センチメンタルの涅槃

読書、漫画、映画感想用。中二病と喪女をこじらせた24歳。吾妻ひでお、山田花子、真造圭伍、九井諒子などが好きです。ボーイズラブの話多し。

【複数回観ると】HiGH&LOW THE MOVIE 3 FINAL MISSION【脳を焼かれる】

 

遂に…遂に始まってしまいましたね、2017年最後の“祭り”が……

何がって、「高&低 最後の作戦」(TAKAHIRO風)に決まってるだろ!!!!!!!

 

f:id:syosenningen:20171113235018j:plain

 

 

eiga.com

 

…って始まる前から、今後1ヶ月はハイローの話をし続ける気まんまんだったのだけども、率直なところを言うと、1回目鑑賞時は正直若干の肩透かし感があった。

いや確かに面白かったしかなり笑えたんだけど、これは純粋な意味での面白さではなく、

 

前作であんなに死ぬピンチ感を出していた広斗が予想の1000倍全く大したことなく何らノーダメージでピンピンしていた事の面白さ、あまりに全然大したこと無かったのが面白すぎて驚きすぎて冒頭20分くらい全く話入ってこなかった、とか、

よりにもよって、観客が悲しみで涙涙するであろうあのタイミングで出てくる「爆破セレモニー」という字面の反則さとか(もう爆破セレモニーって文字が出てくるだけで誰が死んでても何やっても面白いから駄目。反則過ぎる。っていうか爆破セレモニーって単なる宣伝文句的なあれかと思ってたら、劇中でマジで言ってたしマジで爆破セレモニーをやっていたのがもうヤバい。頭おかしい)、

シリーズを追っていた我々も初耳だった九龍グループそれぞれの各担当(金庫番とか掃除屋とか)が、まるで既知の情報であるかのように出てくる紹介映像とかも、あ…そうだったんですかwww!?って感じで面白いし、

西郷に何故か「お前らのSWORD」とか言われてたけど、よく考えてみれば別に昔も今もSWORDの人間ではない、よそ者のはずの雨宮兄弟が、当然のような顔をしてSWORDの中心にボスみたいな態度で立っている(そして何故か皆当たり前のようにそれを受け入れてる。何でお前らが仕切るのとか流石に言い出しそうな日向すら普通に受け入れてる)、っていうかボスというよりどっちかというとレディースの番長みたいな感じで腕組んで立ってる広斗という画の面白さもかなりヤバいし、

 

一番限界だったのは、結構皆首を捻っていた、おそらくSWORDの各トップ+ヤマトノボルが、コブラを助けに行く様子であろう謎の近カメラ縦揺れ映像ですよ。

正確には、その縦揺れ映像後のシーンで、何かここで皆がコブラを助けに!!みたいに感動を煽るようでいて、実際に助けに現れたのがそこには映っていない全然別の人達だったとこですよ。実際に助けに来たのは全然違う某で、その後、さっきコブラ救出に奔走していた奴等がどうなったかは映らないので分かんないんすよ。

え…ならさっきのシーンは一体…!?!? 何だったんだ!?!?

とほんとに腹筋が限界だった、ストーリーラインがちぐはぐじゃないですか琥珀さん!!!!

ってこれ、言ってみれば若干ディスってる方の「面白さ」であって、

 

全体としては、

あれ? ハイローザム2はあんなにあんなに大傑作だったのに、また何かハイローの悪いとこ出ちゃってるよ? と思ったわけですよ。

 

ハイローの悪いとこつまり、

ドラマパートが完全に無茶苦茶(まあいつものことだが)で、

いやそれはおかしいだろうというツッコミどころが1000個ぐらいあり(まあいつものことだが)、

観客の場面が盛り上がりそうなところでいちいち無駄に回想を挟むことでテンションをくじく(まあいつものことだが)、

挙句、今回は最終章ゆえそれがSWORD+α全員分あるので、つまりポエム&回想パートが同じ場面で少なくとも同じように5回繰り返されるので、長えよ!!って感じであり、

ドラマ部分が完全に所謂「アダルトビデオにおける、セックスに至るまでのドラマパート並みの茶番とクオリティとくだらなさ」全開の繋ぎみたいになってる(いつものことだが)(まあアクションまでの繋ぎだからいいのか別に)挙句、ここに来て、これまでのUSBを巡る戦いは何だったんだ…みたいな(一応ドラマで捨てっぱなしになっていた設定が回収された状だが、あまりにも伏線感が無かったので突飛な後出しの印象が強い)情報が次々出されるのでそっちの情報処理の方に時間がかかるので乗り切れず、

ってか尊龍兄ちゃんはそれで死んでんだぞ雨宮兄弟よくその辺放置してた警察と仲間になれるよなー

 

いやそれはでも、ザム2のみがやや改善されていただけで、いつものハイローなんですよ。

いつものハイローなんだけど、それが今回ザム3に至っては何故皆引っ掛かるのかというと、勿論ザム2の出来が良かったからというのもあるだろうけども、「けどハイローが好き」と言えるような、そんな数多のマイナス面を上回るプラス要素が弱い

 

ーーってこれ、正確には「アクションが少ない」からじゃなくて、別にアクションは少なくないと思うんだけど、単純に「萌え」と「軸となるラブストーリー」が少なかったらーー少ないように見えるからなんじゃないかと。

 

萌えっていうのは、瞬間的な萌え、例えば一つには、「魅力的な敵キャラ(ジェシーとか源治とか)」とかですよね。ザム3は、基本アクションでやっつけるのはモブばっかなので、魅力的な敵キャラという萌え要素が少ない。

あと、そうした魅力的なキャラ同士の化学反応ーーザム1におけるスモーキーと広斗の共闘とか、みたいな掛け合わせの物語が生む萌えも割と少なくて、メイン軸で進行するストーリー(九龍潰すためのミッション)を消化していく方に人物の動きとシーンが費やされてしまうので、それぞれの人間が話が進むための単純な駒っぽくなってしまっている節がややある。

で、広義のラブストーリー、ハイローザム1では、琥珀さん・九十九さん・亡きタツヤさんという三者関係のラブストーリーが、レッレでは雨宮三兄弟のラブストーリーが繰り広げられていたわけで、たとえ、「表面上」で流れる物語自体が荒唐無稽でも、我々はそうした「根底」の物語を読み取る事によって感銘出来たわけですけども、私なんか完全にそういう楽しみ方をしていたわけですけども、ハイロー界のフェーズが既に(俺-お前の関係が世界の崩壊に繋がる)「セカイ系」を脱出してしまったというのもあり、というより、「セカイ系からの離脱」こそをテーマにしているというのもあり、そうした「軸」となる関係性やドラマみたいなのが少し読み取りにくい。

 

※ハイローがセカイ系であるという話と、三者関係のラブストーリーがうますぎるという話は過去記事参照ください

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

 

…って思ってたんだけども、確かに思ってたんだけど、物凄い不思議な現象で、ハイローザム3を2回観たら、めちゃくちゃ面白いんですよ。

普通、2回目の方がアラに気付いちゃったりするじゃないですか。そうじゃないんですよ。2回目の方が、1回目に、んんん???って思ってたとことか、いやこの演出はダセえと思ったとことかほぼ全て消えて素直に、

え!!!!面白いよ!!!!面白い!!!!かっこいい!!!!最高!!!

って……何故……これがハイローに脳を焼かれるということなのか……

 

思うに、多分1回目は、公害だ隠蔽だなんだウィルスだなんだと次々出てくる情報(と設定ガバガバゆえに人物が「つまり隠蔽を…」とか真面目に喋ってるのが余計バカバカしく見える面白さを我慢するの)に脳の処理が追いついてなかっただけだと思うんすよね。それを追う方に頭を取られて、ハイローの良いとこを楽しむ容量が少なくなっていただけなのだ。

ハイローは悪くない。脳の処理速度が遅い俺が悪い。

初回は、流石に次々場面変わりすぎでは?と思っていたラストスパートまでの流れも、次々場面が変わる中で皆がそれぞれ目的に向かって色々なものをなぎ倒していくという盛り上がりっつーか、うわーーかっこいいーーーテンション上がるーーーと評価が一変したし、もうあんなんさ、琥珀+ルードのあわせ技からの、パルクールを駆使するルードによる追い詰めからの、雨宮兄弟VS源治、そして割と悲惨な爆破、そこに巻き込まれる人々にとっては凄惨な爆破と楽しそうに外部から眺める役人とマスコミ、みたいな対比映像、そして祭り好きならではの達磨のもうこれ以上無い達磨らしさっぷりも含め、最後に至るまでの息つく間もない怒涛の流れ、完璧でしょあんなん。完璧でしょ。

むしろあの辺は、後半が冗長でダレたザム2より良い。

序盤の、廃ビルでの琥珀&九十九&雨宮兄弟が各階で戦っている場面、雅貴が蹴りで敵を下階にガンッと落とした後、それぞれの位置関係がわかるようにカメラが縦にぐわああっと移動するところなんか、めちゃくちゃかっこいいし…!!!

 

更に、最後の作戦(?)が完了した後の、コブラちゃんの台詞とそこに被せられる映像なんかもうこれ以上ないくらい、シリーズの集大成として完璧ですよね。

最後、九龍に対して、コブラは、

「大人の喧嘩は生きるか死ぬかなんだろ、俺達は今ここで生きてる」という勝利宣言をするんだけれど、その台詞にかぶせて琥珀&雨宮&エリが映る。

つまりここで映るのって、琥珀・エリ・雨宮兄弟 っていう、これまでのシリーズに於いて「大切な人を亡くし」、けどそれでも「今、生きている」側の人たちなんですよ。

じゃあ死んだ人たちは負けなのかっていうと、負けっていうと酷ではあるんだけども、「負けた」人達への強い想いがあるからこそ、彼らには、亡き大切な人の意志を継ぐという決心があり、生きねばならない理由があり…だから強く生きていける、「今ここで生きてる」のだ。

これを、雨宮兄弟の「兄貴、見ててくれ」「俺達は強く生きる」という、そのもう少し前のシーンで出てきた台詞と併せると、というより、その台詞と想いを踏まえた上でのこのシーンなわけで、だからもう感涙ですよこんなん!!!!!

って色々言ったけどこういう感動って言葉じゃねえんだよ、言葉じゃ伝わらないんだ!!! 言葉では無い、もっと拡がりを持ったドラマがさあ!!!

 

まあだから、琥珀さんと九十九さんが最後別行動だったのって、(外からは「雨宮」って一緒くたにされ←そして二人とも振り向く 自分たちも「俺達」って一緒が前提みたいな)いつでもニコイチの雨宮兄弟との対比・違い、という面(別チームを任せるという形での信頼関係)もあるんだろうけど、それ以上に、ラストのこの構造を生み出すためだと思って、こういうところがねーハイローは上手いんだよねー。上手いんだよねー!!!!!

 

 

いや勿論、映画全体のストーリー自体は何回観ようが荒唐無稽ですよ。

あんだけ「大人の喧嘩見せてやる」とかメンチ切ってた割には、当初山王に対してやっていることが別に相変わらず「下っ端による襲撃」という、ん…?だったらそれまでの喧嘩と同じでは…??感全開なのもよく分からんし、

そもそも情報も何もあいつら結構いつでもどこにでも現れるんだから、ノボルが本来のキャラを取り戻そうと?知性派ぶって「重要なのは情報だ…」とか言ってるのなんか無駄に正面顔アップになる演出のダサさも相まって噴飯モノだし、

2であれだけ重要ワードぽく出てきた「SWORD協定」なるものが、3では一度たりとして出てこないという繋がりのなさ…っていうかさーホワイトラスカルズはいつまで「女を守る…」とか言ってるんだよもう女とかいねーじゃんな関係ないじゃんな、前回コブラに助けて貰ったんだからその借りを返すでいいじゃんって感じだし、いいじゃんっていうか2を踏まえての流れでいけばむしろそっちであるべきだし、あんだけSWORD協定とか言ってたんだから、家族を失ったルードはともかく、またそれ以外の各チームがわざわざ各々の闘う理由を改めて述べるのは冗長だし、その闘う理由ってか言ってる事も女だ祭りだなんだと結局ドラマ時代とそんなに変わらんのも、シリーズの集大成としてどうなん?これまでの話や積み上げてきた絆は何だったんだ?感あるし、

後出しのように、ザム1で無名街がよく燃えたことについて、「実はあれは証拠を隠蔽するためにダウトを使って…」て話が出てきたけど、今回また爆破セレモニーしないといけないなら特に何も隠蔽できてねえのでは?って感じだし、

レッレで「強く生きろ」とか演説していた尊龍が真っ先に自ら死にに行くみたいなアレを今回もまたもや繰り返し、「諦めるな」とか言ってるスモーキーが一番諦めてる感あるという矛盾、

第一、公害の被害者という証拠になり得るから消されたはずのスモーキーの死体が、そのまま放置されてるのもおかしいし(焼いて灰にするなりコンクリ詰めで海に投げるなり文字通り「消す」までが任務のはずで、家村会は仕事が雑ってそういうとこやでマジで…)、

証拠となり得る唯一の資料をまだ警察は見てすらない状態で、今からこの人(一般人)が証言します!!これが証拠です!!○○は実は××だった!!!って、けしかけ、逮捕劇をマスコミで繰り広げるとか有り得ないっていうか、うーんこの国の司法制度は一体どうなっているんだろう…日本じゃないのかな…あの時点では咳ゴホゴホしてるだけの子供の言葉が証拠として力を持つ(ただの演技派子役かもしんなくない?)のもちょっと謎だし、

爆破セレモニーのために仕掛けられた爆発物?受信機?の近くに、警備とか誰もいないのもあるわけないし、

その一方で、一応建前上は、ヤクザとの繋がりを隠しているという設定にも関わらず、セレモニー会場付近には九龍の奴らが堂々とうようよしているのも意味不明だし、

 

いや、そういうところをいちいち突っ込んでったらマジでキリ無いですよ。っていうか、おかしくないところの方が少ないですよ。

でもさーそういうことじゃないじゃないですか、そういうことじゃないんですよハイローは…そんなのはどうでもいいんだよ!!!! 

っていうか、そういうのを気にするタイプは、はなからハイローに向いてないんだよ!!! ツッコミどころに100個言及するよりハッとする超かっけー瞬間を1000個語れ!!!

 

 

 無茶苦茶というかちぐはぐなストーリーラインの中に、きらりと光る、ハッとするような滅茶苦茶カッコいい映像や、グッと来る瞬間が挟まれる…そして、「描かれない」物語こそを読む楽しみ…何も考えていないようでいて実は結構巧みに考えられているのではないかという構造を見つけ出す面白さ…

これこそがハイロー…!!!!

 

対源治戦で、チェーンで強化して?再度源治に向かう時に、刀をよけた余波でぶわっと風が吹くようにして前髪があがった時の雅貴の、びっくりするような奇跡的なかっこよさとか、 雨宮兄弟が立ち上がって向かっていく時にSINが流れるタイミング!!!!! 超かっけーーーーー!!!!!、

スモーキーの意図を理解し、「スモーキー…」と震えるような声を出す…それでもスモーキーの意志を汲んでその場を後にするまでの佐野玲於くんの演技とか、幾つかハッとするような瞬間はあるんだけども、

何故かこれ誰も指摘していないのが不思議な、グッと来る瞬間、そして「ハイロー」シリーズに於いて実は結構大きな変化なんじゃないかというところがあって、最終決戦に乗り込む際のララの決意するような表情、これが凄くいい。凄くいいのだ。

初めから喧嘩強いセイラは別枠として、ハイローってそれまで基本、「待つ女」「守られる女」「見守る女」しか出てこなかったというか、そこが一部のフェミ的にはうーん?ポイントでもあったと思うんだけども、今回初めて、一人の仲間として、役割を持って最終決戦に臨む一員として、ララが乗り込んでいく場面があったじゃないですか。

私はそこがめちゃくちゃグッときたし、これはハイローシリーズに於ける変化というか進化じゃないかと思うんだけども…

 

で、変化ということでいけば、そもそもハイローシリーズ自体の一貫したテーマというのが、「変化」なわけですよね。

ハイローっていうと一見、マイルドヤンキー向け映画のようではあるけど、実際のとこはマイルドヤンキー的な精神とは真逆なんですよ。真逆、というか、マイルドヤンキー的なものからの卒業こそを描いているというべきか。

「変われない人間は死ぬ」というのをずっと徹底して描いてる。

 

今回のハイローザム3では、そうした“変化”の一つとして、現在公開中の「マイティ・ソー ラグナロク」にも通じるような、「大切な人と出会った場というのはあくまでも単なる場所に過ぎないのであって、いつまでもその場所に固執しなくてもいい、肝心なのは“人”の方である」というメッセージを伝えている。

それは、テッツの実家の銭湯のエピソードであったり、ルードボーイズが「無名街」の外に出ていく事を通じて描かれているんだけど、仲間達へ街の外へ出る事を説いたスモーキー自体は、今回で命を落としてしまうわけです。(窪田正孝のスケジュール)

 

ハイローザム3は、ドラマで捨てっぱなしになっていた設定が実は伏線でしたみたいな、これまでのファンへの目配せみたいなところあるんだけど、そうした目配せ要素のうち、かなり心を打たれたところは、このスモーキーの死の後の雨宮兄弟のやり取り。

無名街の廃工場?みたいなところに作られたスモーキーの墓を見て、雅貴が、

「ほんとにこんなところでいいのかよ、もうすぐ爆破されんだぞ」と言うと、広斗は、

「きっとここがいいんだ、ここがあいつにとっては天国みたいなもんなんだ」

というような事を返す。

「ここがあいつにとっては天国」なんて、それだけ切り取るとごく当たり前のような台詞ではあるけれど、これは完全に、「HiGH&LOW THE MOVIE」と「HiGH&LOW THE RED RAIN」を踏まえた上でのもので、だからずっとシリーズを追っていた人にとっては、雨宮兄弟的にも、広スモ的にも、物凄く胸に来るとこなんですよ。

「HiGH&LOW THE MOVIE」と「HiGH&LOW THE RED RAIN」があってこそ、この台詞は真に生きるのである。

 

「HiGH&LOW THE MOVIE」では、広斗とスモーキーの共闘シーンがあったり、協力関係的なものを築いていたわけだけど、そうした利害以外に、広斗とスモーキーにはある種の共通項のようなものがあって、つまり、2人とも、血の繋がった家族は既におらず、そんな中で、血の繋がらない家族関係に救われ、血の繋がらない家族の存在によって生きる意味を持ててきた人間じゃないですか。

