センチメンタルの涅槃

読書、漫画、映画感想用。中二病と喪女をこじらせた25歳。ボーイズラブの話多し。https://twilog.org/Barako_Fu

羽生結弦に関するクソのようなまとまりのないポエム

 

 私には友達がいないので同級生の情報とか軽く3、4年は更新されないのだけれど、ごくたまに「今度○○が結婚するんだって」と聞いて、へえあの時付き合っていた人と遂に結婚するのかと思うと高確率でそれとはぜんぜん違う人とで慄く。

羽生くんがソチ五輪に出て次の平昌五輪に出る間。

つまり伝説が誕生し王が凱旋するまでの間(バーフバリ観たばかりなのでこんなテンション)。同級生は誰かと別れまた別の誰かを見つけ結婚する。私はというと4年間大体同じテンションで羽生くんと結婚する妄想をしている。クソのような人生である。

 

2014年↓

blog.livedoor.jp

 

2017年↓

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

 

4年前は多分、世間の多くの人は、浅田真央ちゃんの方を注目していて、羽生結弦がオリンピックで金メダルを取れるような選手だとは知らなかったであろうということを鑑みると、羽生くん自身の状況もこの4年で大きく変わったのだと思うのだけれど、同じくらいに、男子フィギュア界の状況もガラリと変わった。

羽生くんがソチで金メダルを取った時の総合得点は、280.09である。

勿論単純な比較は出来ないけども、 これは平昌だと6位ということになる点数。4年前またそれ以前は、4回転について、トウループサルコウが成功するか否か?というところが勝負の分かれ目だったような気がするのだけど、フリップやループ、ルッツといった高難度のクワドを飛ぶ選手が現れた事により、今ではもうこれはもうトップ選手なら成功させて当たり前みたいな扱いになっている感がある。

国際大会であっても、2位が260点とか270点、みたいな時代は終わり、290点「程度」では表彰台にのぼれるかも状況次第では怪しい感じ。の時代。

 

4年というのは私の人生を激変させるにはあまりにも短かったが、誰かの人生が、或いは世界ががらりと変わるのには十分な時間なのかもしれない。

そして、各々の選手にとってのフィギュアスケート人生に於いては、きっととても長い時間なのだろう。とも思う。

それは上記のように、フィギュア自体の状況(もしかしたらルールとかも)がらっと変わる可能性というのもあるし、4年間のうちにめちゃくちゃ手強いライバルが台頭してくるかもしれないということでもあるけれど、本人自体の加齢、能力、限界という意味に於いても。

ピアニストみたいな芸術家とは違って、あるフィギュア選手が本人の持つ、万全の体力で万全の実力で万全の技術で万全の表現ができる期間というのは、物凄く限られている。そして私たちがそれを見ることができる時間というのも。

 

ってこれは何度も言っている話だけど、だから私は羽生くんが好きというのとはたぶん少し違って、羽生結弦を見る時の感情の本質は、「恐怖」なのだ。ゆえに怖いからほんとうは見たくない。見たくないのだ。

実際平昌のSPは結局怖すぎてリアルタイムで観る事が出来なかった。

勿論、それは失敗するかもという恐怖でもある。

今回の場合、ケガをして以降氷上に立てない期間が長かった上まだケガは未完治、かつロステレを最後に一切の試合に出ることなく本番を迎えたという状況を考えれば、例えば最初の4Sが抜けたりなんかして金どころかSPを終え10位…みたいな可能性だってきっとあって、っていう結果を見たくないので見なかったというのはある。演技時間が終わったというのも分かっていても、自分の大学の合格発表を見る時より怖くて結局あらゆるネットは開かないことにした。

(まあ会社の人がヤフーニュースみて「羽生くんノーミスで1位だって」と漏らしたので知ってしまったが)

 

しかし何というか、私は羽生くんが成功しても怖い。成功した羽生くんを見るのも怖い。勿論物凄く嬉しいし興奮も感銘もするけれど。それでも。

 

本人が自分で「今これだけ幸せって事は、これからまた辛い時期が来るのかも」

みたいな事を平昌後の会見で言っていたけれど。

圧倒的な成功や幸福というのは、どうして次の瞬間、これがずっと続くわけではないという転落の予感を心によぎらせてしまうのだろうか。

 

上に書いたように、フィギュアスケートの競技人生は決して長いものではない。

いつかはピークを過ぎる時がやって来てしまう。

問題はそれが、いつ、なのか。どの瞬間なのか。いつなのか、私たちには、多分本人にも、分からないのかもしれない。

私は最高の羽生くんを目にした時、喜びと同時に、「これが“最高”の羽生くんだったのかも」という哀しさをも、どうしても抱いてしまう。もうこれを越える羽生くんはこれから来なくて、さっきのあれが“最高”の到達点だった。だからもうあれより凄いものはこの先見る事が出来ないかも、という。

 

 

だからこそ、私はできれば羽生くんを見たくないし、しかし羽生くんを見なければいけないのだ。

次のこの瞬間が、今この場面が、最高の羽生くんかもしれないから。

 

 

だがしかし、羽生くんはやった。そんな凡人の杞憂なんか乗り越えて。

おそらくは、大丈夫か羽生?という空気に自分も呑み込まれないために、強気な発言を繰り返し、競技後になってから足がまだ治っていない事を明かしたものの、競技が始まる前はそれを口にすることなく、思えば韓国に姿を現した時から完全に「王の帰還」という空気を作り上げていた。

ノーミスだったSPでは、まるで身体から音が奏でられているかというほど絶妙にスピードを変化させているスピンだけではなく、滑り終えた後の、「見たか俺を」と言わんばかりの動作の緩急までも、全てがコントロールされていて完璧で、王者として場を支配していたし、

