られると思うから、予めそんな時のお気持ち表明用に準備しておくことにした。萌死して屍になった時に各自使ってくれ。

 

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それにしても、なんというか今回は久しぶりに、「ただの天使」の羽生くんを見た気がしないでしょうか。私の観測頻度が低いだけかもしらんが。

いや言うまでもなく羽生くんはいついかなる時でも何をしていても天使であることには違いないんだけども、たとえ「うるせえな25歳」とか言ってたって天使なんだけども(それはお前の妄想)、

そういう広義の「天使」ではなく、狭義の意味でいけば、最近はもっとこう、力強くキリッとしていたりハキハキと大人ぽかったり、強い目力のラスボス戦闘モードだったりする事の方が多かったわけじゃないですか。体つきや顔つきも結構男らしくなっていたりなどして。勿論、プーさんで手振ったり猫耳にゃんにゃんしたり(←?)、みたいな事はあれど、それって「お前らこういうの好きなんだろ」的なある種あざとさの上というか、そういうあざといところも好きなんだけどそれはともかく、まあそんな感じじゃないですか。

それが今回は…結構…ただの天使…(勿論この「ただの」というのは普通のという意味ではなくめちゃくちゃ殺傷力が高いのは言うまでもなく、ただのというのは「純粋なる、それ以外の何でもない」というような意に近い)

いや日頃、「表では好青年の羽生くんが気を許した人の前ではめっちゃ塩対応だと萌える」みたいな感じの妄想ばっかしてる俺だけど、結局こういう天使の羽生が好きなんじゃんみたいな、結局お前もそこじゃんみたいな、原点に戻った感じがしましたよ

ってか16、7歳頃ならともかく22歳になってもそうした振る舞いに全く違和感ない羽生やばないですか。

 

っていうかすげえ今更な事言うけど、羽生結弦ってもう何、名前の字面からずるいじゃん。
羽が生えて弦を結うって何それもうまんま天使じゃん。天使じゃん。

あーーーーーーーあーーーーーーー

 

 

両立し得る分裂的欲望ーー映画「エル ELLE」感想

 

eiga.com

 

映画「ELLE」鑑賞後の幼稚園児並の私の感想

:冒頭で、お。猫映画かな?と思いきや百合映画だった。

 

…というのはさておき、このところ、ハイローを短期間に3回観たり、トムホ君のスパイダーマンの為に2ヶ月ほどずっとストイックにマーベル映画漬けだったり、映画館で観たのも「釜山行き」とか「ワンダーウーマン」とか、所謂人がワーってなって街がドカンってなってガーって闘ったりする大作系の作品ばかり観てなんだかやや頭をやられてる感があったので、

 

これ久しぶりに…「あー、うん、やっぱ私こういう映画のが好きだわ…」

 

と改めて思った作品でした。

“こういう映画”って漠然としすぎているけど、劇場で観た映画でいうと「マジカル・ガール」以来の、“あ、好き”感…間空きすぎでは

ってやっぱり、この年にもなると、自分の好みの映画かどうかって冒頭1分くらいで分かるようになるもので、この作品の冒頭は凄くいいっすよね

オープニングクレジットが流れた後一旦画面が真っ暗になり、真っ黒の画面のまま何かがガチャンと割れる音、主人公の叫び声、男の呻き声…そして明るくなった画面に映るのは、主人公たちを見つめているのであろう猫。

っていうのだけでも既に良いんすが、じっと見ていた猫が顔を背ける…ところまでが流れるのが完璧。

猫にそんな感情は無いのだろうけども、見ていられないような事態が起こっていることを観客に間接的に示している、まあ要は「主人公がレイプされる」ところから始まるわけです

 

 逆に私が一番苦手な冒頭というのは、台詞で自己紹介なんかをベラベラ喋るタイプ(まあトレインスポッティングはオールタイム・ベスト級で好きなので例外なんだけども。ちなみに言うと、「ELLE」では何故か二回ほどトレインスポッティングのOP曲が流れていたような気がする)で、

 つまり映画なら映画らしくちゃんと映像で主人公の環境なり人となりなんかを説明する努力せんかい!っつーことで、という意味でもこの作品は面白くて、というより、「ELLE」自体がむしろそれーー「主人公の人となりや環境にまつわる説明」がある種、一つの軸でもあるような気がするんですよね