だから、ここで、ほかでもない広斗が、ほかでもない「雅貴に対して」あの台詞を口にする事の意味というのは、(広義の)家族と生きてきた場所こそがスモーキーの天国なのだと理解しているーー何故分かるかというと、自分もそうだから、と雅貴に間接的に表明するようなものであって、だからこそ、そこに感慨が生まれるんである。

 

更に、スモーキーのそうした精神性を実は根本で強く理解してるのは広斗であるって構造も、ハイローザム1に立ち戻る感じでその感動もあるんだけども、広斗とスモーキーのもう一つの共通項として、「内向的」というのがあるじゃないですか。暗い、ということではなくて、内に閉じている、という意味で。

中の人は守るが余所者に厳しい?ルード自体の特徴でもあるけども、スモーキーは、内部には慕う家族は沢山いるけど、外部に対する閉鎖性が強いわけですよ。袂を分かった二階堂にも「お前には分からないだろう」って言うじゃないですか。つまり、「お前には分からないだろうな」でいい人なんですよ。広斗も広斗で、家族以外の人間に対してはまるで心開いていないとこがあった。

そういうある種の閉鎖性というか孤独みたいなのを、お互いに閉じた2人同士が、お互いに閉じているが故に共有している、互いに唯一の、外部にいる理解者となり得た存在同士、というような関係性も良くて、

「分からない人には分からなくていい」というようなスモーキーの閉鎖性を、同じような精神性をしている広斗は、でも・だから「分かる」というこの構造、関係性…この二人の、仲間ではないからこそのシンパシー的な絆がある事が伝わるという意味でも、凄くグッとくる台詞である。

 

けれど、その上で。

その上で。

 

まーこれ何回も言っているが、私はハイローを、雅貴の視線で広斗の成長譚として見続けているので(←?) これ以降は雨宮の腐女子の戯言として聞いて欲しいんだけど、

 

広斗には「HiGH&LOW THE MOVIE 3 FINAL MISSION」に於いておそらく一つ変化、成長があって、ザム2では、「お前の一番信頼できる人って…」とか、自分以外に雅貴の信頼にあたる人物がいた事に散々ぶつくさふてくされてた節ありましたけど、今回ちゃんと琥珀さんの言うこととか素直にきいて、SWORDとかと協力してたじゃないですか。なんかドラマでは、「よくもまあ群れやがって…」とか言ってた広斗が、ちゃんと群れてるんすよ。(いや素直に話きいてくれないと尺が無いだけだろうけど)

 

まあそれは、私が雅貴の視線で広斗の成長譚として見続けているからそう思うだけだろうけど、それはそれとして、しかし確かに、こうした「外部に自らを開く」という「変化」ーー成長の形は、ザム3でもう一つのテーマとしてあると思っていて、その辺が明確に現れているのが、コブラですよね。

コブラって、ムゲン時代と山王時代で何か結構キャラ変しとるんだけど、ザム3というここにきて、琥珀さんが助けに来てくれた瞬間、「後輩」のコブラの顔に戻るんですよ。ここもなーーーめちゃくちゃいいんだよなーーーーこれはかなり岩ちゃんさんの名演だよなーーー

琥珀さん亡き後(死んでない)、俺たちが、俺がこの街を守るのだとずっとずっと気を張っていたのが、ザム2では一応SWORDの協力を求めようとはするけども、最終的には結局一人で突っ走ってしまったコブラが、ここに来て遂に、どうすればいいんですか琥珀さん、と弱音を吐き琥珀さんの力や知恵を借りようとする。

これは決して退化ではなくて、それこそが「成長」であり、かつもう一つの「変化」の形として、ハイローザム3で描きたかった事だと捉えていいと思うんだよね。

自分の或いは自分たちの中だけで世界を完結させるのではなくて、世界は自分たちだけのものでもなければ、自分たちだけの力で何とかなるものでもなくて、だからこそ、「大人になる」というのは、他者が存在するということを受け入れたり、他者へ自分を開いたり、時には他者を頼る事であるーーだからこそここで、自分の無力を認め、琥珀さんを「頼った」のは、それだけコブラが大人になったからなんじゃないか、と。

 

 他者へ開くことは、ネバーランドの終焉という痛みを伴う成長である、「HiGH&LOW THE MOVIE 3 FINAL MISSION」って、そういう話じゃないですか。

 

だから繰り返しになるけれど、ハイローって、マイルドヤンキー的なものからの卒業こそが描かれているわけで、その意味で、少年の成長譚として非常に真摯でよく出来た構造を持っているんだけども、如何せん、演じている中の人たちが大体アラサーなので、少年というには流石に無理があり過ぎて、おめえら十分大人だよ!!!!感が強いのも、面白ポイントになってしまう節はある。

 岩ちゃん演じるコブラが、「こんな俺らでも、いつかは大人にならないといけない時が…」とか言ってたのとかもうおもしろすぎるもんな、まだ子供のつもりだったんだ!!!

 

 

【鑑賞日:2017年11月11日&12日】

次は無意味な結弦の妄想~サイゼリヤでデート篇・夏の思い出捏造篇・2017ロステレ後チャック篇・クリエイティビティの敗北篇~

 

■これまでの羽生妄想シリーズ

blog.livedoor.jp

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

 

毎年この時期になると、「すごい速さで夏は過ぎたがララララララ~」というandymoriの「すごい速さ」が脳内で流れるわたくしですが、夏つまり新潟のアイスショーを経てから開幕に至るシーズンオフの期間も、

クソのようなコラを作ったり、

 

 

あまりにも似合いすぎる袴姿に無事死んだり、

 

Twitterで定期的に勃発する「デートでサイゼリヤはアリなのか」という話題で結論として落ち着きがちな、「好きな人とならどこでも楽しいはず」という命題に乗っかり、羽生くんとならサイゼは素敵レストランと化すか…? とか考え始めたら思いの外妄想が長くなったり、

f:id:syosenningen:20171022163753j:plain

 

(この後1週間くらい妄想が続いた後、食べたくなって結局一人でサイゼに行く)

 頭沸いてるから「実際羽生くんがサイゼ行ったら何を頼むのか」って考えるだけで延々時間が潰せるんだが「小エビのカクテルサラダ美味しそう、あとピザも、カプレーゼ…」って感じの羽生くんを(珍しくはしゃいでる…可愛い…)って思いたいし結局「食べて?」って10分の9くらいこっちが食わされたい。

 

こっちが10分の9くらい食べてるそばから「あ、ケーキある」って頼みだして、いやお前マジか…マジか…って顔したら、流石に「ごめんね」ってまっったく悪びれずに言うので「テレビ用の感じで、このケーキ美味しい~って言うあざと羽生Ver.やってくれたら許そう」って言って、あ?って顔されたい。

 

10分の9くらい食べてる横で一応私へリップサービスなのか「僕少食だからさー食事に行った時に僕が食べきれなさそうにしてるのに気付いて代わりに食べてくれる人とかに惚れそうになっちゃう、沢山食べる人っていいよね~」とか言い出してこれは羽生くんが頼んだんだろ!ってしょうもない喧嘩をしたい。

 

お前が頼んだんだろ!と珍しく半ギレしたら「だってなんか、ファミレスで食べ物シェアとか、楽しくなってきて…」とかボソボソ言い出して、くそ!そんな可愛い顔しても無駄だからなあーーでも可愛い可愛い「可愛い5億点!」って声に出してしまい「ほんとあんたちょろいなー」って棒読みで言われたい。

 

度重なる羽生くんの理不尽さに、別にそんなに怒ってはないけどわざとらしく怒った振りして「マジなんなんだよなー」ってぶうっと頬を膨らませたら口先だけでせせら笑われたあと「可愛くないよ」って言われたい。

 

羽生くんが全然食べないので一人でほぼ平らげたあと、家で「もう駄目だめっちゃお腹出てる気がする」って死にかけてたら羽生くんがおもむろに私の腹をむにゅと摘まんで「めっちゃつまめるね」ってやや蔑んだ目で見て欲しいし、「僕はねえ、全然つまめない」って謎に腹を半分出して自分の筋肉アピール(いるよなこういう奴…)をしてきてほしいし、(いるよなこういう奴…)と思いながら黙って指で羽生くんの腹を押したら「ちょっと!セクハラやめて!!」って払いのけてくるあまりの理不尽さが欲しい。

 

 

 

夏の思い出を完全に捏造

このままだと夏の思い出があまりに無さすぎるから羽生くんと花火をした思い出でも捏造しようかな(なお、羽生くん以外とも花火をしたことなどここ10年以上ない模様)

 

街を歩いていると羽生くんに似合いそうな浴衣を見つけたので買って帰り
「浴衣買ったよ!! 羽生くんの! 着て着て!!」って見せびらかしたら
「…何のために? 別に浴衣着る用ないでしょ!?」
「何のために…? 何のために……私が見たいから」
「フォトショで合成してろ」と呆れられたけど

結局、花火をやろう(花火大会は人が多いから行きたくない)という浴衣のために花火をやるという本末転倒感溢れる感じでやったんだけど、私が完全普段着で行こうとしたら、
「えっ、なんで自分は私服なの!?」
「だって持ってないし」
「……いやじゃあ自分の買えば? なんで僕のだけ買った!?」

「いや、だから私が見たいからだけど……私はいらないし……」
「……」
「…あっ、もしかして羽生くんも私の浴衣を見た」
「別に見たくない」ってコンマ一秒で言われたい。

 

「別に見たくない」と即答されたのでそのまま花火をしに行って(どこでやるんだろう)、思いの外テンション上がった感じの羽生くんに、
「ねえねえ、『羽生くんの方が綺麗だよ』って言いたいから花火見て『きれいだね』って言って!!」って頼んだら私の方を向いて
「うざいね」って言われた(い)

 

と言いつつも残り本数が減るにつれて羽生くんはなかなか手つけなくなり代わりにベラベラお喋りが増え、まだやりたいのかなーと思いつつも最後の一本に
「羽生くんやっていいよ」
「うん…」 とちょっと口数が少なくなるので
「寂しい?」(花火が終るの)(夏が終るの)(もうすぐカナダへ帰るの)

と訊くと顔を逸らして
「別にぃ?」って口を少し尖らせるその口調と表情に萌えすぎて動揺して火傷しかけたい。

 

動揺しすぎてカメラ連写しながら「ちょっ、ちょっ、今のめっちゃ可愛かったもっかいやってもっかい」って言ったら
「今すぐこの花火で○ちゃんのスマホ焼きたい」とか悪態をつくけども、帰り道なんだかんだで
「○ちゃんて何色が好き? ピンク?」
「え何藪から棒に」
「…だって、っていうかかれsっ……男……僕だけ浴衣着てるとか恥ずかしいからこれ!! 」
って早歩きになる羽生くんにその時は??ってなるけど10秒くらい遅れて、え、 あ、今度買ってくれるって事か!?って私も照れた(い)

 

浴衣はどうでもよくて、思わず彼氏と口走ってしまったのに照れる羽生くんこそがポイントです!!!!

 

 

していたら割とすぐに終わってしまった。因みに現実世界での夏の思い出は特に無い。

幸せは自分の心が作る。(←?)

 

 

2017年ロステレにまつわる普通の日記(普通の話なので読み飛ばしていいよ)

 

という全く以て無生産極まる夏を経て、羽生結弦のシーズンカレンダーもばっちり買いまして、とうとう本格的に始まった感のある2017‐18シーズン、

羽生はどうせシーズン序盤はそんな調子良くないしな~とか多分マスコミも含めて皆が油断していたらジャンプの構成予定より落としているのにいきなりSP世界最高得点を更新したりする番狂わせ(これ番狂わせというのか?)が起こった先月のオータムクラシックを経て、遂にGPS開幕

4ループに加え、試合初挑戦となる4ループにも果敢に挑戦し見事加点付きで成功させたロステレは見ましたか!!!!

皆さん見ましたか!!!!!

 

f:id:syosenningen:20171022123612j:plain

(ほんとは会社で使おうと思ったのだが思ったよりデカくて主張しすぎていたのでやめた結果、家に置き場所があんまりなかった)

 

不運にも、10月20日(金)というのは、私が勤めている部で一ヶ月最も忙しい日にあたっており、20時50分頃になってもまだ全員いるという状況に加え、隣の先輩は体調悪そうだし二つ隣の先輩は電話しているのでこりゃ手の空く年下組が私しかいないからあんまり帰るとマズいかなというプレッシャーはあったのですが、申し訳ないと思いつつも羽生くんへの愛の方が優ったのでやっぱダッシュで帰ってしまいましたYO

しかも、なんか中央線か何かで人身事故が起こったのか東西線と総武線と直通運転中止、ダイヤ乱れというトラップ、落合か何かで「間隔調整のため二分ほど停車します」とか言い出して、おいおいおいマジでふざけんなボケとか思いつつ、ようやくついた駅からアパートまで5億年ぶりの猛ダッシュをした結果、何か生放送じゃなかったのか帰宅してテレビつけたらネイサンと羽生の対決を煽るテレ朝VTRみたいのが流れていたとこでした。なんだよ。

 

翌日(21日)も出勤日だったんですが、

「正直フィギア見たいから早く帰りたいんですよね~昨日も猛ダッシュで帰って…」ってやる気の無いゆとり社員丸出しの台詞をうっかり言ってしまったら、

「あーだから昨日帰るの早かったんだ」ってちくちく返されたけど、よく考えて欲しい。20時50分は別に早くない……! のでは…!?

私だってほんとは全部みたかったけど妥協してこの時間なんだ…!

 

予約しろとかどうせあとで動画見れるだろとかまあアべマTVでもやるしどうせあとでま100回観るんだけど、そういう問題じゃないんだよなーーまあ別に厳密には生放送じゃなくてもいいんだけど、できれば、

「この演技がどうなるか、どういうものになるのか、どんな歴史が残ろうとしているのか、まだ何も分かっていない」

まっさらの状態で見たいんだよなーーースポーツ鑑賞の面白さってそこじゃないですか。

ということで、映画のネタバレはかなり許容するタイプというか何なら先にオチまで自ら調べたりする方なんですが、フィギュアのネタバレは極力見たくないわけです。

使用曲こそ、バラード第一番は3シーズンめ、SEIMEIは2シーズンめなわけですけど、これは声を大にして言いたいんですけど、フィギュアの試合は一度たりとして…「同じ」試合は、「同じ」演技は…無いから…そこがフィギュアの面白さだから…!!

 

例えばこういう言い方をするとやや語弊はあるが、「同じ歌を歌う」のとかと大きく違うのは(まあ歌を歌うのが簡単とは言いませんが…)、かなり技術的に難しく体力を消耗することをやっているがために、その時々の体調とか精神状態とか周囲環境とか集中力とかその他諸々の要素により、ジャンプが成功するか否かとか、そのジャンプが綺麗な加点のつくものかとか、プログラム全体の流れにマッチして全体として素晴らしい“作品”になるかどうかとか…って、本当に見るまでわからない。

故に同じものを滑っていても演技自体の出来とか印象とかって毎回違う、

この羽生が羽生至上最高の羽生になる可能性もあるし、ならない可能性もある、

そして最高の羽生になった場合、それがどれくらい強く素晴らしいものなのか、羽生くん自身も含めて現時点のこの世界の私たち誰もまだ知らないわけですよ、当然の論理として、<過去の最高を越える最高>はまだ誰も見たことないわけだから。

私たちはこれからそれを目撃できるのか否か…!? という緊張感と期待とそれから恐怖を以て、私は羽生くんを見たいんだ…!!!(ポエム)

 

まあ今回は、羽生くん比では「そこまで悪くはない」(例年GPシリーズの初戦ではもっとボロボロだったことを鑑みるとむしろ序盤から結構点数が出ている方なのかも)という感じで、

SPは、ジャンプは転んだにせよ途中までは、お?これはいけるか?という感じだった悪くはないものにせよ(しかし安定の3Aさんは流石安定の3Aでしたね!)、ちょっと動きとかスピンの回転なんかも遅いかな…?という印象ではあったものの、

FSはまあ回転が抜けたり2回転になったりコンボがつけられなかったりしたことで点数が伸びなかったっつうのはあるけども、

2年前はまだそれでも「月に攫われそうな」繊細さというか儚さみたいな雰囲気の方が強かったけれども、2017年Ver.は、俺が王者だ!!!俺がやるんだ!!!!というような動きや視線の気迫全開で心打たれ、

観客の大歓声も相まって王者感つうか、出てきた瞬間からさながら映画で遂にラスボス登場!!のワンシーンのようだし、緩急や盛り上がり方が素晴らしい曲の編集の仕方とそこに当てはめるジャンプやステップなどの要素のハメ方が絶妙にマッチしているというか本当にドラマチックで、これは改めてオリンピックシーズンにふさわしい心打たれる恰好の名プロだなあと思いましたよ

なんていうんですかね、曲の奏でるドラマと、ジャンプやステップ、スピンなどの要素が伝えていくドラマと、今ここの「羽生結弦のドラマ」がピタッと合って盛り上がっていくような感動を与えるプログラムっていうんですかね。

 

f:id:syosenningen:20171022135509j:plain

 (待ち受けにしてみたんだけど、どうにもグーグルでエロ動画とか検索するときの罪悪感が半端なくなるという深刻な弊害がある)

 

 先述した、ゆとり丸出しで帰社した長い言い訳はさておくとしても、そもそもとして、フリーの4回転ジャンプが、2種類3本から4種類5本になっているとか構成内容自体も2シーズン前とは大きく違うわけなんですけど、この、5本の4回転が入る部分、もし予定通りに成功した場合、

 

ラスボス感溢れる気迫の表情と例のSEIMEIポーズ(SEIMEIポース?)から、太鼓の音がさながら心拍にあわせて緊張感を醸し出す序盤、ここで、

今シーズンから挑戦する高難度の技、4回転ルッツ

「果たして4回転ルッツが成功するのか…!?」を固唾を飲んで見守ることになるわけです、このルッツが成功するかどうかが演技全体の印象や記憶を左右するといっても過言ではないところ

そして、小太鼓や重音が重なり、次いでまたしても難しいジャンプである4回転ループ

まずはこの2つが成功するか!?というところが、技術的や得点的、演技全体の出来的にも重要なわけですがそのあたりの緊張感が、ドン、ドン、という太鼓のリズムや徐々に楽器が重なっていく音が奏でる気分に非常に融合している感じ

 

でもこれはまだ序盤、

飛び上がるような3Fを経て、スピンと共に始まるSEIMEIの主題旋律、結弦という名の通り(?)ステップ直前の弓を引くような動作(?)の美しさ!!

