センチメンタルの涅槃

読書、漫画、映画感想用。中二病と喪女をこじらせた25歳。ボーイズラブの話多し。

俺のトムホ君の「スパイダーマン:ホームカミング」のためにMCU作品全部観て臨んだわけですが

 

クソ長い前置き

 

ところでここ二ヶ月ほど私はずっと、MCU漬けであった。

 

理由は勿論、SNSか何かで回ってきたトムホことトム・ホランド君に心を打ち抜かれて以来、これはもう絶対に絶対に俺のトムホ君のために「スパイダーマン ホームカミング」を観に行かねばと思ったからである。

 

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しかし私は、MCUの映画はこれまで「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」と「ドクター・ストレンジ」しか観たことが無かった。

 

かつて「ドクター・ストレンジ」を映画館で観た時に、「他のマーベル作品を知ってる人は多分面白いんだろうネタ(たぶん)」で笑ってる観客が何人かおり、しかし私はよく分からないので何が面白いのか不明という経験があって、おそらく、「スパイダーマン ホームカミング」も幾つかそんな感じのネタが登場するかもしれないし、これまでの流れが分からないと理解できない部分もあるかもと思い、何なら全部観ておくことにしたんである。

 

これは割と苦痛の日々であった。

 

なぜかというと、私は元々中二病のサブカルクソ野郎気味なところがあるので(いやこのブログに書いてるのメジャー作品ばっかじゃん…)

所謂アメコミヒーロー映画があんまり好きではないからである。

(因みにドクター・ストレンジベネディクト・カンバーバッチマッツ・ミケルセンが出てたから観た)

しかしマジで「アイアンマン」から全部観た。

全ては俺のトムホ君のために!!!!

 

結論から言いましょう。

 

 

まあ別に……全部は観なくてもよかったの、かも……

(ってか、何でこのピーター・パーカーという男の子がクモの糸とか操れるようになったのかとか何で人助けするようになったのかとか所謂「ヒーロー誕生まで」の説明はほぼ無いのでむしろこれまでのスパイダーマンを観るべきなのかも…)

 

ということで完全に話がほぼ独立している「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」とか「ドクター・ストレンジ」ほどではないけども、一応、単体でも楽しめる作りにはなっているかなと思います。

 

 

いやもちろん、「他のマーベル作品を知ってる人は多分面白いんだろうネタ」は結構出てきますよ。

ハイスクールの教育における「キャプテン・アメリカ」の使い方(あんな使い方されてるのか笑!)は「キャプテン・アメリカ」というキャラを知ってればより面白いわけだし、

序盤の方で、顔隠し用にアベンジャーズ風のお面を被ったATM強盗と戦うスパイダーマンが、

「やあ、ハルク、ソー、初めまして」(もしくは、会いたかった?かな)

みたいな台詞を言うところがあるけれど、あれは、前回の「シビル・ウォー」でハルクとソーがハブられてる(映画に出てない)のを踏まえた台詞なので観たことない人は分かんないだろう。

そもそも、マーベル映画の知識がないと「何が分からないか分からない、というより何が「分からなくていい」かの区別ができない」ーーたとえば、「ブラック・ウィドウとデート~」みたいな台詞は別に聞き流してもいい台詞だけど、知らない人には、「え?? ブラック・ウィドウって誰??そんなんこの映画に出てきたっけ??」って方に気を取られてしまうので、そっちに思考を持っていかれることで映画本軸が楽しめなくなる可能性がある。

 

あとは、多分マーベル映画の知識が全く無い場合、割と重要に登場するロバート・ダウニー・Jr.演じるトニー・スターク(アイアンマン)について絶対、

「ってかこのおっさんは何者なんだよ」

ってなっただろうし…

なんか、金持ってていつも見守っててプレゼントくれる謎のあしながおじさんという認識しか持てないかもしれない(見事なあしながおじさんぷりだったよな…)

 