 

大まかに言うと、

レイプされた後も、淡々と後片付けをし、日常生活に戻ろうとする主人公だけども、そんな彼女の「日常」に登場してくる人物たち

……ファストフード店でバイトをしており主人公に金銭面でも頼っているらしいやや駄目気味の息子、そんな息子の彼女(ビッチ気味・ヒステリー気味)、ちょっと仕事に困っているらしい小説家の元旦那、その元旦那の現恋人らしい若い女性(ヨガを教えている)、公私共に頼れる右腕であるアンナ、アンナの夫(かつ主人公の不倫相手)、主人公のことをあんまり良く思っていないらしくあんたはゲームを分かってないと口答えするようなクリエイターの男性社員1(ツンデレ系?)、主人公の信者らしい男性社員2(内気・オタクぽい)、宗教に傾倒しているらしい近所の奥さん、その夫(銀行勤め)、社長である主人公のおかげで?金を持っている母親(整形を繰り返している)、その母親の若い愛人

…という人たちが次々現れ会話の流れなどで、徐々に人物像が見えてくる第一部としてのパート

 

そしてここで、主人公が、社員を何人も抱える程度には成功しているゲーム会社を経営する社長ということと、父親が歴史に残る有名な大量殺人事件の犯人であるおかげで、当時娘として報道された主人公自体も未だに有名人であるということもわかってくるのだけど、

この人物説明パートは同時に、「あのレイプ犯は誰なのか?」という推測物語の役割も果たしてい…るかな? まあ、分かるよな。あいつだろ!胡散臭い!!ってすぐ思ったし…

(すぐ分かったから、主人公そいつを家にあげないでーー危ないから!!!って言いたくなったもん…)

 

ともあれ、しょっぱなからレイプシーンをかましてそれが主軸のサスペンス作品である割には、全体的にはブラックコメディ寄りっていうか、結構作風自体はカラッとした「笑える」映画でもあって、現実にあったら全然笑えない深刻な状況なんだけど撮り方と間の妙で、この人物説明パートだけでも妙に笑える作りになっている

例えば、息子と彼女の間に遂に子供が生まれた!っていうシーン、

生まれてきた赤ん坊が、息子も彼女も白人にも関わらず、どう見ても黒人の血が入っているのに唖然としている主人公と元旦那…の後ろに息子の友人(黒人)の満面の笑顔が映りこんでいるカットとか、

息子と彼女と主人公が新居候補物件の内見をしている場面、途中で彼女がヒステリーを起こして帰ってしまったので、息子が怒りを抑えきれず壁をドンドンと殴ったら不動産屋が、あっあっと慌てるところとか、

主人公が車で事故った後、アンナ⇒元旦那と電話をかけるが繋がらず最終的にヘルプを呼んだのが…え、何でそいつ!?何故!?ってチョイスってとこからの、普通に会話している二人という流れとか…

登場人物たちは至極真面目なんだけど、映像的には「笑える」ように撮っているところ(シリアスな笑いっていうのかね)が結構あって面白い

 

そして、順に登場してきた主人公周りの人間たちが中盤、一つの場所ーークリスマスパーティに集まり人物同士の化学反応、アンサンブルの妙が奏でられる第二部としてのパートを経て、ラストに向けてまー俗な言い方をすればこれら「だめんず」達との謎やわだかまりや引っかかりや、関係を主人公が順に清算していくのが第三部

 

で最初に「百合映画」といったのは、主人公はこの周囲の登場人物たちとの関係を順に清算していくわけだけども、アンナだけは清算されないんですよね。「あんたの夫の不倫相手は私よ」と伝えても。最後に主人公に寄り添うのはアンナなのですよ。

この、主人公とアンナの関係はかなり理想的な百合ですよねー

何があっても味方という信頼感と親密感がありながら、性愛関係にはならず、男を介しても女同士の絆は壊れない、仕事のパートナーとしても、私生活の支えとしても主人公に寄り添い続けるアンナの懐深そうな雰囲気もいい

 

って、ブラックコメディとしても百合映画としても最高なんですが、

肝心の、「レイプ」問題 

 