…から入るステップはおそらく、陰陽師たる晴明が悪霊を祓う儀式みたいなものを表現しているんだろうけど、この力強くも深遠な振りとステップがここで入ることにより、序盤2つの4回転が成功していてもしなくても、さながら「これから怒涛のように続くジャンプ」が上手くいくための、何か邪気を祓う儀式のようなおまじないのような印象を与えます(ところで、この部分の、ジャッジ席付近で足を前にクロスさせながらまるで歩くようにスー、スーっと滑っていくとこの動作すげえ好きなんだけど伝わりますか?)

 

そして曲調が一転、ここからが怒涛のジャンプが続いていく

 この、体力を消耗しているはずの後半に、静謐で吸い込まれるような振りと音楽から、再び曲調が変わり徐々に壮大になっていき、そんな音楽に乗って、

 4回転サルコウ+3回転トウループ

4回転トウループ+1回転ループ+3回転サルコウ

4回転トウループ

……と次々に4回転が繰り出される構成がね…ここも、曲が盛り上がっていくところと観客の心の盛り上がりと、要素の魅せ方が最高に重なっていって、もしこれ全部成功できたらもう!!!もう!!!絶対に感涙モノだろうという!!!!!

 そしてコーラスと共に浄化するようなスピン、からの(これ2015年のGPFの上からカメラの感じ良かったっすよね~)

ダッダッダンッって手を振り上げて両手を回すとこ!!! ここもいい!!!!

主題に戻った音楽は荘厳さを増し羽生くんと観客の想いを乗せていくような伸びやかなハイドロ、イナバウアー…こうしたラストまでの流れの素晴らしさ!!!!

 

もうねー演技そのもの自体が映画ですよこれは!!!!!!!!

いやもうちょっとマジで説明するのにあまりにも語彙が足りなさすぎるから今後のNHK杯など直接見てくれ。語彙が足りなさすぎる。

台詞を喋らなくても歌がなくても、物語、ドラマというのは作れるんだなあというね、そういう感動がね……!!!!

しかも、こうした要素がどれだけ成功するか否かというそれこそが、今ここの羽生結弦のドラマであるわけですしね…!

 

【追記:というような事を書いていたが、後で他の選手含め最初から全部見たら、めっちゃ今更だけど、ジャンプの高さ、振りや動きの密度、スケーティング、羽生くんのあまりの段違いのうまさに改めて(※改めてって30回目くらいの改めて)びっくりしました。今更。トップ選手ばっか見てるとちょっと分からなくなるが…】

 

と、珍しく真面目に話をしているようではあるが、VTRが終わったあと試合会場に戻った映像を見たあとの私の第一声(一人暮らしなのにテレビに向かって一人で喋るタイプ)

「観客日本人ばっかだな…」

羽生くんとほぼ同年齢でこの世界に生を受けたことにつまり歴史を目の当たりをできることには圧倒的感謝ではあるんですが、ほぼ同年齢で生を受けてしまったがために、羽生くんに頭を撫でられる子どもにもなれないし、ロシアでも何でも遠征にいく財力強おばさんにもなれないことにテレビの前で歯ぎしりをしていた次第である。

 

 

しかし、言っていいすか、私…私…

 

f:id:syosenningen:20171022151509j:plain

 

GPF8日当たってるんですよね!!!!!!!!

 

生で!!!!SEIMEIを!!!!観れる!!!!!!!

どうにもこのチケット争奪戦で運を使い果たしたのか、この当選メール日は2人も会社休んでそのとばっちりがめっちゃ来て深夜残業だったり、そのとばっちりでせっかくよかれと思って代わりにやったことが上手く伝わってなかった(つうか、やっときましたって書類に付箋つけてその人の机に置いといたらそれがどっかいったらしく、同じことをその人がやった後に気付いて、二度手間じゃん!ってキレられたっつうか)とか、悪いことが続きまくったものの、

そんなことは全然許せる心の余裕があるのだ。だって生で羽生くんの試合観れるんだから!!!!! いいんだよその程度のことは!!!!

 

しかし、何故か私が当選直後まずやったことが、「羽生くんへの貢物を調べるためにzozotownを開く」だった(何でゾゾだよ、というのは男性物とかブランド名からしてまず全然知らないためとりあえず傾向からというか…)

結局客のプレゼントってどうなるか知らんのだけど、こういうのは気持ちの問題っていうか、何ならデパートとかに行って、「彼氏へのプレゼントを買いに来た女」という体で、「170センチ強くらいで~細身で…」とかいうプレイをやりてえ。まあやらんけど。

一番やりたいのはこれですけど↓ 

 

 

 

2017年ロステレ例のチャック妄想

 

 ところでロステレのSP後、Twitterで大盛り上がりしてたのはこれ↓

news.livedoor.com

 

ジャージを口で噛んで脱ぐのがセクシー過ぎると話題になっていたんですが、こんなのさーー妄想力を掻き立てられないわけねーーーーねーーーー

 ということで徐々に暴走していく俺の妄想。

 

羽生くんが家に帰ってきたら、(今日は襟を口にくわえる脱ぎ方やってくれるかな!?)って期待の視線でじっと眺めたいし、そんな視線に気付いてるのでわざと無視してめっちゃ普通に脱いで欲しいし、めげずに脱ぎ捨てた上着を、「あの脱ぎ方やって!」ってもっかい着せようとしたら「は?」って追い払われたい。 

 「やってよー!」って追いかける私と、「何で脱いだのまた着んだよ!」ってまさしく正論を言って逃げる羽生くんとで追いかけっこになって、部屋10周くらいしたあと「何やってんだろ馬鹿らし」って座り込んだ羽生くんの隙を狙って着せようとしたら、逆に隙を取られて上着で手首縛られ「お願いだから大人しくしてて」って放置されたい。

何故か全然ほどけないので「ってかなんでそんな結び方知ってんの? やらしー!」っていじりにいったら「エロ漫画脳のあんたと一緒にしないでくれますか?」って蔑まれたいし、「まあ(それが)お仕事ですからね、make mo…いやmake love?」とか全然通じないジェシーの物真似して全然通じないから二時間無視されたい。 (下ネタやめろよおばさん!!)

 羽生くんにマジで二時間無視されたあとようやく、「もううるさくしない?」「…はい」「よし」って三歳に言い聞かせるみたいな言い方でほどいてもらって「三歳児じゃねえんだから…」ってボソッと言ったら「三歳児なら可愛いからまだマシなんだけど」「…どういう意味や!?」みたいな会話をしたい。

っていうあたりでなんかちょっとひらめいて、「じゃあもういいよ、口でチャック開けなくていいから、『お口にチャックして』って私に言って!そしたら静かにする!」って請願したいし「25歳うるさい」って怒られたい。 

 

 まだ24歳だもん!!!!!(誰に言ってるんだ?)

 

 

【追記:2017年10月24日】

……てなことを勢い勇んで日曜日に書いてしまったわけですが…すっかり油断していましたね…まさか…まさかエキシビションでまだ更に爆弾が沢山投下される羽目になるとは……

ロステレ2017は、フラワーボーイ?と絡む羽生天使過ぎ問題とか、ジャージの脱ぎ方エロ過ぎ問題とかあったわけですけども、エキシビションに至って更に、

これらの実際の写真や動画なんかは現地観戦した人たちとかが女神のごとくTwitterなどにアップしてくれているから頑張って検索して欲しいんだけども、

 

【縄跳びの貸し借りをするメドベちゃん&羽生可愛すぎ問題】羽生くんはロシア女子とセットだとなんであんなに可愛いんだろう…お互いに何かぎこちなくお辞儀するとこ可愛すぎでしょ…

 

【リフトされるのも勿論だが金テープと格闘していた結果、集合写真に入れず後ろでわたわたする羽生激可愛すぎ問題】何あの動き…!!何あの動き……!!!!!何あの動き!!!!!!!

 

【(リフトしてくれた)ホタレックの腕を抱く羽生小悪魔過ぎ絶対惚れてまう問題】

 

ここまででもかなりヤバいが、最後の大爆弾はこれ、これ!!!!!

【金テープくるくる羽生の破壊力凄まじすぎ問題】

togetter.com

 

ミーシャに金テープで悪戯される写真が完全に天女なのもさりながら、そんなテープを取るために、氷の上でさながらプリンセスの変身シーンのごとく、くるくるとスピンする姿のあまりの愛らしさを動画で見た瞬間、私は、

「かっ…かっ…かわ……」

みたいな声にならない謎の奇声を発しながらベッドから落ちた。マジでめっちゃ動揺した。

え、何これ天使???天使????

 

あまりの破壊力の萌えという喜びに震えると同時に、しかしこの金テープくるくる羽生を見た瞬間、私は自らの敗北を認めざるを得ない悔しさに打ちひしがれたわけですよ。

というのは、何千字もつらつらと羽生妄想していた自分のクリエイティビティなんてのは、現実の羽生結弦という破壊力の前では全くの敗北を喫する事がよく分かったのだから…!!!

そうだよ、当たり前の話だよそれは、凡人の想像の範囲に収まるような人間があんな何万人も虜にするわけねえんだよな。

ってそんな、我々の想像を遥かに超え婦女子を次々と死屍累々、屍にしていく羽生結弦は今シーズンまだまだ見られると思うから、予めそんな時のお気持ち表明用に準備しておくことにした。萌死して屍になった時に各自使ってくれ。

 

f:id:syosenningen:20171024232726j:plain

 

それにしても、なんというか今回は久しぶりに、「ただの天使」の羽生くんを見た気がしないでしょうか。私の観測頻度が低いだけかもしらんが。

いや言うまでもなく羽生くんはいついかなる時でも何をしていても天使であることには違いないんだけども、たとえ「うるせえな25歳」とか言ってたって天使なんだけども(それはお前の妄想)、

そういう広義の「天使」ではなく、狭義の意味でいけば、最近はもっとこう、力強くキリッとしていたりハキハキと大人ぽかったり、強い目力のラスボス戦闘モードだったりする事の方が多かったわけじゃないですか。体つきや顔つきも結構男らしくなっていたりなどして。勿論、プーさんで手振ったり猫耳にゃんにゃんしたり(←?)、みたいな事はあれど、それって「お前らこういうの好きなんだろ」的なある種あざとさの上というか、そういうあざといところも好きなんだけどそれはともかく、まあそんな感じじゃないですか。

それが今回は…結構…ただの天使…(勿論この「ただの」というのは普通のという意味ではなくめちゃくちゃ殺傷力が高いのは言うまでもなく、ただのというのは「純粋なる、それ以外の何でもない」というような意に近い)

いや日頃、「表では好青年の羽生くんが気を許した人の前ではめっちゃ塩対応だと萌える」みたいな感じの妄想ばっかしてる俺だけど、結局こういう天使の羽生が好きなんじゃんみたいな、結局お前もそこじゃんみたいな、原点に戻った感じがしましたよ

ってか16、7歳頃ならともかく22歳になってもそうした振る舞いに全く違和感ない羽生やばないですか。

 

っていうかすげえ今更な事言うけど、羽生結弦ってもう何、名前の字面からずるいじゃん。
羽が生えて弦を結うって何それもうまんま天使じゃん。天使じゃん。

あーーーーーーーあーーーーーーー

 

 

両立し得る分裂的欲望ーー映画「エル ELLE」感想

 

eiga.com

 

映画「ELLE」鑑賞後の幼稚園児並の私の感想

:冒頭で、お。猫映画かな?と思いきや百合映画だった。

 

…というのはさておき、このところ、ハイローを短期間に3回観たり、トムホ君のスパイダーマンの為に2ヶ月ほどずっとストイックにマーベル映画漬けだったり、映画館で観たのも「釜山行き」とか「ワンダーウーマン」とか、所謂人がワーってなって街がドカンってなってガーって闘ったりする大作系の作品ばかり観てなんだかやや頭をやられてる感があったので、

 

これ久しぶりに…「あー、うん、やっぱ私こういう映画のが好きだわ…」

 

と改めて思った作品でした。

“こういう映画”って漠然としすぎているけど、劇場で観た映画でいうと「マジカル・ガール」以来の、“あ、好き”感…間空きすぎでは

ってやっぱり、この年にもなると、自分の好みの映画かどうかって冒頭1分くらいで分かるようになるもので、この作品の冒頭は凄くいいっすよね

オープニングクレジットが流れた後一旦画面が真っ暗になり、真っ黒の画面のまま何かがガチャンと割れる音、主人公の叫び声、男の呻き声…そして明るくなった画面に映るのは、主人公たちを見つめているのであろう猫。

っていうのだけでも既に良いんすが、じっと見ていた猫が顔を背ける…ところまでが流れるのが完璧。

猫にそんな感情は無いのだろうけども、見ていられないような事態が起こっていることを観客に間接的に示している、まあ要は「主人公がレイプされる」ところから始まるわけです

 

 逆に私が一番苦手な冒頭というのは、台詞で自己紹介なんかをベラベラ喋るタイプ(まあトレインスポッティングはオールタイム・ベスト級で好きなので例外なんだけども。ちなみに言うと、「ELLE」では何故か二回ほどトレインスポッティングのOP曲が流れていたような気がする)で、

 つまり映画なら映画らしくちゃんと映像で主人公の環境なり人となりなんかを説明する努力せんかい!っつーことで、という意味でもこの作品は面白くて、というより、「ELLE」自体がむしろそれーー「主人公の人となりや環境にまつわる説明」がある種、一つの軸でもあるような気がするんですよね

 

大まかに言うと、

レイプされた後も、淡々と後片付けをし、日常生活に戻ろうとする主人公だけども、そんな彼女の「日常」に登場してくる人物たち

……ファストフード店でバイトをしており主人公に金銭面でも頼っているらしいやや駄目気味の息子、そんな息子の彼女(ビッチ気味・ヒステリー気味)、ちょっと仕事に困っているらしい小説家の元旦那、その元旦那の現恋人らしい若い女性(ヨガを教えている)、公私共に頼れる右腕であるアンナ、アンナの夫(かつ主人公の不倫相手)、主人公のことをあんまり良く思っていないらしくあんたはゲームを分かってないと口答えするようなクリエイターの男性社員1(ツンデレ系?)、主人公の信者らしい男性社員2(内気・オタクぽい)、宗教に傾倒しているらしい近所の奥さん、その夫(銀行勤め)、社長である主人公のおかげで?金を持っている母親(整形を繰り返している)、その母親の若い愛人

…という人たちが次々現れ会話の流れなどで、徐々に人物像が見えてくる第一部としてのパート

 

そしてここで、主人公が、社員を何人も抱える程度には成功しているゲーム会社を経営する社長ということと、父親が歴史に残る有名な大量殺人事件の犯人であるおかげで、当時娘として報道された主人公自体も未だに有名人であるということもわかってくるのだけど、

この人物説明パートは同時に、「あのレイプ犯は誰なのか?」という推測物語の役割も果たしてい…るかな? まあ、分かるよな。あいつだろ!胡散臭い!!ってすぐ思ったし…

(すぐ分かったから、主人公そいつを家にあげないでーー危ないから!!!って言いたくなったもん…)

 

ともあれ、しょっぱなからレイプシーンをかましてそれが主軸のサスペンス作品である割には、全体的にはブラックコメディ寄りっていうか、結構作風自体はカラッとした「笑える」映画でもあって、現実にあったら全然笑えない深刻な状況なんだけど撮り方と間の妙で、この人物説明パートだけでも妙に笑える作りになっている

例えば、息子と彼女の間に遂に子供が生まれた!っていうシーン、

生まれてきた赤ん坊が、息子も彼女も白人にも関わらず、どう見ても黒人の血が入っているのに唖然としている主人公と元旦那…の後ろに息子の友人(黒人)の満面の笑顔が映りこんでいるカットとか、

息子と彼女と主人公が新居候補物件の内見をしている場面、途中で彼女がヒステリーを起こして帰ってしまったので、息子が怒りを抑えきれず壁をドンドンと殴ったら不動産屋が、あっあっと慌てるところとか、

主人公が車で事故った後、アンナ⇒元旦那と電話をかけるが繋がらず最終的にヘルプを呼んだのが…え、何でそいつ!?何故!?ってチョイスってとこからの、普通に会話している二人という流れとか…

登場人物たちは至極真面目なんだけど、映像的には「笑える」ように撮っているところ(シリアスな笑いっていうのかね)が結構あって面白い

 

そして、順に登場してきた主人公周りの人間たちが中盤、一つの場所ーークリスマスパーティに集まり人物同士の化学反応、アンサンブルの妙が奏でられる第二部としてのパートを経て、ラストに向けてまー俗な言い方をすればこれら「だめんず」達との謎やわだかまりや引っかかりや、関係を主人公が順に清算していくのが第三部

 

で最初に「百合映画」といったのは、主人公はこの周囲の登場人物たちとの関係を順に清算していくわけだけども、アンナだけは清算されないんですよね。「あんたの夫の不倫相手は私よ」と伝えても。最後に主人公に寄り添うのはアンナなのですよ。

この、主人公とアンナの関係はかなり理想的な百合ですよねー

何があっても味方という信頼感と親密感がありながら、性愛関係にはならず、男を介しても女同士の絆は壊れない、仕事のパートナーとしても、私生活の支えとしても主人公に寄り添い続けるアンナの懐深そうな雰囲気もいい

 

って、ブラックコメディとしても百合映画としても最高なんですが、

肝心の、「レイプ」問題 

 

これについては外国でも賛否両論らしいみたいな記事を読んだけども、私も「主人公の気持ちが分かる」って言えればいいんだけども、うーんまだね…分かんないっすよね正直…

分かんなくても全然面白いのが凄いとは思うんだけども、

この場合の「気持ちが分かる」というのは単に「自分が共感できる」ということではないような気がしていて、より正確には、自分が共感するかはともかく、所謂「物語の登場人物」としての筋の通った「統合性(一貫性?)」みたいなのがあるか否か、という事なのではないかと

逆の言い方をすると、我々はフィクションの登場人物には「最終的には○○に向かう」ための一貫性みたいなものを求めてしまうわけで、この作品で言えば、だから主人公の行動は全て「レイプ犯許さん」の元、「レイプ犯を特定し、やっつける」に収束されれば理解できるわけだけども、実際に我々が観せられる映像はそうではないんですよね

レイプ犯というのが分かった後も自分から家に呼び入れたり、人気のないところに行ったり、何故わざわざ自らまたレイプされる機会を?というような行動や(かと言って誘い込んだ上で武器でやっつけるわけでもなし。最終的にああなったのだって、別に偶然なわけだし)、

遂には、「レイプはしたいが主人公が自分を受け入れてくれた上でヤるのは嫌だ」というこっちもよく分からない倒錯的願望があるらしいレイプ犯に付き合って、自ら嫌がるふりというか殴られてあげた上で性的関係を結ぶみたいなことになっている

 

これまあ、「主人公がどんな人間でどんな事をしようとも、レイプが許されたり、主人公の“落ち度”が非難されたりするべきでない」っていう、

被害者が性的に奔放のような人物だと何故か仕方ねえだろみたいな事になったり、お前が誘うような素振り見せたんじゃないかとか男側が擁護されるような現状を踏まえた社会批判ってことなのかもしんないけど

まあそれも入ってるんだろうけども、それだけかしらねえとも思うわけですよ

 

って色々考えを馳せた時にふと思ったのが、

 

つーか、主人公の父親が大量殺人犯って設定、

だからレイプされても警察に行くのが嫌っていうとこや、主人公が知らない沢山の人物が主人公のことを知っているという認知の不均衡ーーという物語設定の環境をレイプ犯と主人公の関係にも「スライド」させる効果、以外に何か物語的に意味あったの?