なので、別に全部を観る必要はそんなに無かったが、トニー・スタークとは一体何者かというところから描かれている「アイアンマン」の一作目と、マーベル映画の各キャラが集結している「アベンジャーズ」の一作目、

そして、この「スパイダーマン ホームカミング」に直接繋がっており、トムホ君演ずるスパイダーマンも登場する「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」(最近観たばっかだけどこの時のトムホ君はほんと最高なんだよな~~~~)くらいは観といた方がいいかも。

でも、「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」を理解するには(キャプテンは何でそもそもこのバッキーって男をそこまで守ろうとしてるのか?というあたり)、「キャプテン・アメリカ」シリーズ2作も見ないとわかんないだろうしな…やっぱ…全部観るべきかな…

 

というのはハードルが高いので、全部観るのが面倒な場合は、ググって、

トニー・スターク(アイアンマン)というのは、元は、武器等をつくって販売していた巨大軍需企業「スタークインダストリーズ」社長(超金持ち・有名人)であり、自らも色々設計する天才発明家だったが、(映画版だと)兵器のテストのためにアフガニスタンを訪れたところ、ゲリラに拉致され、そこから脱出するためにパワードスーツを作ったのがアイアンマンの始まりであり、

かつ、そこで自分達が作り売った武器がゲリラなどに使用されているのを目の当たりにし、「死の商人」たる自分の在り方を見直した結果、軍需産業からの撤退を決め「アイアンマン」スーツの開発とアイアンマンとしての活動に着手していく…

 

ということと、

「アイアンマン」とは別軸で、元々、神の国(っつか地球ではないどっかの宇宙人って認識でOK)アズガルドで、王の息子「ソー」と彼の義弟「ロキ」(皆大好きトムヒですね。こっちはトム“ヒ”)が王位を巡って内輪揉めみたいなことをしていたんだけど(という経緯は「マイティ・ソー」で描かれている)、あいかわず王位を付け狙う「ロキ」が、他の宇宙人チタウリと手を組みその内輪揉めっつうか兄弟喧嘩を地球に持ち込んだため、

この宇宙からの危機ーーつうかただの壮大な兄弟喧嘩ーーに対抗したのが、「アイアンマン」をはじめとして、「キャプテン・アメリカ」「ソー」「ハルク」など様々なスーパーヒーロー達が、S.H.I.E.L.D.という国際平和維持組織によって集められた「アベンジャーズ」というヒーローor超人軍団

 

ってくらいの知識を入れとけばいいけども、

 

その上で、「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」はまあ実質的には「スパイダーマン ホームカミング」の「前作」でしょう

ここで、アベンジャーズに勃発したある内紛の「自分達側の戦力」として、トニー・スタークはピーター・パーカーをスカウトする過程や、

ピーターが「キャプテンの盾を奪った」と言っている戦闘が描かれている、というのもあるし、これを観ないと、

何故ピーターがあんなにスタークさんスタークさん言っているのかとか、自分もアベンジャーズで活躍したい!と思うようになったのかとか(つまり、ここで有名人たるスタークに声を掛けられて、戦闘に参加したのが嬉しくて仕方なくてはしゃいでいるという)

スタークがピーターにある種の「自分がスカウトしてしまった責任感」を感じているからあれほど気にかけているということなどもすぐには分からないだろうというのもあるし、

 

スタークに声を掛けられてテンションがあがって動揺しているトムホ君が最高っていうのもあるし、

アベンジャーズの初戦闘で、ベラベラ喋って「自己紹介は後でいい」みたいに諫められている感じの、ロバート・ダウニー・Jr.とトムホ君のやり取りが最高っていうのもあるし、

シビル・ウォーのトムホ君はとにかく最高なんだよ、なあ!

