センチメンタルの涅槃

読書、漫画、映画感想用。中二病と喪女をこじらせた25歳。ボーイズラブの話多し。https://twilog.org/Barako_Fu

現実に立ち戻るためであろうあらゆる羽生結弦との恋のためのプロレゴメナ(@週末仙台)

 

――――食べログで一人称が“小生”のおっさん並に、本題に入るまでのどうでもいい前置きと自分語りがクソ長いどころかもはや前置きと自分語りしかない代物である事をご留意下さい――――

 

4月がこんなに待ち遠しいなんて、人生で初めての感情だった。

 

4月。出会いの時。何かが始まる季節。

などといえば聞こえだけはいいが、要は環境が変わる年度始まりの月である。べつに気なんて合っちゃいないがハブにだけはならないよう何とか寄せ集まって形成したグループは無慈悲に解体され、また新たにクラス替えなんてものが行われる学生時代は、新学期の前日は毎年「友達ができなくていじめられる」悪夢を見たし、何ならそのままマジで一年間クラスに友達が出来ない年もあった。大人になったらなったで、駅前にたむろする、研修帰りとおぼしきリクスー新卒集団にコンプレックスを刺激しまくられ吐きそうになったり(同期が沢山いるようなカイシャに勤めた事が一度もなく、ユニクロTでカイシャに行くような私はこういう“まとも”なリクルートスーツ軍団にめちゃくちゃ引け目があるのだ)、同じく駅前で群れをなす、案内用にサークルの名が書かれた札を掲げた奴なんかがいる飲み会前後の大学生集団(大学にろくに友達がいなかった私は以下略)に胃をキリキリさせたりなんかする羽目になる。

一年で一番嫌いな月といってもよい。

 

しかし。そんな、リクスー軍団と大学生軍団にファックファックファックファックと呟き(心の中で)続けるクソ根暗な大の4月嫌いの私も、この……2018年の……2018年の4月だけはもうめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃほんとうに楽しみ以外の感情がなかった。

 

 

日本橋高島屋での羽生結弦展、そして五輪連覇の凱旋公演ショーの開催(これは既に記事にしたので読んでくれ⇒「アイは無視してくださいね、春」 - センチメンタルの涅槃)

更に、

来たる2018年4月22日、惑星羽生の第一王子がSENDAIにご光臨されると聞いて。

 

 

 ネットニュースで、「羽生のパレード、4月22日で調整か」という記事を読んだ瞬間、光の速さで仙台行きの高速バスのチケットを確保した俺は、いやもちろん、その記事が出てからなんて光の速さでも何でもねーだろ、プロなら日程をとっくに推測してたはずおせえよというのはもっともなのだが、とにかく仙台行きを決めた私が次にやった事は、否、夢女子ガチ恋勢としてやるべき使命は、

羽生結弦と行く週末仙台(妄想)デートプラン」

のシミュレーションだった。

言うまでもないが、実際はぜんぶ1人でゆく。

 

何で羽生くんは仙台でパレードして、そのあと色々各所との挨拶等もあるはずなのにお前とデートするんだよ、というツッコミは尤もである。いや、失敬、尤もではなかった。そもそも何でお前とデートするんだよというツッコミは……

 

うるせえ。

 

これは、実は約一年半前に、所用で仙台へ行った事はあったものの、着いた時には夜過ぎて、ぜえぜえ言いながら暗くて結構怖い山道を登って、光る伊達政宗像を見、後は高速バスの時間までひたすら駅前のモスで「啄木ローマ字日記」を熟読していた記憶しかない(しかも啄木は岩手だろ)私の反省であった。せっかく羽生様が、「仙台にお金を落としていただいて」とおっしゃっているのだ。せっかく羽生結弦という奇跡を生み出して頂いた聖地へ赴くのだ。メッカ巡礼と言って過言ではない。だから、絶対に絶対にSENDAIを満喫せねばならない。

 

私は、検索窓に「仙台 夜 デート」と打ち込む毎日を繰り返し、シミュレーションにシミュレーションを重ねた。 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな日々の半ば、コースを設定する過程で、聖地「アイスリンク仙台」のページを開いたとき、

 

 
軽く俺の年収の10年分
もの印税を羽生くんが寄付しているという事実を目にし、もうなにか、人生のレベルが1000段階くらい…違う…割と真面目に、なんというか落ち込み、

 

 

ほんとマジでこんな事をやっている場合では…ないのではないだろうか…あああああ駄目だトリップしていた脳がまた現実に戻ってしまうぞーーーーーーー戻るないや戻れ。

 

 