という事との関連で、

この設定、最後に、レイプ犯の妻が「実は自分の夫が何をしていたかを主人公との関係をも含めて全部知っていた」ということが分かる台詞によって、あーなるほどと少し繋がった気がしたのであった

 

主人公の父親は、近所の子供にも十字を切るほどの熱心なキリスト教徒で優しい人間だったのだけど、その子供らの親から(そこまでされるのは)「迷惑」と苦情が入ったゆえに、キレて近所の奴らを皆殺しにし、

レイプ犯の妻も同じくかなり敬虔なクリスチャンでありながら、自分の夫の罪は全然スルーできていたということのわけです

これって「ウィッチ」みたいな信仰の狂気自体を描きたかったというよりは、

神を深く信じていても人は殺せるし神に懺悔しても身近な悪行は見ぬふりができる、信仰と殺人への欲望、信仰と罪の看過…って一旦両立しそうにないようなものが同じ人間の中で両立し得る物語、という事なんじゃないかと思って、

 

レイプしたい(する)ほど主人公に執着しているけれど、主人公が受け入れてくれた上で性的関係を結ぶのは駄目

みたいな倒錯を持っているレイプ犯や、

絶対殺してやるって感じにレイプ犯の事を憎く思いそのための準備等も進めている一方で、レイプ犯と同一人物に性的欲望を抱き彼がレイプ犯と認知した後もその欲望を享受しようとする主人公

 

一見他人には理解できないが本人の中では(もしかしたら本人でさえも一貫性がわからなくても)両立してしまっている分裂的欲望

……があることそれ自体は、凄くよく分かるというか、主人公の気持ちは分からないけど、この分裂的欲望があることそのものにはめちゃくちゃ共感というか納得できるんですよね

 

自分の中にあるもので言えば、

羽生くんが好きなのでずっと見ていたいけど次の瞬間にはがっかりするかもしれなくて怖いから見たくないという気持ちも強いってのとかね(全然違う気がする)

可愛い男の子(女の子も)などがレイプされる話が好きでめちゃくちゃ興奮する自己の欲望と、強姦するほど強い愛という大義名分の元でその行為が許されたり、性的快感=愛というすり替えが行われて最終的にハッピーエンドになる物語はマジで死ぬほど嫌いな倫理的自己が両立しているのとかね(なので大きな声では言いたくないが、お前が受け入れるのは違うんだよなーって思ってるこの作品のレイプ犯の方の気持ちはちょっと分かってしまうんだよな…)

 

 

もしかしたら全然そういう話ではないのかもしれないけども、だからもしこの作品が、そんな、物語の登場人物らしからぬ(がおそらく誰にでもあるであろう)他人に理解できるような一貫性のない分裂的欲望を描く物語、だとしたら、これは凄い試みだなあと思うわけです。

だって、だから、他人(観客)には簡単に理解されないわけだしね。

 

 

わーこれ全然ハイローにセクゾン出れるよ!妄想 (n番煎じ)

 

Twitterをぼんやり眺めていたら、もしハイローにニュースが出るとしたらどの勢力に属するか?っていう記事↓

 

amyca.hatenablog.com

 

が流れてきて、

まあ実際のところ、大人の事情というか事務所的にジャニーズが今後ハイローに出る事はぜってー無いんだろうけども、けども、この妄想は凄く楽しいというか、無理なく妄想展開出来る遊びだなと思いました!

というのは、ジャニーズのグループって「KAT‐TUN」が昔やっていた、「アイドルに必要な5つのC」(セクシー、癒し、たくましい、ナルシ、MC)じゃないけども、(勿論一定以上の顔面とはいえ)必ずしも全員が全員センター張れる正統派イケメンばかりというわけではなく、それぞれキャラクターの違うメンバーをバランス良く配置する形になっているから、ハイロー世界の毛色の違うギャンググループ各々に割り振りやすいし、

逆にハイローの方も、良くも悪くも設定が「記号的」なので、あとからでもいくらでも新キャラを追加しやすい世界感

(実際、殆ど何の説明も無しにいつの間にか新キャラが追加されてたりしますしね…)

 

って、無理なくっていうか、この記事を読んだあと、ふーんじゃあセクゾンとかどっかなって考え出した3秒後にはメンバーそれぞれの布陣と背景がぱっと思いついたくらいであった。

ハイロー凄い。

 因みに断っておくと、別にジャニヲタじゃないです(のでファン的には全然ちげえよ!って思うかもしれないからごめん)

 

 

まあ中島健人は文句無しにWhite Rascalsでしょう…

 

f:id:syosenningen:20170905223903j:plain

 

まさに、アイドルになるために生まれてきたようなというより、中島健人のためにアイドルという職業はあるんではないかと思うくらい生まれついてのアイドル・中島健人さんの伝説は多々報告されているところではありますが、

ファンの靴が目の前で脱げたら、「気をつけて、シンデレラ!」なんて台詞がパッと出てくるようなサイコーの王子キャラたる中島健人は、「女を守る」ことを至上使命とするWhite Rascalsで活躍できそうです。「大丈夫?お姫様」なんて台詞がマジで素で似合ってしまう稀有な男。

うーんでも、…活躍…できる…かな?

 

というのは、もう少し踏み込んで考えてみると、実際こんな良い男が「大丈夫? お姫様」とか言うたら惚れるやろ。真顔でいるの無理やろ。

 

というわけで、中島健人自身はラスカルズの使命と共鳴し日々女性を守り輝かせることに情熱を注ぐものの、あまりにも王子過ぎるのと顔が良すぎるのでラスカルズの仕切るClub「heaven」で働く女性たちは普通にそのうちうっかり惚れてまい、中島健人もその全てを無下にせず愛を受け入れ優しい言葉を吐く…ので余計にトラブルになる、という感じのことが続出したため、ロッキーによって現在中島健人は店をクビになっているという設定から話は始まる。

 

店をクビになった中島健人は、「お前の女への優しさは優しさではない」というロッキーの言葉をぐるぐると考え思い悩み、過去のトラブル等をも思い出し、もしかしたら自分は下手に誰かを助けたりしない方がいいのではないかと葛藤している

だから、健人への失恋の結果、ラスカルズの店を去り今はダウトの元へいる女性から、酷い労働環境を訴える連絡が来ても一旦は、自分が何とかする事は出来ないと返事をしかけるのだけども、でも最終的には、

「僕が君を助けたいのは愛や恋なんかじゃない。君が僕にとって特別だからじゃない。ただ誰も、不当に連れ去られたり酷い目にあっていいはずなんかないって思うから、ただそんな状況を見過ごしたくないから」

って立ち上がっていく。そんな過程で、元・所属先のラスカルズと合流していく、みたいな感じでしょう…

 何となく、違う意味で女好きの雅貴に一方的にライバル視されていてほしさある。雅貴から会う度に喧嘩売られてるけどニコニコかわしててほしさある。

 

 

菊池風磨はあんまりやる気の無い鬼邪高生

 

f:id:syosenningen:20170905231152j:plain

 

やや語弊はあるが、菊池風磨の持つ、何というか背伸びした悪ぶり感みたいな雰囲気がヤンキー高校生役にぴったりと思う。ってことで菊池風磨には鬼邪高校が一番しっくりきそうです。

ところで私は中二病なので、「普段はやる気がないがめっちゃ強い」みたいなキャラにすこぶる弱い。

なので、菊池風磨にも、

“鬼邪高の「アタマ」とかてっぺんがどうたらとか、心底くだらねーと、めっちゃ馬鹿にしているので普段は全然喧嘩とか番長争いとかにも参加する気ZEROだが、いざ戦うと超強い”

みたいなキャラをやってほしい。絶対似合うと思う。(なんで強いのか?とかそーゆー細かい事はいいんだよ別に!!!)

 

本人には全然喧嘩する気ないのに、SWORD対九龍などの戦いがどんどん激化していく過程で、「鬼邪高の制服着てる」だけで見知らぬ奴に襲われたりするとばっちりを食らう事が多くなり、その度に撃退していくのだけど、その喧嘩をうっかり村山さんに目撃されてしまう

で、村山さんが「アイツ強い」と目をつけSWORD連合軍に加わらないかとスカウトするのだけど、菊池風磨は逆に、

 

「てめえが面倒事ごちゃごちゃ持ち込むせいでこっちはなあ!!!!」

 

と村山さんに殴りかかったりする。

しかし最終的には村山さんが勝ち、「この状況を終わらせたければ根本を潰すしかない、加わって」ということで、まあそうかもなと渋々参戦。

新規のくせに(←?)村山さんから気に入られている節があるので、関ちゃんからめっちゃ敵視されているといい。 

 

 

佐藤勝利はやはり正統派に山王商店街の息子(not 山王連合会)

 

f:id:syosenningen:20170905233657j:plain

 

いえ…別に、決して「ハングリー」のイメージが強いわけじゃないんですけど…なんだろうね、佐藤勝利って其の辺にめったにいるもんじゃない文句無しの「生まれながらのアイドル」(セクゾンに生まれながらのアイドル何人いるんだよ)のはずなのに…この、「近所の良い息子さん」感……絶対近所にいないのに……

 

ということで、山王商店街にある商店の息子さん(親想いで働き者)を推したいんですが、ゆえに、先述の菊池風磨と同様、面倒事や厄介者を街に持ち込んでくる山王連合会の事をあんまり良くは思っていない感じだといい。

というのは、こうなんていうか、コブラ達が戦っている裏で、なんかダンプに突っ込まれたり店を破壊されたりしているnotギャング(not山王連合会)の善良な商店街の皆様たちがいるわけじゃないですか。そっち側の事情や描写もちょっと見たいっていうか。

なので佐藤勝利の登場シーンは、ザム1とかで「街がめちゃくちゃだろコラ」状態になった後、めちゃくちゃにされた街を片付けているところから始まる(トムホ君のスパイダーマンかよ)

 

争いの度に何か破壊されるし、いっそ再開発の立ち退き料貰って別の街で店をやり直すかとか話し合っている両親(まあハイロー見る限り、別の街も治安良いとはとても思えませんが…)に最初は同意するものの、

遂に自分たちの店が襲われた時に、何もできずただコブラ達に守ってもらうばかりで、被害を訴えに警察に行っても「どうせ立ち退くときに壊すんだから別にいいんじゃないですか」なんて全然相手にされないことに憤りと無力感を抱き、

このまま何も出来ない自分でいいのか、大きな力の元から逃げるばかりではどこだって搾取されるばかりではないのかと、闘うことを決意する(感じ)

 

 

松島聡は、兄に憧れつつも虎視眈々とその座を狙う劉の弟 

 

f:id:syosenningen:20170906005109j:plain

 

 申し訳ないことに、正直、松島聡だけは3秒で思いつかず、めっちゃ悩んだんだけども…(ルードや達磨ではなさそうだし)

 

写真を眺めながら色々熟考した末、「劉の弟(異母弟・妾の子)」という所に落ち着いた。

何故!?って感じですが、いや…松島聡自身が、性格の良い天然キャラなのはわかってはいるんですが…この“弟”ってところに置きたいんですよ…

 

というのは、ハイローの原作がLDHの歴史であり、多分にLDHの歴史や状況やメンバー同士の関係性なども物語に入れ込んでいるというところを鑑みた際に、セクゾン自身の持つ歴史みたいなのも入れたいなと思い、つまりセクゾンて今は5人だけども、一時期、年上組3人だけの活動になったときがあったじゃないですか。

なので年下2人は、早く年上組のようになりたいという憧れの気持ちと、年下ポジションとして於かれる鬱屈みたいな感情、自分だってやれるのに、若いせいか?力不足なのか?という苦悩を裏では持ちつつも表では明るさを表出する、みたいなね…とこに置きたいんだよね…

 

ということで、(上園を暗殺し)若くして九龍の一角となった劉を兄に持つ松島聡は、素直に凄いと憧れる気持ちと、いつかその座を我が手にみたいな嫉妬のような感情を同時に抱き、

表面では明るい気さくな感じで兄を親身に支え力になりつつも、裏では兄を抹殺すべく九龍の他の面子やSWORDの面々などへの工作活動を行っているといい

工作活動を行っているのでSWORDとは若干の協力関係にあるものの、家族に恵まれている佐藤勝利には憎しみの気持ちが勝り、家族の絆なんて、バカバカしいと吐き捨て敵対したりする…

 

…あれですね、完全に「BANANA FISH」の李月龍的ポジションですね…(何でもバナナフィッシュに例えるタイプのオタク)

 

(※ってかしらんかったけど、『BANANA FISH』の舞台化でアッシュやってたの劇団EXILEの人なのね)

 

 

マリウスはプリズンっていうかリトルアジア出身のフォーの弟分ポジで!

 

f:id:syosenningen:20170906002509j:plain

 

こっちは2秒で思いついたような設定っていうか2秒で結論出たけど、いやほら、だって英語とか喋れるし…

ハイローのギャグで、マイティやプリズン等のキャラが英語で煽るものの、ノボル以外基本高卒集団のコブラちゃんやヤマトたち山王は全く理解できず、は?ってなるみたいなのがあるけど、

しかし、煽るというよりか、眉を下げ困ったように「~~~~(英語)」(※ごめん私が英語出来ない)って肩をすくめた途端山王の誰かに、「何言ってっかわかんねえんだよ!」って殴られて欲しい(ひどい)とか、

喧嘩の最中ピンチに陥ったときに、その可愛い顔を存分に生かして泣きそうな顔で「~~~(英語)」(※私が英語d)って呟くから、母性本能的なものを刺激されちょっと気の毒に思ったラスカルズが油断した途端、引っかかったなとばかりにニヤと笑ってボコボコに反撃してほしいみたいなとこある。

現状ハイローに足りないのは、アイドルみたいに愛くるしく可愛い顔してんのにめちゃ強キャラだと思うんだよな~~~欲しいな~~~

 

ということで、プリズンの一味っていうか、別に刑務所に入った事はないけど、リトルアジア地区出身でフォーに面倒を見てもらっていたフォーの弟分的ポジがいいかな

(※フォーっていうと誰か分かんないかもしれないので一応書いとくと、メンディーです)

フォーに構って欲しくてやたらと絡みにいくけど、フォーがあんまりベラベラ喋るとは思えないので基本9割くらいマリウスが喋ってるバランスだと良し。

 

自分は闘う気満々だけども、フォーには子ども扱いされ「お前に喧嘩はまだ早い」と止められ続けているので、もーー!!!!俺だって出来るのに!!!!って悶々としているキャラ。自分だっていつまでも守られているだけじゃないんだというところを見せつける為に勝手に乱闘の場にやってくる。

 

 

 

っていう感じに結構すんなり設定を思いついたし、これ全然セクゾン今からでもハイローに出れるよ!!!!(←?)

 っていうかn番煎じだけどこの遊び楽しいよ笑!!!

 

【雨宮広斗の】映画「HiGH&LOW」シリーズひとり応援上映会(三周目)で気付いたことまとめ【話をさせろ!!】

 

お前永遠にハイローの話するつもりか!?

永遠じゃねえ、ムゲンだ!!!

 

というわけで、9月3日のハイロー大ヒット御礼舞台挨拶ライブビューイング中継&“超”応援上映の前哨戦として……いや、ぶっちゃけ実際は、10分前から待機して12時になった瞬間チケット入手を目論んだけれども当然のようにMURIだったので泣く泣く新宿ピカデリーのライビュに行ったんですけども、

 

 

ともかくその前哨戦として「映画「HiGH&LOW」シリーズひとり応援上映会」を、お兄ちゃんが結婚したという祭りと(だからTAKAHIROはお前のお兄ちゃんではない)、3回目「HiGH&LOW THE MOVIE 2 / END OF SKY」鑑賞の復習とあとキンブレの色変える練習も兼ねて実施してみたわけです。

合計4時間くらいの映画であるはずなのに、10時間以上かかって…(臣ちゃんの作画があまりにも良すぎて30秒ごとくらいにいちいち止めてその度ツイートするから←興味ない人にとっては大迷惑のアレ)

 

いや~何か見返すと、私こんだけハイローについてぎゃあぎゃあ言ってるし2、3回は見てるはずなのに、約1年経って割と記憶を改竄しているというか、分かってor気付いて無かったなっていう部分が結構あって、ハイローってつくづく奥深いなあと思いましたよ。私がろくに見てないだけかもしんないですけど。

というのはね、私は、最大の推し(のはずの)雨宮広斗についても!!!! ちょっと記憶改竄というか見逃していたかもしれないポイントが何個かあった!!!!

っていうか冒頭でハイローの話って言ったけど!!!今回は99%雨宮兄弟の話しかしない!!!! あとの1%は「HiGH&LOW THE MOVIE 2 / END OF SKY」最大のヒロインUSBについて大誤解してたかもしれない話!!!

 まだテンションを引きずってるので今回はビックリマーク多めでいくよ!!!!

 

 

【雨宮広斗について気付いたこと①:広斗の美味しいどこどり問題について】

 

9月3日の舞台挨拶でも、雨宮次男である雅貴の中の人であるTAKAHIROさんが、「広斗がいつも美味しいところを持っていく」とぼやいていましたけれど

mdpr.jp

 

この「広斗が大体美味しいところを持っていく」って、実際に広斗がハッカーの女の子を助けたり、「壁になったり」、良い場面で活躍するって話でもあるけれど、実はそれだけじゃなくて、よく見ると、

「実際に身体張ったのは雅貴なのに、何かあたかも自分が活躍した感じに演出してる」

とこもあるんですよ!!