FSで4S、4Tを決めた時にはもう皆、まだ全然演技は終わっていないのに、「これは、ひょっとするとひょっとするのでは?」と勝利をほとんど確信していただろう。

たとえ調子が悪い時があったとしても、絶対に勝たねばいけないところでは見事に勝つ。彼はスターだった。凄まじい強さだった。

本人が「全ての選手がベストな演技をしたら勝てていなかった、まだその程度までしか自分の状態は戻っていない」というような事を言っていたけれど、それは一つの事実としてしかし結局勝者は羽生結弦だったという事にこそ、意味と羽生の強さがあるのだ。あそこで勝てることにこそ。そこに羽生くんの稀有さがある。

 

五輪は、別にフィギュアファンではない多くの国民が手に汗を握り見つめる。

たとえばGPFなんかは見ない知人、親からまで今回「羽生くん凄かったね」なんて連絡が来たりした。こういう言い方はしたくない、本当にこういう言い方はしたくないけれど、なのでここで負ければ「怪我をしたせいで最後は尻すぼみで終わってしまった人」になってしまうし、勝てば「怪我をしたけれど見事に復活し圧倒的な強さを見せつけた王者」となる。

勝てないと意味がないなんて言いたくないし私はそんなこと思っていないけれど、でも勝てないと意味がなかった。そこで勝てる凄まじさ。あのジャンプが成功していればとかたらればなんてのはいくらでも言える。でも結果的に勝ったことこそが羽生くんがスターたる所以なのだ。と我々は改めて突きつけられてしまった。

 

スター。圧倒的に規格外のスター。

私は羽生くんを形容する時、勿論本当はアスリートというのが適切なのだろうけど、やっぱりスターというのが一番しっくりくる気がしている。

先程、見たいけど見たくないと書いた事に、それは自分だって、「じゃあ見なきゃいいだろ」とは思う。私が見たって見なくたって羽生くんには全く何の関係もない。勝手に見なきゃいい。あるいは見ればいい。

見ればいいのだ。羽生くんが失敗しようが成功しようが、それは単に羽生くんの人生の話であって、自分の人生にはマジで1ミリも関係がないのだ。

そう頭では分かっていても、彼と自分の人生には1ミリも関係も影響も無いと理解していても、それでもやはり、羽生くんの成功があるいは失敗が、自分の人生の好転もしくは暗転、自分の幸福もしくは悲劇のように感じてしまう。うまくいけば自分の人生が少しはよくなった気がするし、うまくいかなければ自分もうまくいかないように、どうしても思ってしまう。何の関係もないのに。だから怖いのかもしれない。無関係だと言い聞かせてSPを観ようとしたけれど、やっぱり無理だった。

 

本当は切り離すべきだ。しかしこの思い入れをどうしても切り離す事ができないのである。

そして無論肯定すべきことではないけれど、それこそが“スター”という存在そのものなのだろうとも思う。数多の無関係の人間の人生を、勝手に背負わされる存在というのが。本人は自分のやるべきことをやっているだけでも、周りの胸をざわざわさせ騒がせ無関係の人間の人生をどんどんと背負わされる。

 

果たしてそれが彼にとって良い事なのか悪い事なのかも、今ではよく分からなくなってしまった。

羽生くんについて「ナルシストっぽい」という人がいて、私は割と過激派なのでこれまでその度に「そこがいいんだろバカかよ」と返していた。

けれども、今回のインタビューを色々見たり、例えば中国杯の事を思い出したりなんかすると、「ナルシスト」というよりは、彼自身がこの凄まじい「羽生結弦物語」の最高の脚本家であり演出家なのだ、といった方が適切ではないだろうかなんてことを考える。

俺はやる、という空気を見事に作り上げ、周りとそして自分を彼の描く「羽生結弦物語」に寄せていく。

だから彼の前では全てが「羽生結弦物語」のための舞台装置となり、だから羽生くんにはオーディエンスこそが必要なのかもしれない。

それが羽生くんの凄いところであって、でこれも勝手に、少し心配しているところでもある。

 

羽生くんがスターであることが私は嬉しくて悲しい。羽生くんはもうスターを降りて穏やかに歩んでほしいという気持ちと、圧倒的スターであって欲しい、圧倒的スターである羽生くんを見続けたいという気持ち。

もうここで勝利の記憶を世間に与えて終わりでいいんじゃないかという思いと、平昌を見て、全然まだまだやれるじゃないかこれからもっと進化できるじゃないかという期待。

楽しみであり恐怖。きっとこれからの何年間かも、そんな風に勝手に胸をざわざわさせながら過ごしてしまうのだろう。

過ごさせてほしい。そんな勝手な願望なんかとは決して交わらないところで、彼は彼の人生を歩むことで。

 

 

4年前、ソチ五輪が終わった時、私はぼんやりと、

もしかしたら4年後はもう、羽生くんは勝てなくなってしまっていたら、どうしようなんて失礼な事を考えていた。今となっては馬鹿みたいだ。

4年間という時間は、誰かの人生やフィギュアやそして世界が変わるのには十分な期間だが、世界がそんな規格外の怪物を作り出すにはあまりにも短いのだから。

 

だって世界が、フィギュアで五輪二連覇する人間を作ってからまた新たに生み出すのに、66年もかかったのだ。

 

 

 また次に生み出されるまでには、あと何十年かかるのだろう。クソのように退屈で凡庸な自分の人生だが、同時代に同年代として羽生結弦のいる世界にたまたま生まれてしまったことだけは、人生における幸福でありまた不幸なのだった。