これについては外国でも賛否両論らしいみたいな記事を読んだけども、私も「主人公の気持ちが分かる」って言えればいいんだけども、うーんまだね…分かんないっすよね正直…

分かんなくても全然面白いのが凄いとは思うんだけども、

この場合の「気持ちが分かる」というのは単に「自分が共感できる」ということではないような気がしていて、より正確には、自分が共感するかはともかく、所謂「物語の登場人物」としての筋の通った「統合性(一貫性?)」みたいなのがあるか否か、という事なのではないかと

逆の言い方をすると、我々はフィクションの登場人物には「最終的には○○に向かう」ための一貫性みたいなものを求めてしまうわけで、この作品で言えば、だから主人公の行動は全て「レイプ犯許さん」の元、「レイプ犯を特定し、やっつける」に収束されれば理解できるわけだけども、実際に我々が観せられる映像はそうではないんですよね

レイプ犯というのが分かった後も自分から家に呼び入れたり、人気のないところに行ったり、何故わざわざ自らまたレイプされる機会を?というような行動や(かと言って誘い込んだ上で武器でやっつけるわけでもなし。最終的にああなったのだって、別に偶然なわけだし)、

遂には、「レイプはしたいが主人公が自分を受け入れてくれた上でヤるのは嫌だ」というこっちもよく分からない倒錯的願望があるらしいレイプ犯に付き合って、自ら嫌がるふりというか殴られてあげた上で性的関係を結ぶみたいなことになっている

 

これまあ、「主人公がどんな人間でどんな事をしようとも、レイプが許されたり、主人公の“落ち度”が非難されたりするべきでない」っていう、

被害者が性的に奔放のような人物だと何故か仕方ねえだろみたいな事になったり、お前が誘うような素振り見せたんじゃないかとか男側が擁護されるような現状を踏まえた社会批判ってことなのかもしんないけど

まあそれも入ってるんだろうけども、それだけかしらねえとも思うわけですよ

 

って色々考えを馳せた時にふと思ったのが、

 

つーか、主人公の父親が大量殺人犯って設定、

だからレイプされても警察に行くのが嫌っていうとこや、主人公が知らない沢山の人物が主人公のことを知っているという認知の不均衡ーーという物語設定の環境をレイプ犯と主人公の関係にも「スライド」させる効果、以外に何か物語的に意味あったの?

という事との関連で、

この設定、最後に、レイプ犯の妻が「実は自分の夫が何をしていたかを主人公との関係をも含めて全部知っていた」ということが分かる台詞によって、あーなるほどと少し繋がった気がしたのであった

 

主人公の父親は、近所の子供にも十字を切るほどの熱心なキリスト教徒で優しい人間だったのだけど、その子供らの親から(そこまでされるのは)「迷惑」と苦情が入ったゆえに、キレて近所の奴らを皆殺しにし、

レイプ犯の妻も同じくかなり敬虔なクリスチャンでありながら、自分の夫の罪は全然スルーできていたということのわけです

これって「ウィッチ」みたいな信仰の狂気自体を描きたかったというよりは、

神を深く信じていても人は殺せるし神に懺悔しても身近な悪行は見ぬふりができる、信仰と殺人への欲望、信仰と罪の看過…って一旦両立しそうにないようなものが同じ人間の中で両立し得る物語、という事なんじゃないかと思って、

 

レイプしたい(する)ほど主人公に執着しているけれど、主人公が受け入れてくれた上で性的関係を結ぶのは駄目

みたいな倒錯を持っているレイプ犯や、

絶対殺してやるって感じにレイプ犯の事を憎く思いそのための準備等も進めている一方で、レイプ犯と同一人物に性的欲望を抱き彼がレイプ犯と認知した後もその欲望を享受しようとする主人公

 

一見他人には理解できないが本人の中では(もしかしたら本人でさえも一貫性がわからなくても)両立してしまっている分裂的欲望

……があることそれ自体は、凄くよく分かるというか、主人公の気持ちは分からないけど、この分裂的欲望があることそのものにはめちゃくちゃ共感というか納得できるんですよね

 

自分の中にあるもので言えば、

羽生くんが好きなのでずっと見ていたいけど次の瞬間にはがっかりするかもしれなくて怖いから見たくないという気持ちも強いってのとかね(全然違う気がする)

