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センチメンタルの涅槃

読書、漫画、映画感想用。中二病と喪女をこじらせた24歳。吾妻ひでお、山田花子、真造圭伍、九井諒子などが好きです。

【琥珀】ハイロー=「AKIRA」説【さんをつけろよデコ助野郎】―HiGH&LOW THE MOVIE 応援上映感想

※既に見ていることを前提としているものなので存分にネタバレしています。

 

ドラマ版はちょいちょい観ていたし「観ると頭がおかしくなる」という大絶賛評は前々から耳にしていたのだが、先週の「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」やその後の、「放課後クラウド」を聴いて、

遂ぞ、9月24日「HiGH&LOW THE MOVIE」応援上映(@新宿ピカデリー)に足を運ぶことを決意した私。

 

www.tbsradio.jp

 

前評判がよく、自分も最初は絶賛するつもり満々で行った「シン・ゴジラ」は、脚本の運びや粗からいまいち乗り切れなかった(↓ちなみにその時に書いた、懐疑感想記事がこれ。はてな匿名だがボロボロに叩かれた) ので、

 

anond.hatelabo.jp

 

若干の不安は残っていたが、結論から言うと、超面白かった。

もちろん、「シン・ゴジラ」以上に脚本や演出や設定に穴やツッコミどころが有り過ぎるというかむしろ穴しかないし、普段の自分からすれば、絶対に120%嫌いなタイプというか馬鹿にするタイプの映画のはずなのだが、一周回って逆にアリ、とかじゃなくて普通に超面白いし楽しかったいや、次々に登場する登場人物たちに送られる黄色い声援や各々のチームのキャラソン(キャラソンという表現が適切なのかは不明だが…)に合わせた光るサイリウム、音楽であがるテンション、口ずさみ、大乱闘シーンへの応援の盛り上がり、「琥珀さん!」「なんでわかってくんないんすか琥珀さん!」「目を覚ませよ琥珀さん!」「琥珀さん!!」に、

「何となく楽しかった気にさせられた」

のかもしれないが、そういう意味でも確かに、この映画は非常に応援上映向きというか宇多丸の言うように、応援上映によって「完成」するものなのかもしれないと思った次第である。

 

応援上映によって完成する「HiGH&LOW THE MOVIE」 

 

応援上映によって完成する、というのは、そうした「音楽や乱闘と一体になって盛り上がることで何となく楽しかった気になる」、また、「ツッコミどころがありすぎるので観客からツッコミを入れることによって面白くなる」といったことのほかに、

そもそも、映画の演出や構成自体が非常に如何にもライブちっくというか、歓声ありきで成り立つ感じなのだ。

 

例えば冒頭で、ナレーションやドラマ版からの流用動画で構成される各々の登場人物のキャラクターやバックボーンの説明の度に、いちいちかっこいいフォントで「コブラ」「琥珀」とか入れちゃうのとか、この映画の登場人物の強い特徴に、総じて、やたらと登場タイミングが良すぎるというものがあるが、戦いの最中、一触即発の最中に、どこでどう時間と場所を嗅ぎ付けたのかの説明も特にないままキキーっと主要キャラがその場にバイクを乗り付けて来たりするのとか(特に雨宮兄弟な。あの二人の神出鬼没ぶりは一体…いやまあかっこいいんだけど…)、

普通に考えれば映画作品としては完全に反則技なのだが、「歓声を入れるタイミング」として捉えると、非常にバッチリ来るのだ。

(映画)「コブラ!」(観客)「キャー」「コブラ―!」(映画)「鬼邪高校!」(観客)「村山ー!!」

(映画)「キキ―っ(広斗登場)」(観客)「広斗ー!!」「雨宮兄弟キター!」「キャー!」

 

アイドルがライブの序盤で、一人ずつ、「いつもにっこり笑顔、小さくたって元気全開、ゆりりんです☆」みたいに紹介し、「うおおー」と盛り上がるのとメンタリティとしては近いような気がする。

 

更に、最後の大乱闘に向かうために、SWORDの各チームが各々、バイクや車でどんどんと終結して最終的に「マッド・マックス」のパロディと化すくだりも、

 

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何でお前らたぶんあんま金ないのに(特にRudeBoys)そんなバイクとか車とか持ってんだよ? という野暮な問いはともかくとしても、冷静に考えるとちょっと意味が分からなくないですか。

事前に琥珀さんから、「2日後にマイティウォリアーズとダウトを引きつれて…」という説明があった山王連合会が現場に向かうのは分かるのだが(いや細かいことを言えば、俺の言う通りにしろっつってた琥珀さんがその後コブラとヤマトの様子を見張る様子もなく好き勝手にさせているのも実はよくわかっていないが)、他のチームは一体いつどこでこの情報手に入れた?? そんな場面ありましたっけ?? 何故やはり、別に示し合わせたわけでもないのに、ベストタイミングで同じ場所に集結できちゃうんだ??