と若干我に返りかけたものの、いよいよ来るXデイが近づくにつれ、私のテンションはうなぎのぼりとなる。

 

 

 

 いよいよパレードTシャツが届いた頃には、ひとりで大はしゃぎするアラサーというキツい図まで披露し、

 

 

 

なんなら前日には平昌後~仙台行き前までの妄想を支部にまでまとめた。↓ 

www.pixiv.net

 

 

が、しかし。

 

結論から言おう。

完全敗北である。 

 

仙台が楽しくなかったということではない。楽しかった。行ってよかった。

そうではなく、単に、夢女子としての俺の限界が露呈してしまったという話である。

 

というのは、普通に、引きこもりアラサーには体力の限界だったというのが一つ。

 

土曜日も夜まで仕事だったため、夜行でろくに寝ず仙台の地へ降りた後、

取り急ぎパレードコースを一往復したり(既にこの時点で2キロ以上)、仙台の町をふらふら歩いたり、その後は、羽生くんを見るために待機時間も含め太陽の照る中、3時間は立ちっぱなし。

パレードが終わった後は、アイスリンク仙台に向かったのだが、これが意外と遠い。駅から片道1.6キロらしいので、往復3キロ以上。

普段5分くらいしか歩くことなく運動なんか一切しない文化系引きこもりアラサーが軽く6キロ以上くらいは歩き、数時間立ちっぱだったのだ。

 

無理。

 

妄想にもそれなりの(体調的&メンタル的)コンディションが必要なのだ。無理。脳内に羽生きゅんを召喚する余裕とかない。

万が一、テレビ局に、ちょっといいですかー?なんてうっかり声をかけられていたら、 

「何より体力。体力が課題ですね」

とぜえぜえ言いながらヒーローインタビューに応じる私の姿が晒されてたことであろう。

実際はどのカメラも私をスルーして、私の前で、アイスリンク仙台前できゃっきゃするマダム集団や、私の後ろで、パレードの沿道をプーさんの着ぐるみ着て歩く女の子(この女の子新聞にも出てましたね!)、などにマイクを向けていたが。

やっぱ見目の問題だろうか。

 

見目。

そう、見た目の問題というのもあった。

もちろん、これまでだって、自分が今すぐAKBに入れる容姿だとはまかり間違っても思った事は無かったし、容姿を遠まわしにdisられる事は100回あっても、かわいいと褒められた事は人生で一度もない。むしろクラスの卒アルで下から一、二番目程度の顔面だとは分かっている。ブスである事が自分の根暗な人格を形成した理由9割って話も何度もしている。(これとか⇒そのうちいい人現れるよ(俺は嫌だけど。) : 人間そっくり)

だが、問題は顔面(ブス)以外にもあった事をこの度私は羽生くんによって強く思い知らされたのであった。

 

思えば、「羽生との実質2ショット」を量産していた頃はまだよかった。

正直、顔面だけならスタンプで消せばいいし。(実際、スタンプの方は残してるけどちゃんと顔が映ってる方の写真は見るに耐えんので大体フォルダから速攻で消してる)

 

 

 

 問題は、遠近法とトリミングのごまかしがきかない写真である。

 

ところで、仙台に行った際には、おめえは何回同じ話するんだよって感じに同じ話を何回もするくらい、どうしてもやりたいことがあった。

おそらく少なく見積もって5万人くらいは同じ事を思っただろうが、週末仙台の↓これ、である。

 

 

 

 …で、実際やった。

やっぱり、同じ事を5万人は考えていたのか、私が行った時もこのポーズを取るために15分くらいは待機し、そしてやった。私はこの写真を撮るために、何なら「三脚付き自撮り棒」まで購入し持参したのだが(マジだ)、幸い、親切な羽生ファンがいて、「写真撮りましょうか?」と言ってくださったのである。

それではいざ。見よこの完全再g……

 

 

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なんかちがう。

 

理由は明の白である。

私のスタイルが悪過ぎるのである。いや、羽生くんのスタイルが良過ぎるともいう。どっちもか。相乗効果でやばいことになっている。

…と、このあたりで、仙台駅にあった羽生等身大パネルに私が並んだ時の様子をご覧いただきたい。

 

 

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わーーえーーー羽生くん思ったより身長たかーー……

 

 

……ちげえわ。私が低いのか。お前が低いんだよ。

っていうか、羽生くんの足長過ぎませんか???

私の胸の高さくらいまであるんですけど????

