センチメンタルの涅槃

読書、漫画、映画感想用。中二病と喪女をこじらせた24歳。吾妻ひでお、山田花子、真造圭伍、九井諒子などが好きです。ボーイズラブの話多し。

美術館BL

美術館ナンパを勧める炎上記事からインスピレーションを得た美術館BLを書きました!!

因みに私は絵画にはまったく無知なので画家名とかは架空です!!

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 「お父さんさ、分かんないなら無理しなくていいから。つーか、美術館でベラベラ喋んないでよ…もう帰れば?」

 絵美はうんざりした顔で私の話を遮ると、こっからは別行動で、と有無を言わせない足取りで何か湖畔のようなものが描かれた絵の方向へ去っていった。もちろん、いくら私だって途中から、付け焼刃丸出しの話に彼女が苛々し始めているなというのは気付き始めていたけれども、およそ5年ぶりに会った娘との間を持たせるには話し続けるしかなかったのだったし、話題も娘の好きな絵の話くらいしか思い浮かばなかった。私と娘の唯一の共通知識といったら妻くらいだけれども、その妻だって2年前に家を出ていってしまった。

 一週間前、東京で働いている娘から週末に帰省すると連絡があったとき、いよいよ結婚の報告でもしてくれるのだろうかとぬか喜びをしたものだけれど、そうではなく、「ナントカ展が近くで開催されるから」ということだった。先に東京でやっていたけれども、その時は忙しくて行けなかったのだという。電話口で話す娘の口調に、直接口には出さないにせよ「どうせ(田舎者の)お父さんは分からないだろうけど」と私を小馬鹿にした態度が見てとれた(いや電話なので見てはいないが)ので、お前だって田舎出身のくせに、誰が東京の大学に行かせてやったと思ってるんだと内心噴き上がったが確かにそのナントカが何なのかは全然見当もつかなかった。

 なので、本屋で検索機にかけて出てきた本を購入した程度の一夜漬け知識を頭に詰め込んだのは、娘との話題が特に見つからなさそうだという懸念もあったが、俺だってその程度の教養はあるのだという見栄の方が大きかったのかもしれない。

 しかし絵美にはそんな父親の思惑などお見通しのようで、とうとう別行動を宣言されてしまったのだった。「あと、それ俗説ってか都市伝説で1997年の論文でとっくに否定されてるやつだから」という言葉を残して。

 

 置いてけぼりを食らってから、しばらく一人でギャラリーをぶらぶらしていたものの、やっぱり私には絵を見て何が楽しいのかはよく分からなかった。もちろん上手いなあとかこんな細かい絵よくかけるなあとは感心するけども、それ以上でもそれ以下でもない。車や野球は動くし変化があるから面白いけども、絵は動かないし。早々に展示室を出て、ロビーへと戻る。どこか腰掛けるところはと探したが、休日なのもありどの椅子も満員のようだった。

 このまま娘を待つべきか、もう帰れと言われたくらいなのだから、さっさと帰ってしまおうかーー

 と、その時、斜め後ろの方から

「もう嫌!!!」

と、美術館内でどうにか黙認されそうな限度ギリギリくらいの大きさで叫ぶ女の声が聞こえた。その声に、私だけでなく近くにいた人々が何事かと目を向ける。見ると、早足に外への出口へと向かう若い女性を、男がおろおろしながら追いかけている。

「待ち時間も超長いし、人多いからよく見えないし、おまけにあんたが絵見てる時間も長いし!!! もー我慢できない!」

 女はまくし立て続けながら歩く。ああ、遊園地とかでよくあるやつだな、と私は苦笑してその男女から視線を外す。むかし、まだ絵美が小さかったとき、よかれと思って遊園地に連れていったらあんな感じでもう帰ると騒がれたことがあった。あのときはあまり忍耐のない子供だったのに、いつのまにこんな絵をみていつまでもじっと出来るような人間になったのだろうーー嬉しいような、哀しいような気分になる。