それとも、“グループ SWORD”みたいなLINEグループでもあるのか??

 

いや分かる、マッドマックスがやりたかったんだろう。かっこいいもんな。やりたいよ。

しかしこの、冷静に考えてしまうと理屈が分からないシーンも、「歓声を入れるタイミング」ありきで考えると、意味不明どころかむしろこれ以上ないくらいベスト演出なのだ。最初は山王、そして村山たち、村山たちの後からやってくる鬼邪高校、ホワイトラスカルズ、ルードボーイズ、達磨、が順番に続々と同じ画面にやってくることで、観客たちは、順に、名前を呼びきゃあきゃあと叫ぶタイミングを得、大乱闘に向けて気持ちとテンションもどんどん高まっていくのである。

 別に最初から応援上映のために作られたわけではないのに、結果的に、非常に応援上映と親和性が高いものになってしまっているというのが、日頃ライブやパフォーマンスで活躍するアーティスト出身のプロデュース映画っぽくて面白い。

 

 

個人的に気に入った「観客ツッコミ」(@2016年9月24日新宿ピカデリー) 

 

しかし、この応援というのもただ名前を呼んだりきゃあきゃあと言っているだけではなく、作中の粗や台詞に対し、至る所でツッコミが入ったりする。

観客は、おそらく元からのLDHファン以外にも、キンプリなどで鍛えられたオタク勢も結構いて少なくとも自分の両隣は完全にオタクの人だった。

 

九十九さんが、ヤマトの実家(バイク屋)にやってきて話していくくだり、途中までは入口付近にナオミがいたはずなのに、カットが割られた次のシーンでは何故かいる筈の場所から消えていることについて、

「ナオミどこー?」

とか、

コブラとヤマトが、琥珀さんについて考え苦悩しているシーンで、時間の経過を示すために、同じ背景を映したままヤマトの立ち位置とポーズだけが変わっている場面で、

「アハ体験!」

とか、

琥珀さんが誰かに殴られたあと顔を上げ、何かを拭うように口を手で拭くところで、

「大丈夫血出てないよ!」

とか、

 

おそらく、どこかの誰かが「開発」し、その場にいたもしくはネットで耳にした他の誰かが違う回でも使うことによって、「継承」されていくツッコミのパターンや、ご飯が出て来たら「美味しい?」、危ないシーンでは「後ろ!!!後ろ!!」、だれかに煽られたり喧嘩を売られたときのシーンでは、「抑えて!!」「我慢して!!」など、ある種の、ここではこういうという型みたいなのがある程度は出来ているのだろうけど、

そういうのとは他に、たぶんここで初めて誰かによって発せられたであろうツッコミで特に気に入ったというか、作品の理解力の助けになったのが2つほどあった。

 

一つ目が、SWORD潰しのための大乱闘について、ナオミとヤマトが話し合っているときの、ナオミの台詞の後で発せられたもの。

(ナオミ)「明日は兄貴の命日なんだ」

(観客)「だから2日後なんだねー!」

 

2日後というのは、その前日に琥珀さんがコブラやヤマトに「2日後にマイティウォリアーズとダウトを…」といった時の、「2日後」を指しているのだが、つまり、表面上はSWORD潰しのため、実質的には、ナオミの兄貴(=タツヤさん)が死んだのを自分のせいだと思う琥珀さんが、九龍に復讐として刺し違えるため の乱闘が、タツヤの命日に設定されている、というのを指摘したもので、

このツッコミについては、感心した他の観客から、

「おー」「なるほど!」と、拍手まで送られていて笑った。

 

そして2つ目が、

劉に連れられ、ダウトかマイティウォリアーズかどっちかの陣地(どっちか忘れた。つうかあれはどこにあるんだほんとに)で、湾岸連合軍VSルードボーイズ の乱闘を見たあと、そこで偶然、西郷(刑事)に会う九十九とのシーン。

(西郷)「琥珀が…」

(観客)「“さん”をつけろよ!!」

 

デコ助野郎は言っていないが、私はこの野次により、

なるほど! 確かにハイローは「AKIRA」だ!!