え????? 大丈夫???? むしろ私が大丈夫????? これほんとに等身大??? 同じ人類????? あ、同じ人類ではなかったな、羽生くんは惑星羽生の第一王子だったし…?????(錯乱)

 

伊達の公開処刑パネルにも心をボキボキに折られた。

ところで、私の母親も身長143センチくらいなのだが、170センチの父親と結婚式を挙げる際には、ウェディングドレスの下に電話帳を敷いて立っていた、という話を聞いた事がある。理由をこの時物凄く理解した。物凄く理解した。

(お前この期に及んで自分を半分切り取ってごまかしてんじゃねえよって思われるかもしんないけど、羽生くんはいついかなる時を切り取ってもお麗しいけど、私は都合良く切り取らないと直視できない代物になっから…そこまで潔くなれないことを許してくれ…)

 

まあ、身長差が意外にもあった事や私の胸くらいまで足の長さがある事は百歩“ゆづって”良いとして、このベンチ画像、絶対に同じ大きさに切り取るな。いいか絶対にだ。25センチ以上も身長低いのに私の方が顔大きいのがバレる。バレとるわ。

 

 

…と今でこそ冗談めいて書いているが、私はこれによって、結構マジに凹んで妄想モードに戻れなかったのである。

マジかーまじかーまじかー…なんか、はしゃいで妄想とかしてごめんねマジで…

 

……今更か!?

 

自分のスタイルの悪さに自分で気付かないもんかね? そこは見ない振りして妄想をかましていたのでは??と思うかもしれないが、まあもちろん自分が痩せているとは決して思っていなかった。デブなのは知っていたが、自分が太っていることのストレスより、食べたいものを我慢するストレスの方が大きいので、「痩せろ」という内なる声&外なる声を15年程無視しつづけ太るに任せていたのであった。身長がかなり低いのも知っている。むしろ知らなかったら怖い。145センチだ。が、ここまでだとは、意外と気付かない。理由is友達&恋人がいないからだ。普段、誰かと並ぶということがほぼ皆無なのである。撮る機会があっても皆、腰を曲げてくれたりする。そんな、滅多にない比較対象としての相手が羽生結弦とは、あまりにも分が悪すぎる。

 

 

So what?(それが何だ?)

 

 

どうせ最初から最後まで全部妄想なわけだろ? 今更何だっていうんだ? もし私が中条あやみみたいな体型だったところで同じだろ??? 何なら自分を中条あやみに変換しろよ????

 

………オーケー、確かに同じではないかもしれない。それは認めよう。

何故ならば私がもし中条あやみであったなら、中条あやみとして忙しく雑誌にテレビに映画に大活躍しているか、或いは代官山あたりでリアル彼氏とデートに忙しく、絶対こんな事はしていないかもしれない。

こんな事、というのは具体的に言うと、一ヶ月も前から(一人で行くのに)「仙台 デート」とグーグルに打ち込んだり、会話のシミュレーションをしたり、何ならシミュレーションを漫画にまでしたり、羽生くんのパネルと撮影できるよ!という場所で最後尾札の前でウキウキ並んで「あ、あの…これ撮ってくだs…デュフ」とかスタッフの人にスマホを渡したりなんかしていないかもしれない。

このことから導き出される結論は一つ。

 

つまり、私は中条あやみでなくてよかった、という事である。

 

中条あやみではないから、今ここでこんなに愉しい遊びに興じることが出来ているのだ。

感謝。圧倒的感謝。チビアンドデブアンドブスであった自分に圧倒的感謝。

 

…て感じでクソのような現実を一蹴できなかったのは、ひとえに私の不徳の致すところである。何を普通に凹んでんだ。

敗北だ。私は自分に負けた。

これは紛れもなく、夢女としての敗北だ。

完全感覚Dreamerが俺の名ではなかったのか。

すごーい、さすがに私は羽生くん×自分の妄想は無理だわーw 的あらゆる皮肉を「うるせえ」「妄想に自己を入れず壁や天井になるスタイルの方が偉い(上)&自己を冷静に見られてるだけマシと思ってんじゃねえ腐女子共」と総スルーしてきたのは何だったのか。(私も腐女子だが)

この20年ほど、妄想しか趣味と生き甲斐がないゆえ、現実がどんなにクソでも、脳内にハッピーを召喚すれば人生ハッピー(何言ってるのか分からない)、を常日頃モットーとするはずの私のクリエイティビティが、現実の前に敗北した瞬間である。

 

 

もちろん、このまま「更に現実を見ない」という方向性に脳内を熟成させるのが正しい姿勢なのだとは思う。しかしこのままでは妄想の度にあの公開処刑パネルの図を思い出してしまう。私は今回の週末仙台を満喫するにあたって、イメージトレーニングだけでは不十分であり、フィジカル面も鍛えねばならなかったのだと深く反省した。

これまで何人にも「少しは運動したら?」と言われてきてその全てをうるせえとフルシカトしていたが、今こそ立ち上がるべきなのかもしれない。

何キロも歩いてもグロッキー状態にならない体力、そして伊達の公開処刑パネルと並んでも見劣りしない(当社比)スタイルを俺は手に入れる…! 身長はどうにもならんから12センチくらいのヒールを履く練習をすべきなのかもしれない…! 手に入れるったら入れるんだ…! 四年後待ってろよ仙台…!!