と、後ろから、ガツンと人が勢いよくぶつかる感覚。すみません!と、謝りながら男はバランスを崩して膝を床に落としてしまう。女性を追いかけていた男の方であった。

 しかし、何故か男はそのまま女を追わず何かを探している様子だったので、私もつられて周りをきょろきょろ視線を動かすとーーああ眼鏡を落としたのかーー拾って手渡した時には、既に女性は美術館の外であった。

 すみませんでした、と立ち上がった男はもう一度言い、はあーーと長い溜息を吐いた。

「いいんですか追いかけなくて?」

 余計なお世話かと思ったが思わず訊ねてしまう。

「…もういいんです、彼女が楽しくなかったことに気がつかなった僕が悪いんです」

と気まずそうに眼鏡のブリッジ部分を触る男をよく見ると、背丈もあって鼻筋もしゅっとした中々の美青年であった。年の頃は娘と同じか少し年下くらいだろうか。

「……私と逆ですね」

 青年は怪訝な顔をしてこちらを見る。

「私はねえ、娘から、興味ないなら帰ればって突き放されましたよ。あなたは、同行者が帰ってしまって、私は同行者に帰れって言われて、ははは」

 なんとなく変な連帯感のようなものを感じてそんなことを言う。若干の下心ーーもしかして、わが娘と気が合うのではーーみたいな目論見もないでもなかった。周りの同年代の同僚や友人がどんどん、今度息子が結婚することになってねとか孫が生まれたとか、お嫁さんがね、などと楽しげに話すのをそろそろ普通の気持ちでは聞き流せなくなっていたのだった。

「あなたの同行者が、私の娘だったら良かったかもしれませんね。趣味が合ってーー今日は娘の趣味で来たのでまあ、私にはよく分からないけども、グザヴィエだとかアルモド…」

「へええ、渋い」

「なんとか話を合わせようと、付け焼刃の知識を総動員したけど、それ論文で否定されてるとか両断されましたよ」

「ははは、凄いですね」

 むかし、いきなり知らない人に話しかけないでよ恥ずかしいから、年寄りっぽい。と怒られたことがあったのを思い出したが、青年が少し食いついてくれているというのが分かったので、調子に乗って喋ってしまう。第一、私はもうそろそろ実際年寄りの範疇でいいはずであるし。

「ほんとにねえ、画集とか出すような出版社に勤めてるくせに、更に週末は美術館…絵を見るために海外まで行ったとか言うくらいで…もうすぐ30になるのに結婚もしないでそんなことばっか」

「素敵じゃないですか、好きなことがあってそれを楽しめる体力や財力があって、素敵なことです…あ」

 青年と同じ方向に目を向けると、ロビーの椅子が空いたのが見えた。立ち話もなんですから、と彼は私を椅子に座らせてくれる。

 ーー素敵じゃないですか。

 私は心の中で、先程の青年と同じ台詞をひとりごちた。老人にーー自分に老人という単語を当てはめたくはあまりないのだがーー老人に対する気遣いもあるし、生意気な娘だけれどやはり他人から自分の子を褒めてもらうのは気分が良い。こんな青年が自分の義理の息子になったら少しは人生に華やぎがでるかもしれない…我が思考はますます飛躍しプレゼンにも拍車がかかる。

「でも、寂しくないのかねえ、いつまでもどこでも一人で、そんな…」

「…え」

 それまで比較的和やかな表情をしていた青年の顔が、すこし、曇ったような気がした。あ、しまった、と私は思う。さすがにこれは、意図が露骨過ぎただろうか。どうにか取り繕おうと言葉を探す。青年の方も、次の言葉を紡ぎだそうとするように口を少しもごもごする。

「ーーあなたは、あなたが寂しいんですね」

「……え?」今度は私が聞き返す番であった。

「娘さんの人生から自分の居場所が無くなっていくみたいで」

「………」

「あ、いや、知ったような口きいて、すみません…」

 私の沈黙を怒りと捉えたのか、青年はそう謝ると斜め下の方へ俯く。

「いや……そうなのかもしれませんね……かっこ悪いけども…娘に構って貰いたくて、認めて欲しくて興味もない絵の本なんか読んだりまでして…自分が知らない楽しいことを娘はどんどん知っていく分、自分のことなんかどうでもよくなっていくのが、寂しいんだろうか、ね」