 

例えば、現在公開中のザム2で広斗が源治に一旦USBを奪われたあと、後ろから雅貴がバイクでやって来てUSBを源治から奪い返す場面あるじゃないすか。

それで、悔しがる源治を見て、何故か広斗がドヤ顔をしているんだよな!!!

まあもちろんこのドヤ顔は、雨宮の腐女子的には、「どうだ俺の兄貴すげえだろ」ってことだという解釈をするべきかもしれないが、

よく考えれば、いやね、お前だって一回奪われちゃった側だからね!頑張ってうまいこと奪い返したのは雅貴だからね!?

って感じじゃないですか。なのに、ここで広斗のやりきった感じの表情が入ることによって、観客にはそちらの印象が残り、あたかもなんか広斗が活躍したみたいな風になってる!!

 

っていう広斗の「印象操作」で一番酷いと改めて見てめっちゃ笑ったのが、ハイローザム1でスモーキーの妹であるララを助け出したあと、

「もう大丈夫」って微笑みかけて手を差し出すこの場面っすよ!!!

 

f:id:syosenningen:20170903220201j:plain

 

いやいやいやいや、ちょっと待てよ!?

広斗って、この「攫われた女性たちを助け出す」ミッションに於いてほぼ何もしていなかったのでは????

 

ところでザム1では、広斗が珍しく雅貴を「兄貴」と呼ぶ貴重なシーンが見られるんですけど、ここが雨宮の腐女子歓喜ポイントたる所以で、つまり推測するに、雅貴におねだりをする時にだけ「兄貴」って呼ぶんですよねーー広斗くんは。

雅貴が、広斗にとっての兄はまず尊龍である事に憧れのような哀しみのような感情を抱えていて、だから兄ぶりたがっているのをどこかで分かっていて、だから雅貴が「兄扱い」される事に弱いのが分かっていて、何か無理めいた頼みごとする時にだけ「兄貴」って言うんだと思うんですよ。(狡い男!!!←大歓喜する腐女子)

で、ザム1で広斗がどういう時に雅貴を「兄貴」と呼び掛けたのかというと、

 

例の大乱闘スマッシュブラザーズの最中のコンテナに乗り込んだ後、スモーキーに頼まれた「ララの救出」をすべく攫われた女性たちを探している最中に、前のシーンで一目惚れ(殴られたあと「お前、おもしれえな」なんて、少女漫画のヒーローがヒロインに言うやつだぞ)したICEに再会してしまったので、この運命的な再会、もうICEとやるしかないっしょ!?って事で、

 

「兄貴、他は任せた」

 

って言うわけです。雅貴は、は??と言いつつも、可愛い弟の頼みなので引き受けてあげている。優しい。

そもそも広斗がスモーキーから引き受けたはずの救出ミッションとICE以外の奴らを全部雅貴に押し付けて、自分はとっととICEと喧嘩しに行っちゃうシーンです。

まあ、それだけならいいんだけども(うーん、いい…かな…?)、問題はその後で、最終的に琥珀さんが説得に負けて落ちたので解散てことになった後、雅貴と一緒にララがいるであろう場所にいくわけですけども、そこで広斗が、

 

「もう大丈夫」

ってララに微笑みかけて手を差し出す…

 

…もう大丈夫じゃねえよ!!!!! 女性たちの救出ミッション頑張ってたのは雅貴!!!!!!! お前はずっとICEと喧嘩してただけだろ!!!!!

何で自分が活躍した感じに演出してんだよ!!!!!

 

と、つくづくまさに「美味しいどこどり」の広斗にめっちゃ爆笑したシーン(一応書いておくとこれは全く否定的な意味でも否定的な話でもなくて、広斗はそういうところあるのが雨宮兄弟の超面白いポイントと思うんですよ)

なわけですが、ってことを考えてたらちょっと更に気付いちゃったんだけど、気付くの遅いんだけど、

 

そもそもルードボーイズは何で真っ先にララの元に行こうとしてないんだよ!!!

第一、お前らそのために来たんちゃうんかい!!!

何で他人である雨宮兄弟に放り投げてんだよ!!!

 

って一番怖いのは、二回観てもその事(広斗が実は印象操作してるのとそもそもルードが真っ先に行くべきということ)に全然気付かなかった自分なんですけど…ノリだけで違和感を抱かせずに押し切れるハイロー凄い…

 

 

【雨宮広斗について気付いたこと②:ザム1とレッレ以降で若干キャラが変わっている疑惑について】

で、このララへの微笑みシーンも含めて私が驚いたというか、あれ??って思ったのは、

広斗ってザム1では結構笑ってるシーンあった!!!!

ICEと出会った時も、何なら別れる時も笑っているし、ララにも二度ほど微笑みかけていたりするし、

何であんまり笑わないキャラだと思っていたというか記憶を改竄していたんだろう???

 

って考えつつもレッレも観返すと、やっぱりレッレの方がやや性格というか言動や態度がキツめになっていて、レッレの方が後で公開されたのでそっちの印象の方が強くなっちゃってるからだと思ったんですよ。(まあ尊龍には「兄貴」って笑いかけてますが)

 

この性格が変わってるように見える疑惑、単に監督が違うからとかじゃなくて、

もしかして広斗って、弟だからという甘えがある対・雅貴以外には、もちろん優しく愛想がいいとまでは行かずとも、普段はもう少し人当たりがいいし普通に話せるんじゃなかろうか。それこそ、ザム1の広斗は、それ以降と比較すると、人当たりがややいいですよね、「アル中だけどな」とか冗談めいたこと言って笑ってたりもするし、あれの方が普段なんじゃないだろうか。

じゃあ何で、レッレ以降ではちょっと性格がキツくなっているように見えるかというと、

 

こっからは雨宮の腐女子ゆえの妄想なんだけど、

もちろん、レッレの方が事態が全然深刻だからっていうのもあるだろうけども、

もしかして嫉妬…なのではないでしょうか…!?

 

 

レッレのヒロイン(なのか?)愛華が、雨宮兄弟の両親の墓にやってきた初対面シーンを見て思ったんだけど、あの時の広斗、

「誰?」

って、愛華に言ってはいないですよね?

「誰?」って、雅貴に聞いてるんですよね? だから雅貴は誰だろうって感じで愛華をじっと見つめる。

つまり、「誰その女?俺知らねえんだけど!?」っていう事なんじゃないですかあれは。

でそのあと、雅貴が愛華に興味を持った様子で、ナンパ?ってかセクハラ?をかましていくわけじゃないですか。

 

あのもしかして、だからちょっと当たりが強かったんでは…!?

 

っていうのは、ハイローザム2にも言えて、

これは私の推測ではなくTLで誰かのツイートで見かけて、マジで心底天才的発想だと感涙してその日一日中きもちニヤニヤしていたんだけども、

ザム2で広斗は何故かずっと、「USB持ってる奴」じゃなくて、「お前(雅貴)の一番信頼できる奴」って言う。

 

「何してんだよ“お前の一番信頼できる奴”は」

「大丈夫かよ“お前の一番信頼できる奴”」

 

ってかそもそもね、広斗って琥珀のこと全然知ってるはずだからね、ムゲンの支配に屈せず()たった二人で立ち向かった兄弟だし…。

USBを持って琥珀が現れた後も、「琥珀かよ!」って驚いた様子もなくて、「お前海外で何やってたんだよ」とか話しかけてるから、USBを持ってるのが琥珀であることも聞いてたと思うし、普通に、お前…とか話しかけられる程度には知り合いのはずなんですよ。

にも関わらず、ここで“お前の一番信頼できる奴”という妙に嫌味めいた言い方をし続けるの……嫉妬でなければ何だ!?!?

絶対これ、雅貴が自分のほかに信頼できる人がいたことが気に食わないからじゃんもうーーーー!!!!! 嫉妬じゃんもうーーーー!!!

 

ってことで、レッレとザム2では、単に嫉妬してたからやや性格がキツくなってるように見えるで私の中ではFAなんですけど、如何でしょうか。

 

 

【雨宮広斗について気付いたこと③:レッレの序盤までの戦闘前&戦闘中の表情について】

 という腐女子の戯言はさておいても、これはもう少し重い意味で、レッレ序盤までとそれ以降の変化だと思ったのは、広斗が実は結構笑ってるシーンある件に関してもうひとつ言えば、

レッレ序盤までは戦闘前とか戦闘中とかも割とニヤニヤというかニコニコしてたんですよね広斗って。

 

何でこのことに気付かなかったんだろうなーーー全然ちゃんと見てないな私…ってめっちゃ反省したわけだけども、

この、“感情を表に出すことがない”設定であるはずの(全然そんなことねえだろって思ってるけど)広斗が、戦闘前&戦闘中にニコニコしていて、コメディリリーフ担当の節がある雅貴の方が比較的険しい顔していることが多いの、まさしく「兄と弟」って感じでめっちゃ萌えるが、

 

f:id:syosenningen:20170903231920p:plain

 

 何ていうかなあ、殴り合ってても楽しそうなんですよ、というより楽しそうだったんですよ広斗って。

つまり、レッレ序盤まではまだ遊びの延長というか、どちらかというと「楽しいこと」にカテゴライズされていた、んじゃないかと

だからザム1でも、責任感よりもICEとの遊び的喧嘩の楽しさの方を優先しちゃうとこあったというか。

その辺はまだ雅貴の方が大人で、戦闘が生み出す面倒事や拳の持つ重みや自らの行為と結果への責任みたいなものをもう少し認識しているからこそ、あんまりニコニコはしてなかったり、カッとしてすぐ向かおうとする広斗を止めたりしてる場面があったりする。

そこが、「まさしく兄と弟って感じで」って意味なんだけども、レッレ中盤以降ではこの広斗の戦闘前&戦闘中の笑みは消えますよね。

勿論、笑っとる場合じゃなくなったからですが、実際に兄の死を経て、人が死ぬかもしれない戦いに追い詰められているからこその、否が応でもしなければならなかった大きな“変化”

この、心構えと態度と取り巻く状況の変化っていうのが、こういう表情の違いでも表現されているのだなと…私は三回観て気付いた…遅い…

 

 

【雅貴ってあの場面いなかったのでは問題について】

レッレ見返して気付いてしまったけど、

レッレの尊龍の有名な台詞、「強く、強く、生きろ」って シーンあるじゃないですか。

ザム2でも雅貴がこの台詞を回想しているぽいところがあって、私は前の記事で、この回想のテンポ感が良いみたいに褒めたからその後でこれ言うのほんとに何なんだけども、

 

あの…雅貴って…この台詞のシーン…いない……いないから聞いてないんじゃないかな…

 

 

【例のUSBにまつわる尊龍の意図の可能性について】

ザム2では、「お前らの兄貴(尊龍)が命をかけて守ったUSB」 を巡る争い(このUSBを巡る争いって本当に馬鹿っぽい言い方なんだが)が描かれていたわけですけども、私はどうやら、この、「尊龍が命をかけて守ったUSB」という意味を理解していなかったかもしれない疑惑

 

というのはですね、

上園との銃撃戦に尊龍が持ってってたUSBってあれって結局偽物じゃないですか(ですよね?)

本物は、「尊龍が愛華の元からUSBを持って出て行った」⇒「尊龍がハッカーの女に解析を頼んで渡した(あと尊龍は消えた)」⇒「ハッカーの女が手に負えないと連絡した過程で雨宮兄弟らに接触、ITOKANでノボルと共にUSBの解析を試みる」

 

という時にあの銃撃戦始まってるんで、そもそも本物はITOKANにあるはずで(と考えると、本物はITOKANにあるはずなのを知っている雅貴が上園会長を追いかける意味もちょっと分かんなくなるんだけど)

尊龍が銃撃戦の前に「お前らには必要ない」とかって床に放り投げた方のUSBは、結局上園会が回収したものの「データファイルがない」とかなっていた、のでまあ偽物なんだろう

 

でそのことと、

「復讐のために上園会に潜入したが、害虫は一匹殺しても意味がない、元を絶たねばということに気付いた」(結果として九龍を潰す可能性のあるUSBの存在の利用を思いついた)

みたいな尊龍の台詞を踏まえると、

 

初めて、あ、もしかしてそういうことか!?って思ったのが、

だから、「命をかけて守ったUSB」って別に、銃から身を挺して守ったってことじゃなくて、

「上園会にわざと偽物を掴ませた上で自分は殺される事で、上園会に「もう大丈夫だ」という安心感を与えることによって、「本物」の方を隠蔽した(第三者に渡して公開させる)」って意味ですか????

散々、尊龍は何を取引しに行ったんだとか無策とか何がしたかったのか意味が分からないとか言っちまったが、もしかしてそうじゃない…!?

はなから取引するつもりはおろか、銃撃戦で勝つつもりも無くて、「偽物をわざと掴ませて自分が消える事で本物の在り処を隠蔽する&本物は(愛華など)別の人に公開してもらうことで、単に上園一人を殺すだけではなく九龍を潰す」事こそが目的だったんですかね??

だってそのまま逃げていても「自分or自分たち(愛華)が持っている」って事を知られているうちは永遠に追われ続けるわけなのだから、偽物を与えることで終焉をはかろうとしたと

 

だとしたら全然無策じゃなくて、尊龍ってこれ凄く「役者」じゃないですか???

(だって弟たちでさえ、「復讐なんか…」とか尊龍が銃で復讐しようとしてると思ってたわけだし…)

 

あーうん、でもそれ死ぬ必要あったかな…別に本物とっとと公開すれば済む話だったわけだしね…あ、うんやっぱ違うね…

単に偽物を餌におびき寄せて銃ぶっぱなしたかっただけなのかもね…わかんないな…

っていうかそもそも、ザム2で雨宮兄弟とか「USBどこにあるんだよ!?」って警察に言われてたり、九龍も「SWORDのガキが持ってることは分かってるのに…」とか言ってるし、全然隠蔽できてないしね…

(上園が偽物掴まされて、衝撃でデータ消えたかもとかのんきな事言って終わったはずなのに何で本物が別にあるのを九龍や警察の皆が知ってるのかの過程がちょっとわかんねーんだけど…)

 

ということで、USBにまつわる意図は三回観ても不明のままでした…誰かいい解釈あったら求ム。

 

 

っていうのはさておき、

ところで、ハイローザム3特報出ましたね!!!!!

広斗生きてて良かったね!!!!!!(まあ回想の可能性はあるけど)

 

www.youtube.com

 

ところで雨宮兄弟が背負ってるこれ何かな!!!!!

 

f:id:syosenningen:20170903214400p:plain

 

 【再再再鑑賞日:2017年9月2&3日】

 

【神に】この夏最高のお祭り映画!!!! HiGH&LOW THE MOVIE 2 END OF SKY【感謝しろよ?】

 

 

昨年何故かうっかりハイローにハマった結果、これまで何度も長々と「HiGH&LOW」について語ってきていたわけですが、

 

↓これまでの記事

【映画一作目の感想】

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

【RED RAINの感想】

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

【RED RAINを受けての雨宮兄弟妄想】

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

 【ドラマを一巡して気付いたことの話】

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

 

ぶっちゃけ、今言いたいのはこれだけだ。

御託はいい!!!!!! つべこべ言わずとっとと観ろ!!!!!!!!

この間の金曜ロードショーは視聴者舐めてんのか!?って感じに本当に心底クソだったけどあれは忘れて、今すぐ観ろ!!!!!!

これまでのあらすじは冒頭で説明されるから大丈夫だ!!!!

 

(あるいは初見用にこの映像で説明されている!!)

 

www.youtube.com

 

 

私は、公開日は土曜出勤日だったけどやっぱりどうしても観たくて夜に新宿ピカデリーに行きあまりの面白さに深夜大興奮で帰宅したものの

 

 

 あまりにも見所が多すぎてというか全編見所で脳内処理しきれなかったため日曜に今度は丸の内ピカデリーでもう一回観に行った

しかし先程の「とにかく観ろとしか言いようがない」という言葉と矛盾するようだが、これは本当に全部感想を語ろうと思ったら、DVDで20秒ごとに止めて「今のここさー!!!」ってやり方をしなければならない。

そのくらい語りたいポイントが、

雨宮兄弟の関係性萌えや心臓が止まるかと思うくらい萌えた雨宮兄弟の超ハイパーご褒美シーンについては三時間くらい語りたいし、今回初登場のなおなおコンビの素晴らしさについても語りたいし、ジェシーの登場シーンや「神に感謝しろよ♥」の魅力についても語りたいし、他にも九十九さん不死身すぎ問題とか、村山さんが相変わらずコブラちゃんを好きすぎる問題とかもう、もう…っっっっていうか広斗ーーーーーーーー!!!!!!!! 広斗ーーーーーーーー!!!!!!

あんな状態で11月11日までお預けなんてどうすればいいんですか!?!?!?!?

11月11日、羽生くんのNHK杯とハイロー新作っていう今の私の全生きがいが同時に来ちゃうなんて、クリスマスと誕生日と正月が一緒に来たみたいな、っていうか11月11日って実際にリアルに私の誕生日なんですけどね取り乱しました

 

f:id:syosenningen:20170820194113j:plain

 

あまりの大興奮と衝撃に取り乱しましたが、

車やバイクが飛び交う(いや比喩ではなくほんとに飛び交っている)派手なアクションシーンにテンションぶちアゲの音楽、顔が綺麗な男たち、観ているだけで脳内アドレナリンがドバドバと出てくるのが分かる楽しさもさりながら、映画の出来としてもこれは前評判通り「HiGH&LOW THE MOVIE」や「RED RAIN」よりも格段に面白くなっていると思いました。

それはもう冒頭の映像から顕著で、最初はルードボーイズの無名街から始まるんですが、今回は幸いなことにいきなり爆破されたりはしませんが、あの工場跡だか何だか分からない無名街全体プラス街の外までがかなり高いところから俯瞰でぐわああっと映る。

そうなんですよね、たぶん気のせいじゃないと思うけど、いつもより高いんだよね!!!!