 

…と決意したはずの次の日の夕食。

 

 

 

 

 さすがに意志弱過ぎだろデブ。

 

 

 仕方ない。たとえ10キロ痩せたところで私は絶対中条あやみにはなれないのだ。

 

しかし、夢女子としての私こそ完全敗北したものの、私が仙台で羽生くんについて何かを受信しなかったのかというと、そうではない。

むしろ、別の何かを受信してしまった事が、夢女子たる自己が敗北したもうひとつの大きな理由と言ってもよい。

 

 

…なんかなあ、羽生くんって普通に、普通にものすげえ人なんだよなって、真面目に感銘しちゃったんだよねえ。

 

 

それこそ今更か????と百万人が思ったはずだが(百万人も読んでないというのはおいといて)、順を追って話そう。

もちろん、羽生くんがものすげえ人なのは知っているが、それでも、やっぱり、テレビやスマホの画面で見ているとノー距離感(念のため、私の顔面と画面の羽生氏の距離を物理的に0ミリにして見ているという意ではない。そこまでの変態性はまだない。今後もないかは保証できない)のため、まだ測りきれていないところがあったのかもしれない。私に至っては、いつもどこでも脳内にきゃわいい羽生きゅんを召喚して脳内会話をしているから余計に、である。

 

しかし今回の凱旋パレードで、私は、我々は身を以て“体感”した。

羽生結弦・王の凱旋」のクライマックスを飾るための、10万8千人分の1のモブとなることで。

10万8千人が、たった一人の男を数十秒見るためだけに集まるとは、どういうことなのかを。10万8千人もの人々を、数時間も待ってでも、一目見たいと集める男の力を。偉大さを。彼が成し遂げたことを。

 

私はあの場で、「羽生結弦・王の凱旋」という一大叙事詩のほかに、「パレードがやってくる」という見てもいないはずの一本のオムニバス映画をも受信した。

10万8千人のモブ、といったが、モブにだって(モブとかいってごめんね皆さん)自分が主役の人生がある。

66年ぶりにフィギュアスケート男子シングルで五輪二連覇を成し遂げたスターの凱旋パレードがやってくる。「パレードがやってくる」は、そんなパレードの周辺にあったかもしれない、モブ達の物語だ。(モブとかいってごめんね再)

羽生くんが好き過ぎて、もはや「羽生は人生」みたいになっちゃってる重度のファン、平昌で落ちて、ちょっくら行ってみるかと勢いで来てみたファン。

合コンでは、俺、羽生くんと同じ学校だったと話すのが鉄板のかつての同級生。

見に行きたいねえと話すお義母さんを連れて行った地元の女性の人生。

群衆だけではない。

一体どれだけの人数や課の公務員の人達が、この日の為にてんやわんやと準備をし、裏にはどれほどの見えない仕事があったんだろう。

杜の都親善大使として立っていた女の子は、羽生くんの後ろに立てると決まったとき、どんな気持ちだったのか。もちろん皆、羽生くんしか見ていないのかもしれないけど、それでも当日のためにすこしでも綺麗に見えるようにがんばったんだろう。

羽生くんのパレードに浮き足立ち、どういう文言を掲げよう、どういう便乗(言葉が悪い)キャンペーンをすれば話題になるかなと嬉々として話し合っていたであろう商店街や企業で働く人たち。

羽生くんが来るから忙しくなるかもねと言われ、実際息つく間もない接客に、もしかしたら冷ややかな目をしていたかもしれないカフェのアルバイトの女の子。 

 

私は、そんな、羽生結弦物語のクレジットに名前も出ない沢山の人々のことを思った。

 

数え切れない人々のある一瞬の時間が、あの場所にて、羽生結弦という男を中心にたしかに交差したのだ。大小深度種類様々の、彼への思いを胸に集い、また彼の姿と思い出を胸に明日からの人生を歩んでいく。

 

すごい。

 