 初代のトビー・マグワイアのような、如何にも内向的ないじめられっ子の非リア青年という感じではなく、オタク系ギーク学生ではあるけども割とベラベラ喋るお調子者風にキャラ変しているのは、

ロバート・ダウニー・Jr.との掛け合いの面白さ・相性という意味でも、トムホ君の比較的甲高い声や喋り方や愛嬌、トムホ君自体の雰囲気・キャラクターを活かすという意味でも、そもそもひ弱でコンプレックスが強い内気なもやし風だと初期のスティーブ・ロジャース(キャプテン)と被ってますしねという意味でも

正解じゃないかなあと!! 

 

 

とやや話が逸れたが、

そして、これはもうホムカミの冒頭から顕著だけども、一つの軸になっている物語自体も、「シビル・ウォー」から繋がっているように思う。

すなわち、「ヒーローが活躍する、しかし一方その裏側では」という話ですよね。

その裏側ーーたとえば、子どもの頃、ウルトラマンとかを見ていて思ったであろう、

「っていうかこれいっぱいビルとか倒してるけど、中の人死んでないの?」

っていう、あれとかね。

 

 

「シビル・ウォー」ではまさに、「いやこれ中の人死んでんじゃん!!」のが問題視されていたのであった

最終的には何かどうも、キャプテン・アメリカが、永い間悪の組織(言い方…)に洗脳され悪事を働いていた昔の幼馴染バッキーを何とか助けたいという気持ちで行動する結果、バッキーを引き渡せ!っていうトニー・スターク側と揉めるみたいな感じになってるんだけど、

元々は、アベンジャーズ国際連合の監視下に置くかどうかみたいなとこから内紛が起こったのだった(ですよね…最終的に話どんどんずれてた感あるけど…)

何故そんな話になったかというと、

アベンジャーズが力を付け国境を越え戦闘することで、「その裏側」では、罪の無い一般人たちが巻き込まれて死んでいっている、というのが国際社会で問題になり、だから「今後は、いつどのように出動するか」等、アベンジャーズ国際連合の管理下におくべき、という流れである

 

これに対して、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』で散々S.H.I.E.L.D.に追われたり何やりして巨大組織みたいなものに不信感を持っているキャプテン・アメリカは、危険だと反対するけども、

かつて巨大軍需企業の社長という「死の商人」だった過去があり、かつ「自分たちが行った戦闘によって巻き込まれ死亡した青年」の母親から「あなたはそんなこと気にかけてもいないんでしょうね」と涙ながらに言われたトニー・スタークは、賛同する

 

ただこの二人の根本的な葛藤は類似しているのだろうと思う

キャプテン・アメリカは、何が正義側で何が悪側(何が追う側で何が追われる側になるか)みたいなのは、権力者の方針によってすぐに変わるーーからその判断を権力側に委ねるのは危険、だと思っているのだし、

トニー・スタークは、いくら悪を討つためとはいえ罪も無い人を犠牲にしてまで戦うーー暴れるーー自分たちは本当に正義と言えるのか、そもそも自分たちが常に正義側であると主張できる根拠はどこにあるのかそう思っているのはただのエゴではないのかーーだから第三者の判断を介入させようということなんだろうけども、

それはともかく、

 

だからここでトニー・スタークには、

「自分たちが“正義”の名の元に行っている裏側で巻き込まれる人びと」 に対して責任感というか罪悪感みたいなのを抱いているという前提があることが、無邪気に「活躍」しようとするピーター・パーカーに対しての、

「(君が起こした戦闘のせいで)誰かが死んだら君の責任になる」

という言葉の重みになっているのですよね

これはおそらくは、元々のスパイダーマンの有名な台詞である「大いなる力には大いなる責任が伴う」ともクロスされている「スパイダーマン」作品に欠かせない転換点としての意味もあるだろうけど、あのシーンはそういう「トニー・スタークの葛藤」も前提になっている

 

で繰り返しになるけれど、そんなスタークの台詞に象徴される、

「自分たちが正義の名の元に戦う裏で、巻き込まれる人々が沢山いるかもしれない。その人々にまで責任を持てるのか」(持てないのであれば、戦うべきではない)