と、天啓を得たのである。

琥珀さんの中の人がAKIRAだという話ではなく、いやもちろん琥珀さんの中の人がAKIRAだというのも掛けてはいるのだが、この場合の「AKIRA」とは大友克洋のアニメ映画の方である。

 

 

ハイロー=AKIRA 

 

映画版の「AKIRA」というのは、めちゃくちゃざっくり言うと、不良グループの一員である鉄雄という少年が、バイクでの暴走行為中うっかり事故にあい、そのおかげで超能力を手にしてしまい、それまでの引け目から、俺最強!!!と、超能力で破壊&殺戮行為を繰り返し暴徒化するのを、鉄雄と同じ不良グループのリーダーであり、かつて同じ施設で育った幼馴染の友人、金田(&その他)が必死で止めようとする話である。

もはや手に負えなくなった鉄雄を何とかしようと、他の組織たちも動いているのだが、金田は、友人のケリは俺がつけないと、友人だからこそ俺が始末をつけないと、と自らの手で仲間の始末をつけようとするのだ。

(AKIRAどこやねん、という話だが、後はググって欲しい)

 

翻って、劇場版ハイローも、昔の仲間の死によってメンタルを病み(AKIRAが暴走したのも原作では友達が死んだからだよねー)、自ら諸共というか周りを盛大に巻き込んで九龍に復讐を果たそうとおかしくなってる感じの琥珀さんを、仲間たち=九十九さん、コブラ、ヤマト が必死で止めようと、何とかしようと拳で頑張る話である。バイクで暴走行為をするグループ仲間というあたりも共通している。

 

金田も、九十九たちも、かつての仲間が暴徒化したのを、「裏切られた」と思って「怒った」から、殴ったり攻撃したりしているわけではない。「友だちだから」なのだ。行動原理は同じ、

つまり、

「ムゲンは仲間を見捨てねえ!!」

の精神なのだ。あんなんになっても、どんな酷いことをしても、見捨てていないからこそ、の行動なわけである!

 

そうした、ムゲンは仲間を見捨てねえメンタリティを行動原理とする話であるという共通点のほか、「俺とお前」の関係が、「世界の崩壊」にそのまま直結するいわゆるセカイ系であるというあたりも一致している。

 この夏の大ヒット映画「君の名は。」がセカイ系であるところは既に多くの人が指摘しているが、ハイローも充分にセカイ系じゃないですか。

それは、駅で喧嘩しようが教育機関のはずの高校にカチコミをかけようが1000人単位で乱闘しようが街が一つ燃えて人が沢山死のうが警察とかがほとんど出てこない(その割には、高校生ボコッても捕まらないのに大学生殴ったノボルは逮捕されていたり、劇中でヤマトが「警察は俺らの言う事信じねえ」とか言っていたり、完全にいないわけでもないらしくこの地域の治安維持構造については非常に謎)という話より、もっと根本的なところで。

 

「HiGH&LOW THE MOVIE」でよく分からない点は多数あるが、中でも一番の謎は、

 

「え、何でそれで大乱闘終わっちゃったの!?」

 

ではないだろうか。そもそも、何故、別に示し合わせたわけでもないSWORDの各チームが同じタイミングでそれぞれ集まって(どう情報入手したんだ)、別に何も言っていないのに一緒に共闘することを全員が納得しているのか(映画の中のストーリーとして、今回のピンチ、一緒に戦おうぜ!みたいになっていくのかと思いきやそういう流れとか事前説明何もなし)というのも非常に不可解というか、本来その共闘過程を映画で描くべきなのでは、と思うが、

ヤマトとコブラと九十九さんが、拳を交えた末、琥珀さんの説得に成功したからといって、山王以外の他のチームが、喧嘩を止める理由には別にならないはずである。だって、彼らは、自分たちの陣地とか商売とかが、マイティウォリアーズとかダウトとかに妨害されたりボロボロにされたり地元爆破されたり女連れ去られたりしたから報復と、やっつけにきたわけじゃないですか。琥珀さんが説得云々とか関係ないじゃないですか。

それを何故、戦場となったライブハウス(?)から出て来たコブラが、勝利宣言として腕を突き上げただけで、

全員が全てを察し(え、そういう戦いだったっけ??)、乱闘が終わったことになるのか。

この映画の人物たちは、登場タイミングも良すぎるが、変なところで物分りが非常に良すぎやしないだろうか。

 

しかし、こういうツッコミはこの映画には野暮ってもんである。

いいのだ、それで。ハイローは世界の範囲が著しく狭いだけで(しかし彼らにとっては自らの地元が世界なのだ)セカイ系なんだから。琥珀さんと仲間の関係が世界の崩壊の危機を招き、九十九さんの愛が世界を救うんである。

これと、AKIRAを同じにするとアニメオタクから怒られそうだが、AKIRAも、金田への引け目、劣等感という、金田―鉄雄 の関係性がそのまま世界の崩壊云々に直結しているという点で、セカイ系であろう。

 

と、ここまで、ハイロー=AKIRA 説を提唱したところで、

ゆえに、西郷が「琥珀が」と呼び捨てにするシーン、次はぜひとも、こう叫ぶべきだ。

 

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大乱闘スマッシュブラザーズ腐女子垂涎のカップリング祭り 

 