その、普段より高さマシマシのところから、街の中で人さらい(素朴な疑問なんだけどハイロー界の人さらいって、いつもなんであんな白昼堂々とやっちゃうんですかね…「ルードだ!!」じゃねえよ、見つかるに決まってんだろ)を発見したルードボーイズの面々たちが、パイプや柱などを伝って下までガーーーっと下ってく、凄い。もうここでテンション上がる。

 

という最初からテンション爆上げのルードの映像から、例の各チームのお馴染みテーマソングと共に、「達磨一家」「鬼邪高校」「White Rascals」そして「山王連合会」、各チームの映像が順に流れていく。もうずっとニヤニヤしっぱなし、ここから雨宮兄弟が出てくるまで本当にずっとニヤニヤしていた気がする。

だからこれは、よっ!!!待ってました!!!! っていう各クラスタのテンションを最高潮まで高める意味もあるのだけど、

このシーンで、「SWORDの各チームがSWORD外の奴らによって迷惑や被害を被っている」ということを示した上で、コブラ発案で各チームが集まり「外の勢力に対抗するためにSWORDで協定を結ばないか」という流れを作ったことが、最後の乱闘の(ストーリー的)「妥当性」にちゃんと繋がってくわけですよね。

(いや喧嘩することの妥当性という意味ではなく、話の流れとしての妥当性…)

 

これは一つの、ハイローザム1からの脚本上の進化だと思っていて、

つまり映画一作目って、これを言うのは野暮ってもんなんだけどぶっちゃけ、コブラたち山王連合会以外のチームが最後の大乱闘スマッシュブラザーズっていうか、琥珀さん棒倒しに「参加する理由」、というより「参加できた理由」がいまいち分からなかったじゃないですか。

何で日時を知っていた(そしてタイミングよく現れることが出来た)のかも分からないし、山王連合会以外は、確かに外のやつらに迷惑を被っていたけどもだからって別に琥珀さんを止めるゲームに参加する理由や、琥珀さんが倒れたからといって喧嘩をやめる理由も(だってそれじゃあ別に解決してないし)無かったわけじゃないですか。

 

っていうストーリーの欠点が前作にはあったわけだけど、今回、「HiGH&LOW THE MOVIE 2 END OF SKY」ではその辺がちゃんと改善されている上、

「SWORDの各チームが大乱闘に参加してくれるか」はイコール「冒頭でコブラが提示したSWORD協定に賛成してくれるか」ということであるため、乱闘参加の可否がちゃんとひとつの物語展開のポイントとして機能している。

 

ということだから最後に乱闘に現れてくれた達磨一家&日向の、

ラスカルズに喧嘩売ったってことは、SWORDに喧嘩売ったのと同じ、これがSWORD協定じゃあ!!!」

って台詞への一種の感動になるわけですよね

(しかし、前回の「車のボンネットに乗って登場」という伝説の名シーンを残した日向(林遣都)、今回も「ターザン」からのアタックという名シーンを残し、登場のインパクトへのこだわりに余念が無さすぎる)

 

 

というように、前評判通りこれまでの作品より進化というか改善している要素が結構あって、

まあ画面の情報量があまりにも多すぎて全部は二回観た程度じゃとてもとても追いきれていないんだけど、大まかに言うと、

 

・「あんたら確実に殺しに行ってますよね? っていうアクション」

・「格段にセンスのよくなった音楽の使い方」

・「戦闘中に謎回想をやたらと挟まない」

・「カットするところは潔くカットする」

・「決着を精神論(琥珀さん改心パンチとか)で終わらせない」

 

 

とかじゃあないかなあと思う。

 

 

あんたら確実に殺しに行ってますよね? っていうアクションの進化

 

今回のハイロー2を観てびっくりしたというか大きな変化だなと思ったのは、

ハイロー界がどんどん良い意味でも悪い意味でも「俺ーお前 の関係が世界=SWORDの平和に関わる」的「セカイ系」から脱却していき、外の世界との関係性をも描くようになった関係上、

人を殴っていてもどうにも牧歌的な感じのあった(ドラマの最後なんか、SWORDの皆がノボル説得のためにコブラ&ヤマトが視聴者でさえタルくなるほど長々と喋るのをちゃんと待っていたりしてくれるし)これまでとは違って、

今作の琥珀&九十九さん、雨宮兄弟、新キャラである不死身のアサシンというかもはやホラーなターミネーター源治(小林直己)をマジで「殺しに」いってますよね!?

これは結構驚いた。 

 

一応、殴るのはいいけど殺しはアカンみたいな不文律があった気がする(レッドレインだって、一応避けてるだけで殺そうとはしてない)これまでと違って、今回、三、四階?から突き落としたり海に車ごと突き落としたり、誰が見ても確実に、いや流石にそれは死ぬぞ!!!! っていう感じのことを琥珀さんらが躊躇なくやってるシーンが幾つか出てきて、それがただ人を殴るだけではないアクションや映像の面白さと緊張・緊迫感、車やバイクがガンガン飛び交う(比喩ではないです)迫力に繋がっている。

まあ死なねーんだけど…

 

 

ところで、いくら脚本上に改善が見られるとはいえ、脚本にツッコミどころが「無い」とは言えず、まァ誰しもが絶対に思うであろう一番のツッコミどころは、

 

「っていうか、重要なのは中のデータなのであって別にUSBそのもの(物理)ではねえから!!!!!」

 

というあたりで、要するに今回、

レッドレインで、雨宮長男が手に入れ最終的には次男琥珀さんに預けた「SWORD地区のカジノ誘致の利権に関わる情報」が入ったUSBを、何とか世に公表される前に九龍たち(プラス金銭の授受や便宜をはかった情報が出るとマズい政治家や警察など)は奪い返そうと暗殺者を送り込んだりするわけです。

つまりこれって、もし雨宮or琥珀側が既にデータのバックアップを取っていたりすれば(そんな知能があれば)、別にいくらUSB(物理)自体を奪い返しても特に意味は無いわけですし、USBを巡る追走劇と秘匿データの公開ってなんとなく、「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」を思い出す感じですし絶対に影響受けてると思うんだけども、ウィンター・ソルジャーだって確か別に公開したのはUSBに入っていたそのものの情報じゃあないわけで

 

そんなことはともかく、中盤、このUSBを巡り

九龍の一つであるヤクザが送り込んだアサシン、源治(暗殺者っていうか普通に若頭なんだけど…でも暗殺者だよね…)と、琥珀&九十九、雨宮兄弟の間で派手なバドンリレー&旗取り合戦バイク&カーチェイスが繰り広げられるわけですよね

 

でもまあここを、バドンリレー&旗取り合戦、要はUSB(物理)を取った人が勝ちっていう単純な話にしたのは、正解だと思う

「何をすれば勝ち」が単純化されることで、誰が「何のために」「何をしている」のかがとても分かりやすくなるのもあるし、だって、このシーン&このシーンの後を見るためだけに1万円払ってもいいくらいだし!!!!!!!!!!

 

これはもう文字で読むと伝わりづらいので直接映像を観てもらうしかないんだけども、

車を一瞬見逃したと思ったらちょっと溜めて走り出した勢いでからだごと車のフロントガラスを割って乗り込む九十九さんとか、バイクから車の上に飛び乗った上、車の上にいる人物を蹴り落とす雅貴とか、車の上に飛び乗ってそのまま刀を突き刺す源治とか、刀で襲いかかってくる源治を振り落とす広斗のバイクさばきとか、車の後ろに手だけ掴まったまま引きずられている琥珀が、あとちょっとで後続の車に轢かれるっていうところから身体を空中で前転させて戻るところとか、そのほか諸々の、LDHの身体能力あまりにも高過ぎでしょなアクションの数々、緊迫感、

車がバイクに突っ込む→バイクが回転→後続の車たちがそれにぶつかって更に火花を散らし回転していくシーンの画の派手さ、

などなどアクションシーンがパワーアップしているのは言うまでもない

(副作用としては、ここで彼らが完全に殺しにいってる&画面が派手なため、一番最後の乱闘より中盤のこっちの方がアクション的に盛り上がってる感が否めない点…)

 

 

いいから雨宮兄弟の話をさせろ。

 

でこれは個人的な蛇足なんだけど、

雨宮の腐女子への配慮(萌え)どころも盛りだくさん!!!

もう雨宮の腐女子は死んでも観に行くべき。どうせ観たあと萌え過ぎて死ぬし。

というのはですね、陽動のために、雅貴が実はUSB(本物)ではなく別のハコをバイクで走っている広斗にバトンタッチする描写があるんだけども、

この、何も言わなくても瞬時に阿吽の呼吸でそれが出来る雨宮兄弟ね!!!!!!!

これって多分、これまで運び屋の仕事を一緒にやってたからできるんでしょうね、同じことをやってたんでしょうね、これまで、っていう設定も生かされている!!!!

 

っていうところだけでも感涙モノなんだけども、それらUSBを巡る争いが終わったあとの、例のハイパーご褒美胸ときめき萌えマックスシーンな!!!!!!!

あの無愛想で基本的にお兄ちゃんの話を聞いていない広斗が、雅貴を立ち上がらせてあげるために手を差し伸べる(!!!!!!)っていうだけでもうホントに心臓止まるかと思うくらい萌えたんだけど、その後、雅貴が凄く嬉しそうに、広斗の手をぐっと引き止めて長く握り続けるーーからの、照れたように顔を逸らしてサングラスをかける広斗までの流れの素晴らしさについては正直あと3時間くらい語り続けたい。

 

だってあれはね、レッレでは、雅貴が最後に尊龍に拳を重ねることができなかったことを鑑みると、物凄く切なくて胸熱なシーンなわけですよ。

 

金曜ロードショーでは雨宮兄弟のトライアングル関係を示す重要な台詞がカットされていたし、あるいはまだレッレを観ていない原始人のためにここで雨宮兄弟の関係性についての前提をおさらいしておくと

 

(下記の過程は主に「RED RAIN」で描かれている) 

 

 

・雨宮雅貴と広斗は、親の再婚によって兄弟になった、義理の兄弟である(雅貴と尊龍は元々の本当の兄弟)

・広斗は、尊龍(長男・斎藤工)のことは尊敬し憧れているが当初雅貴には喧嘩売ってたりした(ってキャラ紹介に書いてあった)。尊龍のことは「兄貴」と呼ぶけど、雅貴については、おねだりする時以外は基本「雅貴」(今回、二回ほど「おまえ」にグレードダウンしていて笑った)

・↑については雅貴も認識しており、レッレで「広斗の扱いは、兄貴の方が上手かった」とモノローグしていることからも、そこにちょっとした寂しさのようなものを感じているのが分かる。(このモノローグ金曜ロードショーで削ったの本当に許さない。三人の関係を示すすごく大事な台詞なのに、全然分かってない!!)

・なので、広斗にとっての「兄貴」というのは、まだ尊龍のことだと思っているから、「お兄ちゃんの言うことを~」と、お兄ちゃんぶりたがる(のだと思う)

⇒因みにこれは重要なポイントだけど、これ私の勝手な解釈だと思ってたけど実際にTAKAHIROがインタビューでそう言ってっから!!!!! 公式だから!!!

music-book.jp

 

・ けれども雅貴は、「RED RAIN」で、「兄」にも「弟」にもなりきれなかった描写がある。つまり、両親が死んだとき、取り乱す弟を宥めたのでは兄である尊龍の方であり、かつ、最後に尊龍が死んだ際も、拳を合わせることが間に合わなかった。その際、傍にいたのは義理の弟である広斗の方である。しかも、広斗の方が、尊龍の意志を継いだーような描写がある

・だから、雅貴はよく考えると、「自分が本当の弟なのに」と、広斗のことを複雑に思ってもいいはず、なのだけれど、それでも、広斗の「兄」になろうとしている

 

まあ上記にはやや私の妄想も含まれているけどもこの前提と関係性を踏まえるとですね、

今作、ここでちゃんと、「弟として」兄貴(尊龍)の意志を受け継いで、かつ「兄として」無事に弟の手を取ることができたことが、レッレでは兄にも弟にもなりきれなかった雅貴にとってどんなに、どんなに、どんなに嬉しかったかって考えると…だからあんなに嬉しそうに広斗の手を握り続けたのだと考えると…またラストを引きずってしまうんだけど…

 

っていうかハイロー2を観たあとでの気付きとしては、自分、

完全に雨宮雅貴に一番強く感情移入してハイロー見てますね…

 

 

格段にセンスの良くなった音楽の使い方

 

これに関しては、単純に私がハイローの各音楽に強い思い入れが出来た&慣れたっていうだけかもしんないので自信ないんですけど、

これまでのハイローで私が気になってたのは、映像としては凄くカッコイイアクションとか盛り上がりそうなシーンなのに、バックの歌が流れた途端曲のあまりのダサさにズコーーーーーっとなって萎えるみたいなとこが結構あったんだけど、

 今回はほとんどそれが!!ない!!! っていうかむしろカッコいい!!!!!

まあ私が慣れただけなのかもしんないけど、映画館を大興奮で出た大きな要素としては、音楽の使い方が良かったっていう要素はたぶんデカい。

 

おそらく前作までと比較した際、ターミネーター源治の登場シーンも(ターミネーターが枕詞みたいになってる…)そうなんだけども、結構、重要なアクションシーンとかスピード感や緊迫感全開の戦闘シーンで、無理に歌が入っている曲を使用せずに、ちゃんと映像に合わせたBGMを使っているんだよね

なのであんま、曲のせいでズコーーっと気持ちの盛り上がりの邪魔をしないどころか、音楽がより観客のアドレナリンを増幅させている! 

勿論これまでのお馴染みの各テーマソングも使っているのだけど、これが、歌なしのBGMで盛り上げたあとに、すごく効果的に、例えば先述のカーチェイス時に建物から雨宮兄弟がバイクでバッと二人で飛び出してくるタイミングでかかり出したりするから、

キターーーーー!!!!的感動がより増し増しとなる

 

で、BGMのセンスと同様に、タイミングのセンスも良くなっていて、

個人的には私、岩ちゃんのコブラ演技がそんなに好きではない(ムゲン時代のコブラちゃんは好き)んですが、唯一、ジェシーとタイマン張っているときの、

 

「寄せ集めのお前らに」「そんな覚悟があるか?」

 

みたいな台詞のところは物凄く良かった。

この物凄く良かったと思った理由として、演技や言い方も大きいけど、バックの曲のリズムタイミングが完璧だったっていうのもある気がする

 

 

 と、全体的にそういう、(LDHのアーティストや曲の宣伝という意図も兼ねている以上)元々のドラマ時代からしてある種のミュージカル映画というか音楽要素もデカいハイロー映画ですけども、

今作の個人的MVPは、NAOTO演じるジェシーさんの登場シーンでかかってたあれっすね…手を挙げてくださいよ、よ、よよってやつ…本当に今日ずっと頭から離れん一刻も早く音源化してほしい…

今作で満を持して登場したなおなおの素晴らしさについては誰もが認めることと思うしこれについてもあと3時間くらい喋りたいんだけども、特にこのジェシーの登場シーンね!!!!!!!! ほっっんとうに良い!!!!!

曲のカッコよさと、ジェシーを演じるNAOTOさんの表情、直線的な動きがかなり不気味な源治(特にあの立ち上がるとことかほんと怖い)の方とは対照的に、飄々としているけどどこか食えない色気のあるキャラクターを象徴するような、ゆらあっと歩いてくる立ち振る舞い、本当に心をノックダウンされる登場シーンじゃないですかあれは

やっぱり、ダンスをやっている人にはこういう「身体」での強い説得力があるんだろうかね??

 

そのほか、ジェシーに関しては、「神に感謝しろよ?」(あれはほんっといい!!!!!)とか「なんだよ、やきもちか?」とか素晴らしい台詞が多々あるんだけども、

今作ではドラマ時代なんかに比べたらだいぶ和らいではいたけども(特にロッキーなんかだいぶ普通になった)、元々、中二病患者が考えたみたいな嘘臭いキャラが満載のハイロー界に於いて、ジェシーは良い意味で肩の力が抜けてるっていうか、割といそうな実在感とオタクが好きな設定とのバランスの取れたキャラ感があって、あれですね、絶対こっから人気出るやつっすね

「やきもちか?」については、NAOTOさんのアドリブらしいんだけども、確かにあそこで、ジェシーコブラに「おい、よそ見すんな」って殴られた後に言う台詞として、これ以上ないくらいに「ジェシー」らしいジェシーを体現しすぎている台詞っていうかいやお前はジェシーの何なんだよって感じなんだけど、これぞ本来実在しないはずの「キャラクター」の方が演技者に降臨している妙というか、ハイローってそういうとこあっていいですよね。

 

また話が逸れたね。

 

 

戦闘中に謎回想をやたら挟まない

 

これも誰もが認めることだろうけども、ザム1の時の「応援上映」で、「回想入りまーす」とか「回想の回想入りまーす」とか散々揶揄されていたハイロー「回想」が今回は、当社比で少なくなっている!!!(当社比)(無いとは言わない)

まあこれはエゴサして散々突っ込まれてるから改善したんだろうけども、ドラマ版も含めて、これまでのハイローの最大の欠点であったわけじゃないですか。観客のテンションが盛り上がりそうな肝心なところですぐ回想に入ってしまうので(しかも何回もある)、話が中だるみしまくって「なっげーんだよ!!!!」って思ってしまうの。

しかも、「回想の回想←回想していることを回想している」という謎の技まである摩訶不思議時空間と化しているシーンも結構あったりして、全然話運びがスムーズでなかったんだけれども、

今回、先述した「音楽」についての話と合わせて、お?っと思ったのは、回想に入る時でも、「例の回想の音楽」を使用せずに、「今進んでいる話で流れているBGM」をそのまま流し続けたまま、ワンカットで回想映像がパッ、パッと切り替わったりしてテンポを殺してなかったりするんですよね

 

雅貴が、遂に例のUSBを公開せんとする時でも、多分レッレまでだったら絶対もっとゆったり回想をダラダラ流し続けた気するんだけども、今回は、カーチェイスの音楽を流したまま映像のスピードを殺さずに「強く」「強く」「生きろ」という台詞の区切りで回想カットをどんどん切り替えてたりして、このあたりは本当に進化だなあと思いました。

(※ただ、最近レッレを見直して重大な事に気付いてしまったんだけど、雅貴が、尊龍の「強く、強く、生きろ」って台詞回想しているっぽいとこあるんだけど、雅貴ってこのシーンいなかったからその台詞は見てないんじゃないですか…ね…)

 

かつ、回想と共に、こちらもハイロー名物「パンチする前に泣きながら長々と喋るアレ」(琥珀さん説得パンチやノボル説得パンチや…)も殆どやらなかったじゃないですか。

最終乱闘の、蘭丸VSロッキー戦で素晴らしいと思ったのは、互いの思想みたいなんを長々と喋る説得合戦なんかにはせずに、代わりに「拳がぶつかる」映像で、両者の違いを、両者が抱えているものの違いを、演者に「語らせ」る手法を取ったこと

映画が語るものは、語れるものは何も台詞だけじゃあない

観客への信頼もあるけれども、演者の身体性と「拳」の説得力への信頼ですよねこれは。

 

 

 

カットするところは潔くカットする

 

これも、回想や説得パンチを挟まない話に関連するんだけども、回想や説得パンチで語らない代わりに、「拳で語る」ことも含め、結構、スマートな映像的手法が増えた気するんですよね今回。

例えば、ダウトやプリズンギャング達に、ホワイトラスカルズの面々がやられるっていうところがあるんだけども、ここの描き方もある種思い切ったというか、凄いですよね

というのは、NAOTOとロッキーの戦闘シーンをも、映してないわけですよ。

映さないことが、逆に何が起こったかを観客に想像させる効果を出している。小説でも漫画でもそうだけど、実は「描く」よりも、効果的に「描かない」事の方が難しいんじゃないかと思うんだけども、今回この「描かない」手法を効果的に取り入れていたりして。

 

戦闘シーンを垂れ流しにし続けるのではなく、

ダウトらがやってくる⇒ホワイトラスカルズの一部が追う⇒追っていったホワイトラスカルズが、ダウトらにボコボコにやられている仲間らを目にする⇒またその追っていったホワイトラスカルズの面々がボコボコになっている⇒…

っていう映像を何度か切り替え、あ、ラスカルズ次々超負けてるっていうのを提示した上で、ジェシーがロッキーの元に乗り込んでくる画を映す

 

ジェシーとロッキー戦がどうなったか?は、

ジェシーがロッキーの杖(折れてる)を持ってダウトの元にやって来ている

ことで画として示されていて、だからそれを見た蘭丸が「ロッキーやったのお前か」って察したわけですよね

かつ、それを受けて、「やっぱりあいつがロッキーか、道理でつえーわけだ」とジェシーが手こずってはいたのだろうことも間接的に示される

 

まあもしかしたら戦闘できない何かしらの事情があったのかもしれんけども、それでもここの見せ方はスマートだなあと思ったし、

他にも、「立ち上がれなくなったらいつでも呼べよ」というコブラの台詞を、最後の大乱闘時、蘭丸にやられて実際立ち上がれなくなってるロッキーの手を、助けにやってきたコブラが取って立ち上がらせる、っていう映像で(映像だけで)ちゃんと回収していたりそういう映画的な見せ方も増えていてこれも大きな改善ポイントの気がします

 

 

決着を精神論で終わらせない

 

正直これに関しては、どういう解釈をしていいのかまだ自分の中で消化しきれていないんですけど…

これまでとの大きな違いは、今回に限っては(広義の意味での)「ラブストーリー」ではないんですよ!!!