というところも含め、ホムカミという作品自体が、「シビル・ウォー」で当初焦点になっていた「ヒーローが活躍する、一方その裏側では」ということがテーマになっている作品だと思う

 

 

ヒーローが活躍する、その裏側では

 

先程、「冒頭から顕著」と書いたけども、

ホムカミは、アベンジャーズが戦闘で破壊したビルの後片付けを担う業者たちが働いているシーンから始まっており、この、元は「後片付けをしていた業者」たちがメインで登場してくるのである

確かにアベンジャーズの本編では描かれないし我々ももしかしたら「気にも留めていない」けれど、破壊したからには、後片付けを行っている人たちがいるーーまさに、「裏側」です

 

この、元は片付けをしていた業者が、跡地には、アベンジャーズの武器等にも使われているような色んな宇宙由来の物質が残されているので外部に持ち出されたら困るみたいな理由(おそらくは)で、スタークに突然追い出され、

もちろん、そりゃこっちは生活がかかってるのにいきなり仕事を奪われたら困る!横暴だ!!となる

けど別に恨みを晴らしてやるみたいなところまではいかず、こっそり戦闘跡地から宇宙由来の物質を盗み出して強力な武器を密造し金儲けしてるのが、今作の悪役

 

「アイアンマン3」では、かつてスタークが気にもしなかった人が幾年かして巨大な敵として立ちはだかるみたいな感じだったけど、今回の場合、

一応悪役ではあるけども、別に宇宙を滅亡させる巨悪みたいな感じではなく、普段は普通のおじさん達である

 だから、本来は別にアベンジャーズと戦うつもりもないし、っていうか戦ったら絶対負けることは分かっているのであくまでも隠れたいのである

 

私はこの舞台設定とテーマ設定に、結構好感を持った

 

というのは、私がアメコミ映画が嫌いな理由の一つに、

「敵側の動機がいまいちピンと来ない」っていうのがあるからだ

ヒーロー映画のシリーズは、話が進むごとにどんどんスケールや敵役が壮大になっていくわけで、だんだん世界の滅亡とか銀河の滅亡みたいな話になってくるわけですよ

でも、世界を滅亡させるほどの動機のパターンって結構、真の平和とはとか難しい哲学ぽい話になってきたり、ナントカの巨大な陰謀がとかややこしくなってきたり、

或いは普通の地球人には理解しがたい感じーーエイジ・オブ・ウルトロンで、スタークがうっかり生み出してしまった人工知能の、世界平和を守るためには一度人類滅亡しなければみたいな話も私、実はよく分かっていないし、ドクター・ストレンジとか、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー2の方の敵側の動機ーー不老不死?のためのパワーを得るための世界滅亡 とかもぜっんぜんピンと来ない。

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの一作目は凄く面白い映画でMCUの中では断トツに好きだけども、2の方は、敵側の動機が全然ピンと来なくて乗り切れなかったんである

 

ということを踏まえると、もちろんこれはシリーズの一作目かつ今後の「アベンジャーズ」のための前日譚であるから規模が小さいというのもあるだろうけど、

本来、「アベンジャーズ」界に於いては裏側として描かれて来なかった部分の人々をメインに持ってきているが故に、良い意味で「スケールが小さい」ので、敵側の動機もすんなり呑み込めるし言っていることも納得出来る

 

あるいは、二つめのアメコミ映画が嫌いな理由として、

これは「話が壮大過ぎて敵側の動機がよく分からない」の逆ーー「スケールが小さすぎる結果、『大事な人を守る』みたいなメロドラマになる」というのもあるが、サム・ライミ版の「スパイダーマン」一作目では割とそのメロドラマ傾向が顕著じゃないですか

 

まあただの個人的な好みなんですけど、私はこういう、「大事な人を守る」みたいなヒロイズム?メロドラマ? すっげえ嫌い!!なんだよな!!!!個人的な好みっすけど!!!!!