と綺麗にオチがついたところで終わりにしとけばよかったのだが、腐女子としてはやはりどうしてもこの話はしておきたいじゃないですか。

ハイローはセカイ系、と先程述べたように、「HiGH&LOW THE MOVIE」の基本物語が、

「今は亡きタツヤさんの影が離れない琥珀さんに、愛は自分の方に向いていないと分かっていながらも、それでも彼のためになれればと黙って寄り添い続けた九十九さんが、最終的には、何とか琥珀さんを自分の方へ必死で振り向かせようとするトライアングル・ラブストーリー」

であることに間違いはないし、エンドロールの、タバコに火をつけるところ(やはり男同士のラブを描くには「タバコに火をつける」ないしは「シガレット・キス」が必需品であると改めて思った。風立ちぬとか青い春とかな…)や、呆けた琥珀さんと寄り添う九十九さんの半端ないこれでもかの「事後感」は、応援上映でなくとも、ヒューヒューー!!! と叫びたくなるほどだが、

 

そもそもこの映画は、ある種ファンのための「お祭り」=もしあのキャラとあのキャラが共闘したら という物語上の交錯に、更に、あの中の人がこんなキャラを、あの中の人とこの中の人が、という実在人物同士の関係性も加わった二重構造をも楽しむために作られているものであろう。大乱闘ではまさにそうしたサービスシーン満載。

すなわち、マリオとピカチュウが同軸で戦う大乱闘スマッシュブラザーズである。いや間違えた。腐女子的解釈のパラダイスである。可能性は∞である。

 

個人的には、村山の立ち振る舞いや、飄々としていて可愛げや華奢さもあるのに喧嘩大好きで鬼強いというキャラ設定は、もー腐女子が好きそうな設定てんてこもりかよ狙い撃ちかよって思ったし、村山⇒轟 のデコピン からの、轟⇒村山 の流れにも大変萌えたが、やっぱり、登坂くん演じる雨宮弟(広斗)と窪田正孝演じるスモ―キーですよねーシュッとしたヤンチャ系と無口病弱って組み合わせもねーたまりませんよねー

兄ちゃんべったりではあるが基本マイペースな雨宮弟と、弟の好き勝手に振り回され「お兄ちゃんの話を聞きなさい!」とかいっちゃう(そして普通に無視される)雨宮兄も捨てがたいんすけどねー

 

しかし、スモ―キーのピンチに、キキ―っとバイクをめちゃくちゃかっこよく乗り付け、ぼこぼこと相手を倒し、スモ―キーと背中合わせ共闘する様は、まさしく王子様である。

広斗の王子様っぷりは更に続き、知り合いの医者の元に運んであげたり、身体を心配し病院行けと札束をスモ―キーの妹に渡してあげたり、満身創痍のスモ―キーに託されて、代わりに、拉致られた妹を救出に行ってあげたり(まあ途中で全部兄に押し付けてELLYと喧嘩しちゃってるが…)、この映画の中で、確実に広斗とスモ―キーの間に深い交流が芽生えていることは間違いない。

 

広斗が何故、兄ちゃんを探すのにスモ―キーの元に行ったのかはよく分からないし別に結局スモ―キーから情報を得たわけでもないが、いいんだよ! 広斗とスモ―キーが並んでたら萌えるって理由だろそんなものは!!!

それに、「兄弟を何より大事に思っている」「兄弟を探している」っていう共通項もある。ララやスモ―キーを助けてあげるのは、同じく、兄弟を大事に思っている広斗でなければならなかったのだしたぶんだから広斗は力になってあげたのだ。この関係性も萌えるじゃないですか。

 

更に、個人的な萌えポイントとしては、乱闘が集結し、皆がそれぞれ帰路につくシーンのあと。

ダウトに拉致られたララが、スモ―キーの元へと戻って来る場面。

これ、おそらく思い違いでなければ、確か、広斗は既に、ベッドに寝ている「スモ―キー」側(部屋の中側)にいるんですよ。普通に考えれば、スモ―キーに、ララを助けてくれって言われてんだから、広斗はララと一緒に帰って来るべきじゃないですか?

脚本の粗かもしれないという可能性はさておいて、ここは、あの後、広斗は急いでスモ―キーの元に駆け付け、寄り添ってあげていたに違いない、という解釈を掲げたい。

 

急いで!戻って!駆け付け!寄り添って!あげていたのだ!!!

これが愛でなくてなんだろうか!?

 

かように、腐女子へのエサも満載なハイロー、次作は遂に雨宮兄弟メインの話と訊き、あの弟に振り回され苦労性な次男とマイペースな三男の上に、「長男」が入ると、各々どういうキャラになり、互いにどういう関係を見せるのか、これは是非ともチェックせねばと今から楽しみである。

 

鑑賞日:9月24日

 

【↓続編・「RED RAIN」の感想↓】

 

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

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