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センチメンタルの涅槃

読書、漫画、映画感想用。中二病と喪女をこじらせた24歳。吾妻ひでお、山田花子、真造圭伍、九井諒子などが好きです。

超人気俳優ばかり使った東宝配給映画なのにあんなハイコンテクストで大丈夫か?――映画「何者」感想

漫画好きと言いつつ何か最近ずっと映画の話ばかりしているような気がするが…

 

超人気俳優ばかり使った東宝配給映画なのにあんなハイコンテクストで大丈夫か?――映画「何者」 

 

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今でこそ希望の職種に就いているものの、私自身は、リアルに、大学4回生の卒業式の日まで無い内定だった就活戦線超絶負け組なので、

 

「でもさー所詮こいつら(※俳優)誰も就活なんかしてないで有名になった側だしさー朝井リョウだって、男性としては最年少で、っていうか今の私と同じ年で直木賞受賞した作家かつ就職市場でも、この映画の配給先である東宝に入社するような、完全に“何者”かになれてる側だしさー」

という嫉妬心を捨て去って観ることができるか? 的不安は残っていたものの、流石、全員主役級だけあって俳優は皆良かった。

 

特に、憎めないリア充大学生役の菅田将暉は、ほんとに、“光太郎”としか言いようがないほどの実在感、そして、こいつならそりゃ内定取るよなーって愛嬌、対する主人公・佐藤健も、中の人はイケメン人気俳優のはずなのに、多くを語らない抑えた演技で、“いかにもいそうな大学生”にしか見えない、という巧さで、流石という感じ。

 

ただ、そういう、題材は青春系で、東宝配給、全員主役級の人気俳優、にも関わらず、巧妙ではあるが、多くを語りすぎずオーバーにせず良い意味で抑えた演技や演出ゆえに、

 

これ、ちゃんと観る人に伝わってるか??

 

考えすぎというか私が観客を舐めすぎで、別に普通に伝わってるなら全然いいんだけど。

というのは、私はこの映画について、原作を比較的忠実になぞりつつも、映画ならではの演出も巧い上、邦画にありがちなうんざりするような過剰さもなく、冒頭と終盤とメッセージがしっかり繋がっている巧みさもあって、かなり良いではないかと思ったけど、観終わったあと、劇場で、「なんかよく分からなかった」という声をちらほら耳にしたからである。

 

「就職活動を巡る青春映画(と恋)」という分かりやすい物語を期待するとちょっと違って、もちろん、あらすじ上は就活の話ではあるし就活を巡るイヤーなプライド争いみたいなものも描かれてはいるのだが、

そこで主に焦点が当てられているのは、人間の見栄と承認欲求のあり方、ゆえ、

主人公・二宮拓人のように、「周囲を俯瞰して見下し言語化するその分析眼とセンス」で、自らのアイデンティティを保ち、その観察眼とセンスこそを、自らが「何者」かである(かもしれない)、という根拠の礎とし、周囲の賞賛と承認を得ようとしたことがある人以外には、なかなか主人公の行動原理と感情を理解できないだろうし(ここで今書いたことを、どういうことか分からないと思う人は多分映画も分からないと思う)

周囲を俯瞰したり頭の中で考えてるだけで自分で何も生み出さない間は、所詮お前は「何者」にもなれないんだよ という作中のメッセージも伝わらないのでは?

 

というのを根本的問題として、

 

更に、登場人物が何を思っているか、何でそういう行動を取ったか、というのを理解するには、まず、人物の視線や、視線の先の“映り方”、声のトーン、空気感の気まずさ、雰囲気、ある前のシーンを、「ライブでわかったんです、彼を見るときの視線が違う」みたいな全然別のシーンでの別の舞台上の台詞で説明している演出、みたいな、「映像作品」を鑑賞する際の素養がある程度は求められる。

たとえば、比較的分かりやすいところでいえば、劇中で、佐藤健演じる主人公は、有村架純演じる観月を好きだとか一度も言葉にしていないが、そういうのは、上に書いたような要素要素で汲み取っていくしかないわけだ。

そして、主人公や登場人物たちが文章や言葉にしているものが必ずしも、作中での“正しさ”や、“伝えたいメッセージ”ではないのだ、という読解力みたいなのもいる。主人公の語り=正義 みたいな素直な見方しかできないタイプの人だとたぶんキツい。

 

また、そうしたニュアンスでいけば、

二階堂ふみ演じる、「意識高い系」(留学、学生団体、ボランティア等のアピール、学生なのに名刺持っちゃったり、OB訪問アピール、仲間アピールなどなど)や、岡田将生演じる「クリエイティブ・ワナビー」(スーツ着ない、付和雷同でない自分こそ個性的で至上、就活に頑張ってる知人たちを尻目にひとり哲学書を読んじゃう俺、みたいな感じ)、

とかの持つ「痛さ」、「あるある」、などのニュアンスをちゃんと読み取れる、ネット的知識と読解力というか言ってしまえば、2ちゃんねらー的性格の悪さも前提として必要の気がする。

 

なんというかなあ、東宝映画のくせに割とハイコンテクストなのである。

 

私は、原作も読んだことあるし、岡田将生演ずる隆良+主人公の拓人 みたいな、痛いワナビー系なので(大学4回生2月のときの、無い内定向け合同面接会でこういうタイプの人、マジで数人見たなあ…)、ここで描かれているようなことって、すっげえ分かるけど、

他人の見栄とかアピールとか承認欲求なんかを気にしなくても真っ当に生きていられるからあんまピンと来てない人も少なくないんじゃないか?? 大丈夫か??