このオムニバス映画を見終えたかのような感動と感傷を引きずったまま、更に、聖地アイスリンク仙台に赴いたのも悪かった(よかったとも言うが) 

アイリン仙台までの道を歩いたことで、今度は、もうスケート嫌だと送迎の車中でぐずった日、初めての種類のジャンプが飛べたのをお母さんに報告した日、あのあれはこうでと練習を見ていたお母さんからのダメ出しにふてくされたりなんかした日もあったであろう羽生少年の姿を受信したのである。

さすがに、見てもいないものを受信しすぎではないか、そろそろ脳を受診すべきなのではという意見もあろうが、我々にそういう、言葉にならない物語を見せるのが羽生の凄さなのだということにしておいてほしい。しろ。

王とて、最初から王として生まれたわけではない。

あの仙台の郊外のまちで、七北田の一人の少年だった時があって、同じくらいとまではいかなくても、同じような可能性と未来を信じて目標を共にした仲間がたぶんいて、でも彼だけが一つ一つの可能性を着実に自分のものとし、五輪を二連覇する偉業を成し遂げ10万8千人が彼だけの為に集まるあの景色を見る事が出来た。王として故郷に凱旋し、希望を与えるのみならず、実際に報奨金等の寄付、パレードグッズの売上による利益の還元までしている。

 

一人の少年がそんな風になるまでの物語の断片を私はあの街で感じ、そして、

そっか。と思った。

そうなんだよな。と思った。

そうなんだよな。

人間はある日スーパースターとして生まれるわけではなくて、あの時この時あの日この日の積み重ねの結果として今がある。

羽生くんの積み重ねた23年間はあの晴れ舞台で、

私の積み重ねた25年間はこのザマである。

どこから。何が。どの瞬間からちがって。

 

 

ということで私は、泉中央から仙台駅へ戻る頃には、すっかりセンチメンタルな気分に陥っていたのであった。つくづく、羽生くんを追うというのは激しい感情の起伏運動である。

そんな気分(と疲れきった足)を引きずったせいでそのまま二時間ほど、充電をするために入ったモスから離れる事ができず、それでも、(俺はまたこのまま仙台のモスで時間を無駄にするのか…?)という思いで重い腰をあげ、牛タンを食し、

 

(妄想してんじゃねえかって思われるだろうが、これは割と結構凹んでたので無理に気分をあげようとしたやつなんだ…)

 

 

羽生くんの本や雑誌のポスターが飾られたあゆみBOOKS

 

 

 

 で、地方の書店へ入った時の一応習慣として、弊レーベルの本がどの程度の扱いなのかを確認…

 

…したところで、私はそういえば職場への土産を買ってなかったことを思い出したのであった。(夜21時)

 

羽生くんは、自らの手で掴んだ報奨金1000万円をも故郷にポンと寄付するだけの力がある超人格者なのに、私に至っては、職場への土産を買う事すら夜中になるまで頭から完全忘却する。いや、朝の時点では買おうとは思っていたのだが、夜になる頃にはほんとに忘れていた。

…もう、(一人で)仙台の夜景を見ながら私の脳内にはこれが無限リピートでしたね。

 

www.youtube.com

 

取り急ぎ、帰京後、私は自省と敬意を込めて羽生くんを羽生さんと呼ぶことにした。何故か余計にキモさが増した気がするが、まあいい。

夢女としては敗北だったが、仙台に行った事は全く後悔していない。行ってよかったと心から思っているし、当初の予感通り、人生で一番幸せな4月だった。

これほど、生きててよかったと何度も思った4月はなかった。

疲れているであろうにずっと笑顔で手を振り続ける羽生さんは王子&王子&王子にほかならなかったし、くるくると向きを変える後ろ姿すら可愛かったし、正直沿道の前を通りすぎっていったとき羽生くんがどんな顔をしていたのか、感極まりすぎて&手を振るのに必死すぎてろくに覚えていないのだが、羽生さんの姿が見えた時の「もうここで死んでもいい」という幸福感と周囲の熱狂の様子だけは強く記憶に焼きついている。自分のテンションが上がりすぎて見れたもんじゃない動画も残す事ができたし、皆が羽生を待ち望むあの空気を体感できたことは本当によかったし、もちろん仙台の町を歩くのは楽しかった。行かなければ分からない事は沢山あった。

決して羽生さんのようにはなれないが、 少しでも、自分が誇れるような人生を、生き方を、仕事を。そうこれは、現実に立ち戻るための旅だったのだ。

 

 

…と決意した直後のツイート。

 

 

 

 

妄想の方向性が余計におかしくなっただけじゃねえか。