MCUの中で一番こういう「メロドラマ」臭が酷いのは「インクレディブル・ハルク」で、これヒロイン役として出てくる女性の方も一応、優秀な科学者みたいな感じの設定があるはずだから、優秀な科学者としてもっと活躍できるはずだし、もっとそういう設定や共同実験者って部分を生かしていいはずなのに、単なる「守られる女」としてしか出てこないのがほんと腹立つんすよ

(だから、自分もガンガン戦うガモーラ様がヒロインのガーディアンズ・オブ・ギャラクシーにはとても好感が持てる。あと今回全然ビッチじゃないMJは超クールで可愛い)

 

スパイダーマン ホームカミング」では、高校生の恋愛を描いてはいるし中盤好きな女の子を一度は助けるシーンもあるけれど別にそこがラストではなく、

逆に、自分が悪役を倒す選択を取ることがおそらくは結果として「好きな女の子を助けない」ことになるーーけれど、自分は「ヒーロー」として悪を討つことをとる、そこにある悪を見過ごしたくない自分をとるーースパイダーマンとしての「決意」が描かれている構図になっていたのも、とっても良かった

 

まあ、メロドラマの代わりに、スタークさん僕を認めてくれーーー!!!ってどうにもトニー・スタークとのラブストーリーになっているのはさておき…

 

こういう、「でも、そこにある悪を見逃したくない」というスパイダーマンの選択・スタンスが、MCUシリーズが進むにつれて問題になっていった「いくら悪を討つためとはいえ罪も無い人を犠牲にしてまで戦うーー暴れるーー自分たちは本当に正義と言えるのか、そもそも自分たちが常に正義側であると主張できる根拠はどこにあるのか」みたいな揺らぎに、回答とは言わないまでも一つの原点に立ち戻す効果もあったと思う

そして、ピーター・パーカー自身も、一度アベンジャーズの戦いに参加してしまった事で膨らんだ、もっと自分を認めて欲しいという自己顕示欲から、自分の原点に立ち戻ったのだと思う

というのは、敵役はピーターに、

「スタークに気にも留められていないという点では俺たちは本来同じところにいる」

「スタークだって本来武器商人だった、武器を売って金持ちになった」

というような事を言うのだけれど、それに対してピーターは、

「でも、盗むのは悪いことじゃん」

みたいに返すんすよね

この、「でも、盗むのは悪いことだし」って言う単純な正義感、

ピーターが、好きな女の子の幸福、好きな女の子「との」幸福を捨てて選択し、僕を認めて!!!という自己顕示欲ではないところにあるーーあったーー「だから見過ごしたくない」という思い

 願わくは、今後のアベンジャーズ作品で、こうしたピーターの原点としての正義感が、トニー・スタークのある種の「支え」みたいになってくれるといいですね。

まあ、シビル・ウォーで既に最終的にこの問いどうでもよくなってた感はあるんですけど…

 

 

で作品としてはどうだったかというと

 

で全体的な評価というか感想ですけど、

「俺のトムホ君はクソ最高、映像や作風は軽快で楽しめるし、敵側の正体が判明したところから、敵側に自分の正体がバレそうになるまでのシーンの緊張感やじわじわとくる恐怖感など、おっとなる映像もある。

「尋問モード」とかさりげない小ネタギャグの出し方ーーこのネタ、後で、車を借りるときに「声を太くしている」映像でもう一回さりげなく出してるみたいなのも含め、クールで面白い。この、ギャグの出し方がクールで寒くない(ダジャレ?)ってのは大きい。

私がアメコミ映画の嫌いな部分も結構解消されていて好感が持てる。ただ、設定や脚本、アクションシーンはちょっと雑」

って感じです。

 

 