可愛い男の子(女の子も)などがレイプされる話が好きでめちゃくちゃ興奮する自己の欲望と、強姦するほど強い愛という大義名分の元でその行為が許されたり、性的快感=愛というすり替えが行われて最終的にハッピーエンドになる物語はマジで死ぬほど嫌いな倫理的自己が両立しているのとかね(なので大きな声では言いたくないが、お前が受け入れるのは違うんだよなーって思ってるこの作品のレイプ犯の方の気持ちはちょっと分かってしまうんだよな…)

 

 

もしかしたら全然そういう話ではないのかもしれないけども、だからもしこの作品が、そんな、物語の登場人物らしからぬ(がおそらく誰にでもあるであろう)他人に理解できるような一貫性のない分裂的欲望を描く物語、だとしたら、これは凄い試みだなあと思うわけです。

だって、だから、他人(観客)には簡単に理解されないわけだしね。

 

 

わーこれ全然ハイローにセクゾン出れるよ!妄想 (n番煎じ)

 

Twitterをぼんやり眺めていたら、もしハイローにニュースが出るとしたらどの勢力に属するか?っていう記事↓

 

amyca.hatenablog.com

 

が流れてきて、

まあ実際のところ、大人の事情というか事務所的にジャニーズが今後ハイローに出る事はぜってー無いんだろうけども、けども、この妄想は凄く楽しいというか、無理なく妄想展開出来る遊びだなと思いました!

というのは、ジャニーズのグループって「KAT‐TUN」が昔やっていた、「アイドルに必要な5つのC」(セクシー、癒し、たくましい、ナルシ、MC)じゃないけども、(勿論一定以上の顔面とはいえ)必ずしも全員が全員センター張れる正統派イケメンばかりというわけではなく、それぞれキャラクターの違うメンバーをバランス良く配置する形になっているから、ハイロー世界の毛色の違うギャンググループ各々に割り振りやすいし、

逆にハイローの方も、良くも悪くも設定が「記号的」なので、あとからでもいくらでも新キャラを追加しやすい世界感

(実際、殆ど何の説明も無しにいつの間にか新キャラが追加されてたりしますしね…)

 

って、無理なくっていうか、この記事を読んだあと、ふーんじゃあセクゾンとかどっかなって考え出した3秒後にはメンバーそれぞれの布陣と背景がぱっと思いついたくらいであった。

ハイロー凄い。

 因みに断っておくと、別にジャニヲタじゃないです(のでファン的には全然ちげえよ!って思うかもしれないからごめん)

 

 

まあ中島健人は文句無しにWhite Rascalsでしょう…

 

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まさに、アイドルになるために生まれてきたようなというより、中島健人のためにアイドルという職業はあるんではないかと思うくらい生まれついてのアイドル・中島健人さんの伝説は多々報告されているところではありますが、

ファンの靴が目の前で脱げたら、「気をつけて、シンデレラ!」なんて台詞がパッと出てくるようなサイコーの王子キャラたる中島健人は、「女を守る」ことを至上使命とするWhite Rascalsで活躍できそうです。「大丈夫?お姫様」なんて台詞がマジで素で似合ってしまう稀有な男。

うーんでも、…活躍…できる…かな?

 

というのは、もう少し踏み込んで考えてみると、実際こんな良い男が「大丈夫? お姫様」とか言うたら惚れるやろ。真顔でいるの無理やろ。

 

というわけで、中島健人自身はラスカルズの使命と共鳴し日々女性を守り輝かせることに情熱を注ぐものの、あまりにも王子過ぎるのと顔が良すぎるのでラスカルズの仕切るClub「heaven」で働く女性たちは普通にそのうちうっかり惚れてまい、中島健人もその全てを無下にせず愛を受け入れ優しい言葉を吐く…ので余計にトラブルになる、という感じのことが続出したため、ロッキーによって現在中島健人は店をクビになっているという設定から話は始まる。

 

店をクビになった中島健人は、「お前の女への優しさは優しさではない」というロッキーの言葉をぐるぐると考え思い悩み、過去のトラブル等をも思い出し、もしかしたら自分は下手に誰かを助けたりしない方がいいのではないかと葛藤している

だから、健人への失恋の結果、ラスカルズの店を去り今はダウトの元へいる女性から、酷い労働環境を訴える連絡が来ても一旦は、自分が何とかする事は出来ないと返事をしかけるのだけども、でも最終的には、