いや私が腐女子だからそう思うとかじゃなくて、ハイローの基本構造ってこれまで、トライアングルラブストーリーだったはずなのに!!!

 

ラブストーリーというのは大袈裟な言い方かもしれないけれども、つまり男同士の強い情動的関係。

ドラマシーズン1では、コブラ・ヤマト・ノボルの関係が、シーズン2とザムではタツヤ・琥珀・九十九の関係が、レッレでは雨宮三兄弟の関係がメイン軸であったわけですよ

なので今回の琥珀&九十九と雨宮兄弟の共闘、「前々作と前作で成立した二つのカップルが4人同時に出てくる」BL漫画描き下ろしの番外編みたいな感じになってて面白かったけど、そこから気付いたのは、今回のハイロー映画に限っては、ラブストーリーじゃ…ないんだよ!

 

まあ、ラスカルズにせよ敵役のダウトにせよ、抱えている背景や思想や事情がどうにも薄っぺらいので(ダウトなんか、殆ど記号的な機能しか持ってないし)男同士の強い心理的関係性を描きようがないというのもあるのだろうが、

だから、良くも悪くも、琥珀さん説得パンチでは話が終わらないんだな。

良くも、というのは、なので先述したことと同じく、中だるみしたり観るのがかったるくならないという効果はある

 

悪くも、というのは、そのことがーー「説得パンチ」では「終われな」くなったことが、この物語そして今後の展開上何を意味しているか、と考えるとということで、つまり以前私はハイローザム1を、“セカイ系”って書いたけども、ザム1はまさしく、セカイ系の世界だったわけじゃないですか。

琥珀さん”と“タツヤ”(ないしは、九十九やコブラ達)の関係にケリを付けることが、(何故かどういうわけだか)そのまま、大乱闘の決着に繋がり、SWORD地区の平和と均衡に繋がるーーこの時には彼らの世界はSWORD地区だったのであり、だから、俺とお前の関係が世界の平和に直接繋がるセカイ系だったんですよ

という意味で、ラブストーリーなんですよ

 

それが、レッレになると、(おそらく初めて)「SWORD地区の外」から見たときのSWORD地区、など相対化(客観化)されている描写が出てきて、どんどんセカイ系世界は終焉に向かっていき、今作では遂に、「大乱闘を終わらせた」のは、「外」の勢力である九龍の乱入によるものになったわけです

 

これをポジティブに捉えれば、

今回に限ってはラブストーリーつまり、男同士の狭くて強い心理的関係性ではなく、

もっと別の種類の、「つるむだけが仲間じゃない」「俺たちは元々つるむ様なダチじゃないわな」ーー仲良しこよしではないけども、立ち上がれなくなったら手を差し伸べるもう少しクールな信頼関係みたいな、友情でも愛情でも、しかし完全なビジネスライクってわけでもない絆関係を描きたかったということなのかもしれない

ポジティブな「世界」の拡がりーー“俺”と“お前”の狭くて強い関係性以外の、もっと広い繋がり、にコブラ達は目を向け始めた、それは、コブラが商店街の上に立って言う、「ここに立つと、この街だけでなくそのずっと先まで見える気がして」みたいな台詞にも象徴されていて、そこが一つ、今回、「自分たちに手に負えない九龍云々の話よりも、商店街や自分たちの店の利益を優先する」ダンやテッツらとの決裂や差異として描かれていたわけじゃないですか(まあ今作のコブラ勢、あんま好感持てねーんだけど)

 

しかしこの、「“セカイ系”の終焉」をもう少しネガティブに(ここでのネガティブ、というのは、私が「否定的」に捉えているということではなくて、物語上の役割として「ポジティブ」な意味を持っているのか「ネガティブ」な意味を暗示しているのか、ということです)考えれば、

喧嘩ばっかしてまあある意味楽しかったSWORDの日々が終わってしまう、ガキの喧嘩はするけど殺しはしないような、喧嘩に勝てば何かが解決するような牧歌的世界が終わるっていう展開になっていくのであろうということですよね

コブラ達は、今後「この街だけではなくそのずっと先まで見る」ためにはーー「大人になる」ためには、これまでのように喧嘩(パンチ)だけでは、何も解決しない、という事を呑み込んでいかねばならなくなる…

 

まさに、今回のザム2ではそんな、END OF SKYー青春の終わり、が描かれているわけで…まあSKYにそんな意味があるのかはさておき…っていうか、END OF THE SKYだろっていうのはさておき…

 

 

 

その他まとまらなかったまとまりのない細かい感想(メモ)

 

 ■ケンカっぱやくて基本的にお兄ちゃんの話をほとんど聞いてない広斗だが、今回はちゃんと「広斗!」って雅貴に止められたらちゃんと言うことを聞いていた描写があって、あれ、成長している…と感動した。

 

で思ったんだけど、そもそもですね、何で雨宮兄弟とムゲンがケンカしてたかって、ムゲンを名乗る下っ端が広斗にしょうもない喧嘩を売って、雅貴がくだらねえからという感じで止めてんのに広斗が殴り返したのが発端のはずなんすよ

その後、怒りが収まらんのか広斗がムゲン本拠地に乗り込むわけだけど、雅貴は別にそれ最初は渋々付いていってあげてただけで、雅貴はそもそもムゲンにそんな強い恨みなんか持ってなかったわけだから琥珀のことをどうにも昔馴染みの喧嘩友達くらいに思ってるのはある意味さもありなんという感じだけど、

何なら、よく考えたら、本来最初のVS雨宮喧嘩の発端には直接関係ないはずの琥珀なんか、九龍とは因縁あるとはいえ、USB預けられて殺されかけてんの割ととばっちり…なのでは…ないだろうか…

 

 

■「連絡くらい寄越せっつーんだよなあ、なあ?」と、広斗の同意を求める雅貴の言い方と、基本返事をしない広斗が相変わらずで萌え死んだ

 

■グールになったりしているせいか窪田正孝が忙しすぎてスモーキー、SWORDトップの話し合いや大乱闘など肝心な場面には全く登場せず今回「ただ空を眺めていた」だけの人になってる問題(スケジュールの都合上次作でマジで死ぬんじゃないかと若干心配している)

 

■↑に対して、日向が「あの貧弱野郎とうとう死んだか」とか、やっぱり日向は結構スモーキーのこと気にしててほっこりする。

逆に日向(林遣都)は思いのほか沢山出ているなと思った

 

■しかし、「窪田正孝が忙しすぎてスモーキーがどんどん病弱になっている問題」と「あのラスト」と「っていうかそういえばスモーキー、広斗にザム1の時の借り返してないのでは問題」を鑑みると、次作でスモーキーマジで死ぬんじゃねーのかという心配がある(広斗はどうせ死んでないだろうし)

 

■ドラマ版では一応、「バイクで事故って入院していた」とか「車に轢かれかけて長いこと昏睡状態にあった(助けたタツヤは死んだ)」という設定があったはずの九十九さんについて、今回、車で轢かれてもほぼ無傷どころか、車に乗ったまま車ごと三回転くらい横転してもあんまりダメージを食らった様子がなく、そのまま(おそらく)車と同じくらいのスピードで琥珀さん&雨宮次男に追いついている凄まじい超人ぷり、ハイロー界における「車で轢かれたら流石に入院する」というルールを完全無視しているが、

このことと、「結局、琥珀と九十九は海外に何しに行ってたの?」問題が今作では回収されていないことを鑑みると、海外で超人血清でも投与してもらった説が濃厚だと私は思う

 

■今回、「SWORDの近くには二つの刑務所がある」という設定が提示され、加えて、各刑務所は自分の身を守るためにどこかしらのチームに属さなければという設定、受刑者たちは互いに友達っぽい(日向と蘭丸、蘭丸とジェシー、など)設定があるらしいことを鑑みた時に浮上する、じゃノボル(&二階堂も同じか)はどこに収容されていたのだという疑問

(元受刑者たちがノボルのことを覚えていたり気にしている様子が特にない)

 

■ELLYとメンディーのビジュアルがやや被っている問題について、劇中でプリズンギャングについて「マイティウォリアーズみたいな奴らだな」というツッコミが実際入ってたのには笑った

 

 

【鑑賞日:2017年8月19日&20日】

 

【ハイロー映画シリーズ再再再鑑賞後追記↓】

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

俺のトムホ君の「スパイダーマン:ホームカミング」のためにMCU作品全部観て臨んだわけですが

 

クソ長い前置き

 

ところでここ二ヶ月ほど私はずっと、MCU漬けであった。

 

理由は勿論、SNSか何かで回ってきたトムホことトム・ホランド君に心を打ち抜かれて以来、これはもう絶対に絶対に俺のトムホ君のために「スパイダーマン ホームカミング」を観に行かねばと思ったからである。

 

f:id:syosenningen:20170812231106j:plain

 

 

しかし私は、MCUの映画はこれまで「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」と「ドクター・ストレンジ」しか観たことが無かった。

 

かつて「ドクター・ストレンジ」を映画館で観た時に、「他のマーベル作品を知ってる人は多分面白いんだろうネタ(たぶん)」で笑ってる観客が何人かおり、しかし私はよく分からないので何が面白いのか不明という経験があって、おそらく、「スパイダーマン ホームカミング」も幾つかそんな感じのネタが登場するかもしれないし、これまでの流れが分からないと理解できない部分もあるかもと思い、何なら全部観ておくことにしたんである。

 

これは割と苦痛の日々であった。

 

なぜかというと、私は元々中二病のサブカルクソ野郎気味なところがあるので(いやこのブログに書いてるのメジャー作品ばっかじゃん…)

所謂アメコミヒーロー映画があんまり好きではないからである。

(因みにドクター・ストレンジベネディクト・カンバーバッチマッツ・ミケルセンが出てたから観た)

しかしマジで「アイアンマン」から全部観た。

全ては俺のトムホ君のために!!!!

 

結論から言いましょう。

 

 

まあ別に……全部は観なくてもよかったの、かも……

(ってか、何でこのピーター・パーカーという男の子がクモの糸とか操れるようになったのかとか何で人助けするようになったのかとか所謂「ヒーロー誕生まで」の説明はほぼ無いのでむしろこれまでのスパイダーマンを観るべきなのかも…)

 

ということで完全に話がほぼ独立している「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」とか「ドクター・ストレンジ」ほどではないけども、一応、単体でも楽しめる作りにはなっているかなと思います。

 

 

いやもちろん、「他のマーベル作品を知ってる人は多分面白いんだろうネタ」は結構出てきますよ。

ハイスクールの教育における「キャプテン・アメリカ」の使い方(あんな使い方されてるのか笑!)は「キャプテン・アメリカ」というキャラを知ってればより面白いわけだし、

序盤の方で、顔隠し用にアベンジャーズ風のお面を被ったATM強盗と戦うスパイダーマンが、

「やあ、ハルク、ソー、初めまして」(もしくは、会いたかった?かな)

みたいな台詞を言うところがあるけれど、あれは、前回の「シビル・ウォー」でハルクとソーがハブられてる(映画に出てない)のを踏まえた台詞なので観たことない人は分かんないだろう。

そもそも、マーベル映画の知識がないと「何が分からないか分からない、というより何が「分からなくていい」かの区別ができない」ーーたとえば、「ブラック・ウィドウとデート~」みたいな台詞は別に聞き流してもいい台詞だけど、知らない人には、「え?? ブラック・ウィドウって誰??そんなんこの映画に出てきたっけ??」って方に気を取られてしまうので、そっちに思考を持っていかれることで映画本軸が楽しめなくなる可能性がある。

 

あとは、多分マーベル映画の知識が全く無い場合、割と重要に登場するロバート・ダウニー・Jr.演じるトニー・スターク(アイアンマン)について絶対、

「ってかこのおっさんは何者なんだよ」

ってなっただろうし…

なんか、金持ってていつも見守っててプレゼントくれる謎のあしながおじさんという認識しか持てないかもしれない(見事なあしながおじさんぷりだったよな…)

 

なので、別に全部を観る必要はそんなに無かったが、トニー・スタークとは一体何者かというところから描かれている「アイアンマン」の一作目と、マーベル映画の各キャラが集結している「アベンジャーズ」の一作目、

そして、この「スパイダーマン ホームカミング」に直接繋がっており、トムホ君演ずるスパイダーマンも登場する「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」(最近観たばっかだけどこの時のトムホ君はほんと最高なんだよな~~~~)くらいは観といた方がいいかも。

でも、「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」を理解するには(キャプテンは何でそもそもこのバッキーって男をそこまで守ろうとしてるのか?というあたり)、「キャプテン・アメリカ」シリーズ2作も見ないとわかんないだろうしな…やっぱ…全部観るべきかな…

 

というのはハードルが高いので、全部観るのが面倒な場合は、ググって、

トニー・スターク(アイアンマン)というのは、元は、武器等をつくって販売していた巨大軍需企業「スタークインダストリーズ」社長(超金持ち・有名人)であり、自らも色々設計する天才発明家だったが、(映画版だと)兵器のテストのためにアフガニスタンを訪れたところ、ゲリラに拉致され、そこから脱出するためにパワードスーツを作ったのがアイアンマンの始まりであり、

かつ、そこで自分達が作り売った武器がゲリラなどに使用されているのを目の当たりにし、「死の商人」たる自分の在り方を見直した結果、軍需産業からの撤退を決め「アイアンマン」スーツの開発とアイアンマンとしての活動に着手していく…

 

ということと、

「アイアンマン」とは別軸で、元々、神の国(っつか地球ではないどっかの宇宙人って認識でOK)アズガルドで、王の息子「ソー」と彼の義弟「ロキ」(皆大好きトムヒですね。こっちはトム“ヒ”)が王位を巡って内輪揉めみたいなことをしていたんだけど(という経緯は「マイティ・ソー」で描かれている)、あいかわず王位を付け狙う「ロキ」が、他の宇宙人チタウリと手を組みその内輪揉めっつうか兄弟喧嘩を地球に持ち込んだため、

この宇宙からの危機ーーつうかただの壮大な兄弟喧嘩ーーに対抗したのが、「アイアンマン」をはじめとして、「キャプテン・アメリカ」「ソー」「ハルク」など様々なスーパーヒーロー達が、S.H.I.E.L.D.という国際平和維持組織によって集められた「アベンジャーズ」というヒーローor超人軍団

 

ってくらいの知識を入れとけばいいけども、

 

その上で、「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」はまあ実質的には「スパイダーマン ホームカミング」の「前作」でしょう

ここで、アベンジャーズに勃発したある内紛の「自分達側の戦力」として、トニー・スタークはピーター・パーカーをスカウトする過程や、

ピーターが「キャプテンの盾を奪った」と言っている戦闘が描かれている、というのもあるし、これを観ないと、

何故ピーターがあんなにスタークさんスタークさん言っているのかとか、自分もアベンジャーズで活躍したい!と思うようになったのかとか(つまり、ここで有名人たるスタークに声を掛けられて、戦闘に参加したのが嬉しくて仕方なくてはしゃいでいるという)

スタークがピーターにある種の「自分がスカウトしてしまった責任感」を感じているからあれほど気にかけているということなどもすぐには分からないだろうというのもあるし、

 

スタークに声を掛けられてテンションがあがって動揺しているトムホ君が最高っていうのもあるし、

アベンジャーズの初戦闘で、ベラベラ喋って「自己紹介は後でいい」みたいに諫められている感じの、ロバート・ダウニー・Jr.とトムホ君のやり取りが最高っていうのもあるし、

シビル・ウォーのトムホ君はとにかく最高なんだよ、なあ!

 初代のトビー・マグワイアのような、如何にも内向的ないじめられっ子の非リア青年という感じではなく、オタク系ギーク学生ではあるけども割とベラベラ喋るお調子者風にキャラ変しているのは、

ロバート・ダウニー・Jr.との掛け合いの面白さ・相性という意味でも、トムホ君の比較的甲高い声や喋り方や愛嬌、トムホ君自体の雰囲気・キャラクターを活かすという意味でも、そもそもひ弱でコンプレックスが強い内気なもやし風だと初期のスティーブ・ロジャース(キャプテン)と被ってますしねという意味でも

正解じゃないかなあと!! 