アクションシーンは、アベンジャーズとかウィンター・ソルジャーレベルに視覚的に興奮する感じには及んでいないのはまあ規模感が違うからともかく、

アイアンマン3のような、何というか戦闘シーンの「これがこうなってこうだからこう」みたいなピタゴラスイッチ的面白さ・画面的凄さもあまりない。一応ピーターってかなり頭良い設定だから頭は回るはずだし、スタークから性能の良いスーツ貰ったんだから、アイアンマン3みたいな作戦のピタゴラスイッチ的面白さを追求してもいい気がするんだけども

 

かつ肝心のラスト戦闘が、画面の背景が暗くてなんかやたらと光が強くてスピードも速すぎて正直「何やってんのかあんまよく分からない」という致命的欠陥があるのは…どうなんですかね…私の目が悪いだけか…?

ピーターが飛行機の何かを何かして、「成功した?」って言ってるシーンがあるんだけど、何がどう成功したのか、画面が暗すぎて&速すぎてよく…わかんなかった…

あとどうかと思うのは、シビル・ウォーとの整合性っすよね

今回のスパイダーマンは、割と敵にガンガンやられてる失敗シーンが続き、ぶっちゃけ結構弱くて、もちろんそれは半人前ヒーローたるピーター・パーカーを描くためにはそうする必要があるのは分かる。そうでなければならないのは分かる。

が、

しかしだって、シビル・ウォーで結構、ファルコンとかバッキーとか相手に比較的対等に戦ってたやんね、スパイダーマン

 

グーがチョキに勝つ…みたいなジャンケンではないけど、

つまり、スパイダーマンが、前作で「ファルコンやバッキーと比較的対等に戦っていた」ということと、今回「普通のおじさんである奴等に結構負けてる感じ」ということを合わせると、「ファルコンやバッキーも今回の悪役よりやや弱めくらいの強さ」ってことに…なりませんか…?

いいんすかそれ…?

しかもそうだとすると、敵集団が「アベンジャーズと戦ったら負けるから奴らに見つからないよう隠れないと」とか言ってるのと整合性が取れなくなるし

 

という設定の雑さは、ピーター・パーカーを巡る人物設定みたいなところにもちょっとあって、

今作のピーターは、内向的ないじめられっ子みたいな感じではなく、ギークではあるけどベラベラ喋るお調子者感が強くてむしろそれは、ロバート・ダウニー・Jr.との掛け合いの相性やトムホ君自体の魅力との相乗効果が出て良い、と言ったし、

学園生活を次々切り取った映像で、

「好きなことや内輪では饒舌に盛り上がるけど、女の子やリア充を前にすると萎縮気味なダサめのオタク系ギーク学生」「ただ頭は良い」

という主人公像を観客に理解させる手法もスマートだし、こういうギーク系像ってのも如何にも現代的だと思うし、

親友のネッドなんかも、(これは私がアメコミ映画嫌いな3つめの理由だが)「ポリコレに配慮してアファーマティブアクション的に白人以外をとりあえず出しました」的添え物感が随分減って、ちゃんと血の通った魅力的な人物として登場するのも凄く良い

(マイティ・ソーキャプテン・アメリカでの、白人以外のその他大勢感とかマジ酷いもんね)

 

ただ一方では、これまでのスパイダーマンの「非リアの自分では手の届かない高嶺の花に恋をしている」「割と冴えない、リア充にバカにされたりしてる」みたいな部分を残しているのだけど、この描き方がなんとも中途半端なんすよね

っていうのは、だって、主人公の恋の相手も、「ペニス・パーカー」とか言ってるいじめっ子(なのか?)も、ピーターと同じ(文化系)クラブだしさー

いや、アメリカのリア充チアリーダーとアメフト部みたいなのって、偏見?? gleeの見過ぎ??

しかし、「見るからに、ひ弱っぽい主人公とは別の世界にいる高嶺の花の女の子&いじめっ子orリア充」感が見た目という意味でも、「設定(同じクラブだし、普通に喋ってるし)」という意味でも、ほぼZEROじゃないっすか?