「僕が君を助けたいのは愛や恋なんかじゃない。君が僕にとって特別だからじゃない。ただ誰も、不当に連れ去られたり酷い目にあっていいはずなんかないって思うから、ただそんな状況を見過ごしたくないから」

って立ち上がっていく。そんな過程で、元・所属先のラスカルズと合流していく、みたいな感じでしょう…

 何となく、違う意味で女好きの雅貴に一方的にライバル視されていてほしさある。雅貴から会う度に喧嘩売られてるけどニコニコかわしててほしさある。

 

 

菊池風磨はあんまりやる気の無い鬼邪高生

 

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やや語弊はあるが、菊池風磨の持つ、何というか背伸びした悪ぶり感みたいな雰囲気がヤンキー高校生役にぴったりと思う。ってことで菊池風磨には鬼邪高校が一番しっくりきそうです。

ところで私は中二病なので、「普段はやる気がないがめっちゃ強い」みたいなキャラにすこぶる弱い。

なので、菊池風磨にも、

“鬼邪高の「アタマ」とかてっぺんがどうたらとか、心底くだらねーと、めっちゃ馬鹿にしているので普段は全然喧嘩とか番長争いとかにも参加する気ZEROだが、いざ戦うと超強い”

みたいなキャラをやってほしい。絶対似合うと思う。(なんで強いのか?とかそーゆー細かい事はいいんだよ別に!!!)

 

本人には全然喧嘩する気ないのに、SWORD対九龍などの戦いがどんどん激化していく過程で、「鬼邪高の制服着てる」だけで見知らぬ奴に襲われたりするとばっちりを食らう事が多くなり、その度に撃退していくのだけど、その喧嘩をうっかり村山さんに目撃されてしまう

で、村山さんが「アイツ強い」と目をつけSWORD連合軍に加わらないかとスカウトするのだけど、菊池風磨は逆に、

 

「てめえが面倒事ごちゃごちゃ持ち込むせいでこっちはなあ!!!!」

 

と村山さんに殴りかかったりする。

しかし最終的には村山さんが勝ち、「この状況を終わらせたければ根本を潰すしかない、加わって」ということで、まあそうかもなと渋々参戦。

新規のくせに(←?)村山さんから気に入られている節があるので、関ちゃんからめっちゃ敵視されているといい。 

 

 

佐藤勝利はやはり正統派に山王商店街の息子(not 山王連合会)

 

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いえ…別に、決して「ハングリー」のイメージが強いわけじゃないんですけど…なんだろうね、佐藤勝利って其の辺にめったにいるもんじゃない文句無しの「生まれながらのアイドル」(セクゾンに生まれながらのアイドル何人いるんだよ)のはずなのに…この、「近所の良い息子さん」感……絶対近所にいないのに……

 

ということで、山王商店街にある商店の息子さん(親想いで働き者)を推したいんですが、ゆえに、先述の菊池風磨と同様、面倒事や厄介者を街に持ち込んでくる山王連合会の事をあんまり良くは思っていない感じだといい。

というのは、こうなんていうか、コブラ達が戦っている裏で、なんかダンプに突っ込まれたり店を破壊されたりしているnotギャング(not山王連合会)の善良な商店街の皆様たちがいるわけじゃないですか。そっち側の事情や描写もちょっと見たいっていうか。

なので佐藤勝利の登場シーンは、ザム1とかで「街がめちゃくちゃだろコラ」状態になった後、めちゃくちゃにされた街を片付けているところから始まる(トムホ君のスパイダーマンかよ)

 

争いの度に何か破壊されるし、いっそ再開発の立ち退き料貰って別の街で店をやり直すかとか話し合っている両親(まあハイロー見る限り、別の街も治安良いとはとても思えませんが…)に最初は同意するものの、

遂に自分たちの店が襲われた時に、何もできずただコブラ達に守ってもらうばかりで、被害を訴えに警察に行っても「どうせ立ち退くときに壊すんだから別にいいんじゃないですか」なんて全然相手にされないことに憤りと無力感を抱き、

このまま何も出来ない自分でいいのか、大きな力の元から逃げるばかりではどこだって搾取されるばかりではないのかと、闘うことを決意する(感じ)

 

 

松島聡は、兄に憧れつつも虎視眈々とその座を狙う劉の弟 

 