挑戦したなあという感じ。

 

 

これって、スクールカースト底辺側じゃないと、「桐島、部活やめるってよ」のあの厭な感じが分からないみたいなのと似たようなものかもしれないが、

原作者である朝井リョウの凄さは、本人自体はカースト上位側、リア充側、「何者」かになれている側なのに、ああいう底意地の悪いクソ非リアみたいな視点を持ててしまっているところこそにあるよなあと思う。自分は早稲田でダンスサークルとか学祭実行委員とかやって東宝に内定貰っちゃう側なのに、偉そうに文学批評したり痛いファンタジー創作とかしたりしてるだけの、文学サークルのオタクみたいな奴を尻目に、小説家としてデビューしている、という価値やそれに対する周囲の評価をも、内面化しちゃっているあたりだよなあと思う。

 

と考えるとこれは、

朝井リョウ(笑)とかdisってるお前ら、一本でもまともに小説完成させたことあんのかよ、所詮、頭の中にあるうちはいつだって傑作なんだよな(笑)!!

というメッセージのようにも捉えられる物語だけれども、

以上のような理由で結構、朝井リョウ好きなのですよ。非常に現代っぽい。

 

更に、この映画では、原作の物語を比較的忠実になぞりつつも、原作の持っていた“説教臭さ“を、説明過剰にせず、上手い具合に消していて(ゆえに分かりにくいのかもしれないが)、かつ、映像ならではの独創的な表現も加わっているので、そういう意味では原作を越えているところもある。

途中途中のニュアンスこそ、ある種の素養や、性格のクソさがないと伝わりにくい部分はあるかもしれないが、「何者」のメッセージは割とシンプルというかストレートだ。

 

“他人を批評したり頭の中で“傑作”の構想を練っているだけで、自分では何もしないうちは、お前は永久に何者にもなれねえんだよ”

(それが、劇中でキーとなる、“ギンジ”と岡田将生演ずる“隆良”の違いなわけである。どんなに笑われても酷評されてもダサくても痛くても、ギンジは毎月、ほかでもない自分の作品を毎月毎月生み出して公開しているのだ)

“140字や1分間で語られないところにこそ、その人の思いや姿があるのかもしれないのに”

 

そうしたメッセージを伝えるための、クライマックス・終盤に向けた映像ならではの演出は音楽の高鳴りも加わり、かっこいい。

本当は演劇(創作)で何者かになりたかった拓人は、「でも、そういうクリエイティブで飯食ってくみたいなワナビーって、ダサくねえ? 痛くねえ?」みたいな、自分自身をも客観視しちゃう俯瞰癖ゆえに、演劇・自分で何かをつくることで何者かになる、ことを諦め、自らのアイデンティティや、承認の根拠を、他者への批評という“分析眼”に求めていくわけだが、

主人公がそういうタイプの人間であることの説明を、意識高い系disりとかそうした行為で誰かに認められたいと思っている人間なのだという説明を、

主人公が打ち込んでいた「演劇」に因んで、演劇の舞台を舞台装置とし、舞台‐演劇(主人公が観ている○さんと×さん)‐それを観て批評する主人公‐更にその様子を観る観客‐観客からの賞賛

という映像構造で、視覚的に説明する手法も、見事だと思う。

 

冒頭の、「面接の自己PRはTwitterと似ている、文字制限、決められた型の中で、最大限に表現する必要」云々という語りと、

終盤の、「すみません、1分間では語りきれません」が繋がっているところもいい。繋がっている上で更に、作品が表現したいメッセージを間接的に伝えているというところもいい。

「1分間では語りきれません」――SNSなどの表面に現れる誰かの行為だけで他人をカテゴライズして分かった気になっているような主人公が、本当に語りたいことは、本当に思っていることは、1分間の、140字の、外にあるのだということに気が付くシーンなのだ。

 

 

ということで、俳優の演技・演出・テーマ・テーマの見せ方、私は今年ベスト級で好きだけど、万人が観てちゃんと面白いと思うのかは、やや不安が残る作品ではある。

むしろ、分かんない方が幸せで性格が良い証拠なんだと思うけどさ。

 

 

●鑑賞日:2016年10月16日