でここで同じクラブにしたのは、学力大会でワシントンに行った際に塔が崩れかけるのを助けるシーン入れるために楽だからってだけっしょ多分

じゃあ別に中途半端にそんな設定残さなければいいのに、と思った、ギークの鬱屈が本質でもないんだしさ

  

 そこは細かい部分だからどうでもいいにしても、

物語の本軸に関わる脚本の雑さとして、

「ピーター・パーカーが一人で戦うことを描くために、スターク側が結構間抜けに見えてしまう」

ってのは…いいんだろうか……

勿論、あそこで一人で戦うからこそグッと来るわけだし、天井の下敷きになって思わず「誰か助けて…」って弱音を吐いてしまうピーターつかトムホ君は本当に可哀想で可哀想で涙を誘うし、でもそこからたった一人で立ち上がるシーンまでの流れはこの映画一番の名シーンとも言っていいし、だから一人で戦わねばならないのは分かりますよ

 

しかし、しかしだよ。

武器密造されてるってのを知っているはずなのに、ピーター側の連絡をまともに取り合わず結果的に飛行機破壊されてるハッピーとか、正直マジでクビになっても仕方ないレベルだし、

「(武器を密造している奴がいるというピーターの警告を)無視してるわけではない」とか言っていたトニー・スタークだって、それ以降何か対策してる感が無いっていうか自分たちの飛行機が狙われるまで事態が進行しているのに無策っていうか

どの口がアベンジャーズに任せろって言うかって感じじゃないっすか?

つうか今アベンジャーズってバラバラになってるんちゃうの?? キャプテンやバッキーいないし他のキャプテン陣営は捕まってる?逃亡中?だし、ローズ中佐は負傷中だし誰残ってんの??

(そもそも、アベンジャーズの一員!とか記者会見開いてる場合なんやろか…)

 

スパイダーマン」単作として見れば、スターク側が間抜けでも別にいいんだけども、これまでの流れを汲み今後も新しい作品が制作されていくMCU作品シリーズのうちの一つ、という位置づけからすると、そんな間抜けに見えちゃあマズい気するんだけど…

 

あとね、あんだけ、子どもはそんな大きな「責任」を負うべきではないって至極もっともな理屈でスパイダーマンを止めていたスタークが、自分らの飛行機救ってくれた(いやまあ壊してるけど)くらいでピーターのアベンジャーズ加入を認めるのも心変わりの理由としてよく分かんないし。

 だって別に、そもそもトニーがピーターを止めていたのは、「ピーターが弱い」とか「戦力として力がない」からではなかったですよね?

大きな力を行使するには責任が伴うことをこれまでの戦いで散々実感し、そんな責任を子どもが背負うべきではないと思っていたからですよね?

じゃあ別に、そこでスタークが、自分たちの危機を救ってくれたことでピーターに感謝をし力があるなと見直したとしても、アベンジャーズに加入を、となるのはちょっと流れとして微妙つうか脚本がやや雑な気するんだけど…

 

それとも、スタークは全て把握した上で、敵側が誰で何をしようとしているとか、ピーターがどちらをとるかとか、全部を把握した上で、全部が

「テスト」

だったんですかね??

それで、ピーターの決意に救われたということなんですかね??

まあ、その方がまだ納得出来るかもしれないし多分スタークなら可能なんでしょうね…

 

だってこの映画でのトニー・スターク、ピーター・パーカーの事を気に留めていないようでいて、会話の中でさりげなく

チュロスの女性とか」

とか言ってんですよね。つまりあれ、ピーターが毎日ハッピーの留守電に入れてる「報告」の内容をちゃんと聞いていてちゃんと覚えてるっていうシーンっすよね。

敵側は誤解していたが全然「気に留めていな」くないんですよねめっちゃ気にしてる!!!

全部を把握した上でのテスト、やりかねねーーー