「……でも、僕は…僕は娘さんが羨ましいですよ。そうやって話を合わせようとしてくれる人がいて……僕はことごとく、意味わかんないって逃げられますから」

 おいてけぼりの男二人はそうして顔を見合わせて笑った。どうです、この辺りにーーそんな言葉がごく自然に口をついて出た。美味しい肉を出す店があるんです。良かったら私にあなたが知っている絵のお話を教えてください。

 しかし、青年は微笑んで首を振る。

「せっかくですけど、娘さんがいるんでしょう。置いて帰っちゃあ…」

「ーーいいんですよ、私なんか娘には邪魔なだけなんですから」

「……放浪の画家アルモドはですね」青年は突然そんなことを言い始める。

「ある時期ーー奥さんが若くして亡くなってからしばらく経った以降の絵には、全部自分の自画像をどこかに入れてるんですよね、ほらこれとか」

「……はあ」

 青年は持っていたパンフレットの表紙を指差す。指先を見ると、背景として小さく描かれている農夫。私の訝しげな顔を青年は全く気にしていないようだった。この調子で女の子にも絵の話を喋っているのかもしれない。

ウォーリーを探せみたいで面白いんですけどーーもっと面白いのは、近くに小さく書かれた文字がアナグラムになってるんですね、このパンフレットの絵じゃよく見えないんですが、これだと農夫が持ってる斧に刻まれた字ーー入れ替えると、アルジャントゥイユーーで何ヵ月か後、彼はアルジャントゥイユに住むんですね」

「何のためにそんな?」

「このウォーリーを探せ状態を発見したのは、フランスの研究者バルトなんですけど、バルトは、「実際に探して欲しかったんじゃないか」って言ってるんですよね」

「探して欲しかった?」

「アルモドには放浪癖があって、息子や娘もまだいるのに、制作に煮詰まると家を出ちゃうんですねーーでも実は、ちゃんとどこに行くかって前以て予告はしてたんですよ、絵の中で。だから俺を探してくれよ、というメッセージなんです。

ただ、彼が死ぬまで家族は誰も一回もそのメッセージに気付いてなかった、とされています。見つけてくれないのでそのうち彼は自分で帰るんです。で、また同じ試みを…」

「ーー面倒な人ですねえ、構ってちゃん?っていうのかな。そんな回りくどいことーー」

「そうなんですけどねえ」

 そう言ってから私は、自分の言葉にはっとした。青年が何故今こんな話をしたのかを悟った。私も、その画家と似たようなものだーー家族に直接的なコミュニケーションをとるのが何となく気恥ずかしくて、変な回りくどい方法をとり、そして余計に疎ましがられ……

「いやいや、面白かった」

 私はしかし、青年の意図に気づいたことを青年に"気付かれたくなくて"、わざとらしいほど鷹揚な態度で言った。若人の前で素直になるには年を取りすぎてしまった。それでも彼にはきっとお見通しだったかもしれない。それでも今日くらいは、東京の話を君の話を聞かせてくれと娘に言ってみてもいいかもしれないせめて一年に一回くらいは顔を見せてほしいと頼んでみてもいいかもしれない。

「今日は君のお陰で楽しかったし絵に興味も出てきましたよ。良かったら、また会ってくれませんか」

 私は胸ポケットからメモ帳を取り出すと、切れはしに自分の電話番号を書いて渡した。たぶん電話はかかってこないだろう。それでもいい。私はこれからきっと美術館に足を運ぶのだろうし、そうしていれば彼にもまた会えるかもしれない。57歳になって明日のこの先がこれほど楽しみになるとは思わなかった。

 

 

 ようやく美術館を出てきた娘を捕まえると、私は早速今日会った青年と青年が話してくれた話をする。

 娘は珍しく、しかし含みのある笑顔を見せると、

「その説はそれはそれで面白いんだけど、実は近年、彼の日記が見つかったことから分かった新説もあってね」

「新説?」

「アルモドには男の恋人がいたらしいのね、元弟子のーーもちろん世間的には秘密にしておかなきゃなんだけど…だから、あれは恋人に次の逢い引きの場所を伝えてたんだ、という…」

「なんだそれは」

「ロマンチックでしょう?」