 

 

とやや話が逸れたが、

そして、これはもうホムカミの冒頭から顕著だけども、一つの軸になっている物語自体も、「シビル・ウォー」から繋がっているように思う。

すなわち、「ヒーローが活躍する、しかし一方その裏側では」という話ですよね。

その裏側ーーたとえば、子どもの頃、ウルトラマンとかを見ていて思ったであろう、

「っていうかこれいっぱいビルとか倒してるけど、中の人死んでないの?」

っていう、あれとかね。

 

 

「シビル・ウォー」ではまさに、「いやこれ中の人死んでんじゃん!!」のが問題視されていたのであった

最終的には何かどうも、キャプテン・アメリカが、永い間悪の組織(言い方…)に洗脳され悪事を働いていた昔の幼馴染バッキーを何とか助けたいという気持ちで行動する結果、バッキーを引き渡せ!っていうトニー・スターク側と揉めるみたいな感じになってるんだけど、

元々は、アベンジャーズ国際連合の監視下に置くかどうかみたいなとこから内紛が起こったのだった(ですよね…最終的に話どんどんずれてた感あるけど…)

何故そんな話になったかというと、

アベンジャーズが力を付け国境を越え戦闘することで、「その裏側」では、罪の無い一般人たちが巻き込まれて死んでいっている、というのが国際社会で問題になり、だから「今後は、いつどのように出動するか」等、アベンジャーズ国際連合の管理下におくべき、という流れである

 

これに対して、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』で散々S.H.I.E.L.D.に追われたり何やりして巨大組織みたいなものに不信感を持っているキャプテン・アメリカは、危険だと反対するけども、

かつて巨大軍需企業の社長という「死の商人」だった過去があり、かつ「自分たちが行った戦闘によって巻き込まれ死亡した青年」の母親から「あなたはそんなこと気にかけてもいないんでしょうね」と涙ながらに言われたトニー・スタークは、賛同する

 

ただこの二人の根本的な葛藤は類似しているのだろうと思う

キャプテン・アメリカは、何が正義側で何が悪側(何が追う側で何が追われる側になるか)みたいなのは、権力者の方針によってすぐに変わるーーからその判断を権力側に委ねるのは危険、だと思っているのだし、

トニー・スタークは、いくら悪を討つためとはいえ罪も無い人を犠牲にしてまで戦うーー暴れるーー自分たちは本当に正義と言えるのか、そもそも自分たちが常に正義側であると主張できる根拠はどこにあるのかそう思っているのはただのエゴではないのかーーだから第三者の判断を介入させようということなんだろうけども、

それはともかく、

 

だからここでトニー・スタークには、

「自分たちが“正義”の名の元に行っている裏側で巻き込まれる人びと」 に対して責任感というか罪悪感みたいなのを抱いているという前提があることが、無邪気に「活躍」しようとするピーター・パーカーに対しての、

「(君が起こした戦闘のせいで)誰かが死んだら君の責任になる」

という言葉の重みになっているのですよね

これはおそらくは、元々のスパイダーマンの有名な台詞である「大いなる力には大いなる責任が伴う」ともクロスされている「スパイダーマン」作品に欠かせない転換点としての意味もあるだろうけど、あのシーンはそういう「トニー・スタークの葛藤」も前提になっている

 

で繰り返しになるけれど、そんなスタークの台詞に象徴される、

「自分たちが正義の名の元に戦う裏で、巻き込まれる人々が沢山いるかもしれない。その人々にまで責任を持てるのか」(持てないのであれば、戦うべきではない)

というところも含め、ホムカミという作品自体が、「シビル・ウォー」で当初焦点になっていた「ヒーローが活躍する、一方その裏側では」ということがテーマになっている作品だと思う

 

 

ヒーローが活躍する、その裏側では

 

先程、「冒頭から顕著」と書いたけども、

ホムカミは、アベンジャーズが戦闘で破壊したビルの後片付けを担う業者たちが働いているシーンから始まっており、この、元は「後片付けをしていた業者」たちがメインで登場してくるのである

確かにアベンジャーズの本編では描かれないし我々ももしかしたら「気にも留めていない」けれど、破壊したからには、後片付けを行っている人たちがいるーーまさに、「裏側」です

 

この、元は片付けをしていた業者が、跡地には、アベンジャーズの武器等にも使われているような色んな宇宙由来の物質が残されているので外部に持ち出されたら困るみたいな理由(おそらくは)で、スタークに突然追い出され、

もちろん、そりゃこっちは生活がかかってるのにいきなり仕事を奪われたら困る!横暴だ!!となる

けど別に恨みを晴らしてやるみたいなところまではいかず、こっそり戦闘跡地から宇宙由来の物質を盗み出して強力な武器を密造し金儲けしてるのが、今作の悪役

 

「アイアンマン3」では、かつてスタークが気にもしなかった人が幾年かして巨大な敵として立ちはだかるみたいな感じだったけど、今回の場合、

一応悪役ではあるけども、別に宇宙を滅亡させる巨悪みたいな感じではなく、普段は普通のおじさん達である

 だから、本来は別にアベンジャーズと戦うつもりもないし、っていうか戦ったら絶対負けることは分かっているのであくまでも隠れたいのである

 

私はこの舞台設定とテーマ設定に、結構好感を持った

 

というのは、私がアメコミ映画が嫌いな理由の一つに、

「敵側の動機がいまいちピンと来ない」っていうのがあるからだ

ヒーロー映画のシリーズは、話が進むごとにどんどんスケールや敵役が壮大になっていくわけで、だんだん世界の滅亡とか銀河の滅亡みたいな話になってくるわけですよ

でも、世界を滅亡させるほどの動機のパターンって結構、真の平和とはとか難しい哲学ぽい話になってきたり、ナントカの巨大な陰謀がとかややこしくなってきたり、

或いは普通の地球人には理解しがたい感じーーエイジ・オブ・ウルトロンで、スタークがうっかり生み出してしまった人工知能の、世界平和を守るためには一度人類滅亡しなければみたいな話も私、実はよく分かっていないし、ドクター・ストレンジとか、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー2の方の敵側の動機ーー不老不死?のためのパワーを得るための世界滅亡 とかもぜっんぜんピンと来ない。

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの一作目は凄く面白い映画でMCUの中では断トツに好きだけども、2の方は、敵側の動機が全然ピンと来なくて乗り切れなかったんである

 

ということを踏まえると、もちろんこれはシリーズの一作目かつ今後の「アベンジャーズ」のための前日譚であるから規模が小さいというのもあるだろうけど、

本来、「アベンジャーズ」界に於いては裏側として描かれて来なかった部分の人々をメインに持ってきているが故に、良い意味で「スケールが小さい」ので、敵側の動機もすんなり呑み込めるし言っていることも納得出来る

 

あるいは、二つめのアメコミ映画が嫌いな理由として、

これは「話が壮大過ぎて敵側の動機がよく分からない」の逆ーー「スケールが小さすぎる結果、『大事な人を守る』みたいなメロドラマになる」というのもあるが、サム・ライミ版の「スパイダーマン」一作目では割とそのメロドラマ傾向が顕著じゃないですか

 

まあただの個人的な好みなんですけど、私はこういう、「大事な人を守る」みたいなヒロイズム?メロドラマ? すっげえ嫌い!!なんだよな!!!!個人的な好みっすけど!!!!!

MCUの中で一番こういう「メロドラマ」臭が酷いのは「インクレディブル・ハルク」で、これヒロイン役として出てくる女性の方も一応、優秀な科学者みたいな感じの設定があるはずだから、優秀な科学者としてもっと活躍できるはずだし、もっとそういう設定や共同実験者って部分を生かしていいはずなのに、単なる「守られる女」としてしか出てこないのがほんと腹立つんすよ

(だから、自分もガンガン戦うガモーラ様がヒロインのガーディアンズ・オブ・ギャラクシーにはとても好感が持てる。あと今回全然ビッチじゃないMJは超クールで可愛い)

 

スパイダーマン ホームカミング」では、高校生の恋愛を描いてはいるし中盤好きな女の子を一度は助けるシーンもあるけれど別にそこがラストではなく、

逆に、自分が悪役を倒す選択を取ることがおそらくは結果として「好きな女の子を助けない」ことになるーーけれど、自分は「ヒーロー」として悪を討つことをとる、そこにある悪を見過ごしたくない自分をとるーースパイダーマンとしての「決意」が描かれている構図になっていたのも、とっても良かった

 

まあ、メロドラマの代わりに、スタークさん僕を認めてくれーーー!!!ってどうにもトニー・スタークとのラブストーリーになっているのはさておき…

 

こういう、「でも、そこにある悪を見逃したくない」というスパイダーマンの選択・スタンスが、MCUシリーズが進むにつれて問題になっていった「いくら悪を討つためとはいえ罪も無い人を犠牲にしてまで戦うーー暴れるーー自分たちは本当に正義と言えるのか、そもそも自分たちが常に正義側であると主張できる根拠はどこにあるのか」みたいな揺らぎに、回答とは言わないまでも一つの原点に立ち戻す効果もあったと思う

そして、ピーター・パーカー自身も、一度アベンジャーズの戦いに参加してしまった事で膨らんだ、もっと自分を認めて欲しいという自己顕示欲から、自分の原点に立ち戻ったのだと思う

というのは、敵役はピーターに、

「スタークに気にも留められていないという点では俺たちは本来同じところにいる」

「スタークだって本来武器商人だった、武器を売って金持ちになった」

というような事を言うのだけれど、それに対してピーターは、

「でも、盗むのは悪いことじゃん」

みたいに返すんすよね

この、「でも、盗むのは悪いことだし」って言う単純な正義感、

ピーターが、好きな女の子の幸福、好きな女の子「との」幸福を捨てて選択し、僕を認めて!!!という自己顕示欲ではないところにあるーーあったーー「だから見過ごしたくない」という思い

 願わくは、今後のアベンジャーズ作品で、こうしたピーターの原点としての正義感が、トニー・スタークのある種の「支え」みたいになってくれるといいですね。

まあ、シビル・ウォーで既に最終的にこの問いどうでもよくなってた感はあるんですけど…

 

 

で作品としてはどうだったかというと

 

で全体的な評価というか感想ですけど、

「俺のトムホ君はクソ最高、映像や作風は軽快で楽しめるし、敵側の正体が判明したところから、敵側に自分の正体がバレそうになるまでのシーンの緊張感やじわじわとくる恐怖感など、おっとなる映像もある。

「尋問モード」とかさりげない小ネタギャグの出し方ーーこのネタ、後で、車を借りるときに「声を太くしている」映像でもう一回さりげなく出してるみたいなのも含め、クールで面白い。この、ギャグの出し方がクールで寒くない(ダジャレ?)ってのは大きい。

私がアメコミ映画の嫌いな部分も結構解消されていて好感が持てる。ただ、設定や脚本、アクションシーンはちょっと雑」

って感じです。

 

 

アクションシーンは、アベンジャーズとかウィンター・ソルジャーレベルに視覚的に興奮する感じには及んでいないのはまあ規模感が違うからともかく、

アイアンマン3のような、何というか戦闘シーンの「これがこうなってこうだからこう」みたいなピタゴラスイッチ的面白さ・画面的凄さもあまりない。一応ピーターってかなり頭良い設定だから頭は回るはずだし、スタークから性能の良いスーツ貰ったんだから、アイアンマン3みたいな作戦のピタゴラスイッチ的面白さを追求してもいい気がするんだけども

 

かつ肝心のラスト戦闘が、画面の背景が暗くてなんかやたらと光が強くてスピードも速すぎて正直「何やってんのかあんまよく分からない」という致命的欠陥があるのは…どうなんですかね…私の目が悪いだけか…?

ピーターが飛行機の何かを何かして、「成功した?」って言ってるシーンがあるんだけど、何がどう成功したのか、画面が暗すぎて&速すぎてよく…わかんなかった…

あとどうかと思うのは、シビル・ウォーとの整合性っすよね

今回のスパイダーマンは、割と敵にガンガンやられてる失敗シーンが続き、ぶっちゃけ結構弱くて、もちろんそれは半人前ヒーローたるピーター・パーカーを描くためにはそうする必要があるのは分かる。そうでなければならないのは分かる。

が、

しかしだって、シビル・ウォーで結構、ファルコンとかバッキーとか相手に比較的対等に戦ってたやんね、スパイダーマン

 

グーがチョキに勝つ…みたいなジャンケンではないけど、

つまり、スパイダーマンが、前作で「ファルコンやバッキーと比較的対等に戦っていた」ということと、今回「普通のおじさんである奴等に結構負けてる感じ」ということを合わせると、「ファルコンやバッキーも今回の悪役よりやや弱めくらいの強さ」ってことに…なりませんか…?

いいんすかそれ…?

しかもそうだとすると、敵集団が「アベンジャーズと戦ったら負けるから奴らに見つからないよう隠れないと」とか言ってるのと整合性が取れなくなるし

 

という設定の雑さは、ピーター・パーカーを巡る人物設定みたいなところにもちょっとあって、

今作のピーターは、内向的ないじめられっ子みたいな感じではなく、ギークではあるけどベラベラ喋るお調子者感が強くてむしろそれは、ロバート・ダウニー・Jr.との掛け合いの相性やトムホ君自体の魅力との相乗効果が出て良い、と言ったし、

学園生活を次々切り取った映像で、

「好きなことや内輪では饒舌に盛り上がるけど、女の子やリア充を前にすると萎縮気味なダサめのオタク系ギーク学生」「ただ頭は良い」

という主人公像を観客に理解させる手法もスマートだし、こういうギーク系像ってのも如何にも現代的だと思うし、

親友のネッドなんかも、(これは私がアメコミ映画嫌いな3つめの理由だが)「ポリコレに配慮してアファーマティブアクション的に白人以外をとりあえず出しました」的添え物感が随分減って、ちゃんと血の通った魅力的な人物として登場するのも凄く良い

(マイティ・ソーキャプテン・アメリカでの、白人以外のその他大勢感とかマジ酷いもんね)

 

ただ一方では、これまでのスパイダーマンの「非リアの自分では手の届かない高嶺の花に恋をしている」「割と冴えない、リア充にバカにされたりしてる」みたいな部分を残しているのだけど、この描き方がなんとも中途半端なんすよね

っていうのは、だって、主人公の恋の相手も、「ペニス・パーカー」とか言ってるいじめっ子(なのか?)も、ピーターと同じ(文化系)クラブだしさー

いや、アメリカのリア充チアリーダーとアメフト部みたいなのって、偏見?? gleeの見過ぎ??

しかし、「見るからに、ひ弱っぽい主人公とは別の世界にいる高嶺の花の女の子&いじめっ子orリア充」感が見た目という意味でも、「設定(同じクラブだし、普通に喋ってるし)」という意味でも、ほぼZEROじゃないっすか?

でここで同じクラブにしたのは、学力大会でワシントンに行った際に塔が崩れかけるのを助けるシーン入れるために楽だからってだけっしょ多分

じゃあ別に中途半端にそんな設定残さなければいいのに、と思った、ギークの鬱屈が本質でもないんだしさ

  

 そこは細かい部分だからどうでもいいにしても、

物語の本軸に関わる脚本の雑さとして、

「ピーター・パーカーが一人で戦うことを描くために、スターク側が結構間抜けに見えてしまう」

ってのは…いいんだろうか……

勿論、あそこで一人で戦うからこそグッと来るわけだし、天井の下敷きになって思わず「誰か助けて…」って弱音を吐いてしまうピーターつかトムホ君は本当に可哀想で可哀想で涙を誘うし、でもそこからたった一人で立ち上がるシーンまでの流れはこの映画一番の名シーンとも言っていいし、だから一人で戦わねばならないのは分かりますよ

 

しかし、しかしだよ。

武器密造されてるってのを知っているはずなのに、ピーター側の連絡をまともに取り合わず結果的に飛行機破壊されてるハッピーとか、正直マジでクビになっても仕方ないレベルだし、

「(武器を密造している奴がいるというピーターの警告を)無視してるわけではない」とか言っていたトニー・スタークだって、それ以降何か対策してる感が無いっていうか自分たちの飛行機が狙われるまで事態が進行しているのに無策っていうか

どの口がアベンジャーズに任せろって言うかって感じじゃないっすか?

つうか今アベンジャーズってバラバラになってるんちゃうの?? キャプテンやバッキーいないし他のキャプテン陣営は捕まってる?逃亡中?だし、ローズ中佐は負傷中だし誰残ってんの??

(そもそも、アベンジャーズの一員!とか記者会見開いてる場合なんやろか…)

 

スパイダーマン」単作として見れば、スターク側が間抜けでも別にいいんだけども、これまでの流れを汲み今後も新しい作品が制作されていくMCU作品シリーズのうちの一つ、という位置づけからすると、そんな間抜けに見えちゃあマズい気するんだけど…

 

あとね、あんだけ、子どもはそんな大きな「責任」を負うべきではないって至極もっともな理屈でスパイダーマンを止めていたスタークが、自分らの飛行機救ってくれた(いやまあ壊してるけど)くらいでピーターのアベンジャーズ加入を認めるのも心変わりの理由としてよく分かんないし。

 だって別に、そもそもトニーがピーターを止めていたのは、「ピーターが弱い」とか「戦力として力がない」からではなかったですよね?

大きな力を行使するには責任が伴うことをこれまでの戦いで散々実感し、そんな責任を子どもが背負うべきではないと思っていたからですよね?

じゃあ別に、そこでスタークが、自分たちの危機を救ってくれたことでピーターに感謝をし力があるなと見直したとしても、アベンジャーズに加入を、となるのはちょっと流れとして微妙つうか脚本がやや雑な気するんだけど…

 

それとも、スタークは全て把握した上で、敵側が誰で何をしようとしているとか、ピーターがどちらをとるかとか、全部を把握した上で、全部が

「テスト」

だったんですかね??

それで、ピーターの決意に救われたということなんですかね??

まあ、その方がまだ納得出来るかもしれないし多分スタークなら可能なんでしょうね…

 

だってこの映画でのトニー・スターク、ピーター・パーカーの事を気に留めていないようでいて、会話の中でさりげなく

チュロスの女性とか」

とか言ってんですよね。つまりあれ、ピーターが毎日ハッピーの留守電に入れてる「報告」の内容をちゃんと聞いていてちゃんと覚えてるっていうシーンっすよね。

敵側は誤解していたが全然「気に留めていな」くないんですよねめっちゃ気にしてる!!!

全部を把握した上でのテスト、やりかねねーーー