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 申し訳ないことに、正直、松島聡だけは3秒で思いつかず、めっちゃ悩んだんだけども…(ルードや達磨ではなさそうだし)

 

写真を眺めながら色々熟考した末、「劉の弟(異母弟・妾の子)」という所に落ち着いた。

何故!?って感じですが、いや…松島聡自身が、性格の良い天然キャラなのはわかってはいるんですが…この“弟”ってところに置きたいんですよ…

 

というのは、ハイローの原作がLDHの歴史であり、多分にLDHの歴史や状況やメンバー同士の関係性なども物語に入れ込んでいるというところを鑑みた際に、セクゾン自身の持つ歴史みたいなのも入れたいなと思い、つまりセクゾンて今は5人だけども、一時期、年上組3人だけの活動になったときがあったじゃないですか。

なので年下2人は、早く年上組のようになりたいという憧れの気持ちと、年下ポジションとして於かれる鬱屈みたいな感情、自分だってやれるのに、若いせいか?力不足なのか?という苦悩を裏では持ちつつも表では明るさを表出する、みたいなね…とこに置きたいんだよね…

 

ということで、(上園を暗殺し)若くして九龍の一角となった劉を兄に持つ松島聡は、素直に凄いと憧れる気持ちと、いつかその座を我が手にみたいな嫉妬のような感情を同時に抱き、

表面では明るい気さくな感じで兄を親身に支え力になりつつも、裏では兄を抹殺すべく九龍の他の面子やSWORDの面々などへの工作活動を行っているといい

工作活動を行っているのでSWORDとは若干の協力関係にあるものの、家族に恵まれている佐藤勝利には憎しみの気持ちが勝り、家族の絆なんて、バカバカしいと吐き捨て敵対したりする…

 

…あれですね、完全に「BANANA FISH」の李月龍的ポジションですね…(何でもバナナフィッシュに例えるタイプのオタク)

 

(※ってかしらんかったけど、『BANANA FISH』の舞台化でアッシュやってたの劇団EXILEの人なのね)

 

 

マリウスはプリズンっていうかリトルアジア出身のフォーの弟分ポジで!

 

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こっちは2秒で思いついたような設定っていうか2秒で結論出たけど、いやほら、だって英語とか喋れるし…

ハイローのギャグで、マイティやプリズン等のキャラが英語で煽るものの、ノボル以外基本高卒集団のコブラちゃんやヤマトたち山王は全く理解できず、は?ってなるみたいなのがあるけど、

しかし、煽るというよりか、眉を下げ困ったように「~~~~(英語)」(※ごめん私が英語出来ない)って肩をすくめた途端山王の誰かに、「何言ってっかわかんねえんだよ!」って殴られて欲しい(ひどい)とか、

喧嘩の最中ピンチに陥ったときに、その可愛い顔を存分に生かして泣きそうな顔で「~~~(英語)」(※私が英語d)って呟くから、母性本能的なものを刺激されちょっと気の毒に思ったラスカルズが油断した途端、引っかかったなとばかりにニヤと笑ってボコボコに反撃してほしいみたいなとこある。

現状ハイローに足りないのは、アイドルみたいに愛くるしく可愛い顔してんのにめちゃ強キャラだと思うんだよな~~~欲しいな~~~

 

ということで、プリズンの一味っていうか、別に刑務所に入った事はないけど、リトルアジア地区出身でフォーに面倒を見てもらっていたフォーの弟分的ポジがいいかな

(※フォーっていうと誰か分かんないかもしれないので一応書いとくと、メンディーです)

フォーに構って欲しくてやたらと絡みにいくけど、フォーがあんまりベラベラ喋るとは思えないので基本9割くらいマリウスが喋ってるバランスだと良し。

 

自分は闘う気満々だけども、フォーには子ども扱いされ「お前に喧嘩はまだ早い」と止められ続けているので、もーー!!!!俺だって出来るのに!!!!って悶々としているキャラ。自分だっていつまでも守られているだけじゃないんだというところを見せつける為に勝手に乱闘の場にやってくる。

 

 

 

っていう感じに結構すんなり設定を思いついたし、これ全然セクゾン今からでもハイローに出れるよ!!!!(←?)

 っていうかn番煎じだけどこの遊び楽しいよ笑!!!