センチメンタルの涅槃

読書、漫画、映画感想用。中二病と喪女をこじらせた25歳。ボーイズラブの話多し。https://twilog.org/Barako_Fu

春と阿修羅【前】

 

序、わたしたちはいま羽生が五輪を二連覇した世界線に生きているのだということ

 

国民栄誉賞授与式での羽生の袴姿見た瞬間、

「はいはい忘年会終了今振り返らんとしていた全てをこの最高の羽生がまたも最高の羽生を越えて来たから忘年会終了今からは羽生の袴姿について三日三晩語る新年会開始します」

つって、まじで三日経っても飽きずに喋っていたわたくしですが、どうにもこの平成最後の最高のシーズンを振り返らねば私の梅雨が終わらない気がするので、無理をして振り返る事にした。

 

無理をして、というのは。

むろん―――袴姿といえば、そういえば以前の袴の時にはあまりにもハマり過ぎて逆に「コラか?」とか言ってたなって検索したら、

 

 

 あれからまだ一年も経っていない事にビビったほど、あまりに沢山の事がありすぎた、というのもある。そしてその間、幾度も最高の羽生を最高の羽生が更新してくるし、振り返ろうとしたそばからまた最高の羽生が投下されるというイタチごっこ(イタチごっこ?)が繰り広げられていたのでお手上げだった、というのもある。

だが我々ユヅルオンアイスのモブとして紛れもなく今年いちばんの最高の瞬間っていえば、五輪連覇が確定したことなわけであるし、そう。

 

いま私たちは、「羽生結弦が五輪二連覇をした世界線」の中に生きている。

 

そのことの感慨で胸がいっぱいになる事から前に進めないのであった。

というのは、今年の色んな“最高”ーーあの凱旋公演も、パレードも、喜び一色を以て迎え入れたFaOIも、国民栄誉賞の袴姿も、「羽生結弦が五輪を二連覇した世界線」ゆえに、起こり得た出来事と感情だからで、何を思い出すにせよ、ああこれは、「羽生結弦が五輪を二連覇した世界線」ゆえの賜物なのだ、というところに着地するのである。

そうして、“まだ”「羽生結弦が五輪を二連覇していない世界線」の焦燥や恐怖や心配と、そこから、三歩歩いたら今しようとしていたことを忘れるトリ頭の私でさえ、あまりにあまりに鮮明に覚えている「羽生結弦が五輪を二連覇する世界線」に移行した瞬間の記憶と、そして改めていま私たちは、「羽生結弦が五輪を二連覇した世界線」に生きているのだという喜びを思い出すのだ。

 

またイタチごっこである。

 

 

一、思ったとおりであった気もするし思ってもみなかった気もするし思った以上であった気もするし。

 

世界線、という言い方をした。

前も少し書いたけれど↓

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

私は、「たられば」について想いを馳せる事が結構好きだ。

そうはならなかった“世界線”のことを想像してみるのが好きだ。

ああだったらよかったのにな、とグチグチ考えてみることが好き、ということではなく、あらゆる“たられば”について想いを巡らせることで、しかし、そうはならなかった今ここにある現実への感慨が余計に浮き立ち、そうはならなかったことにこそ真実が見える気がするから。

この、羽生についての「たられば世界線」について最近、ああ、自分はまだ何も分かっていなかったのかも。と思った事が二つほどある。

 

凱旋公演のパンフレット、佐野稔氏に寄せた羽生のコメントにこんなくだりがあった。

 

もしあのとき佐野先生が仙台に来てくださらなかったら、僕は今ごろスケートをしていなかったと思います。野球が好きだったから、野球少年になり、甲子園出場やプロ野球選手を目指して……という道を歩んでいた可能性もあります。

 

何気ない「たられば」のようだけれども、私はこの文章を読んで、結構驚いたというか、改めて羽生の恐ろしさというか底の知れなさというか、つまり「羽生、最高じゃん!!!!」とますます愛を強くしてしまった。

 

そうか。と、思ったのだ。

そうか、羽生くんはそこでも“頂点”を当然のように目指すのだな。

そこでも、“頂点”を目指すことを、目指せることを、当然の前提として語るのだな。

 

そこに痺れたのである。

 

というのは、ふつうの人間は、ひとりの人間が、これ以上無いってくらい成功を収める事が出来る才能は、ゼロか、かろうじて1だって前提で思考を進めてしまう。

通常の場合は、1も無い人が殆どだから、今この現実で、本当に本当にうまくいった人の今持つ「1」がもし存在しなかった世界のことを考えた場合、それは「ゼロ」の世界線であろう、と思う。

だからたぶん、私だったら、

 

「もし佐野先生があのとき、仙台に来ていなくて、羽生がスケートに出会わなかったら、今のフィギュアスケーターとしての羽生結弦は存在しておらず、無名のサラリーマンになっているとか、お父様と同じ教師なんかになっていたかも」

 

と続けてしまうだろう。

っていうか、私にはそういう発想しかなかった。「この頂点に立って成功を収めた羽生結弦の姿はなかったかもしれません」という感慨についての話なのだと思っていた。そういう発想しかないから、そういう文章が続くのかなと思って読み進めていたところに、

「甲子園やプロ野球…」と来たもんだから、その展開にハッとしたのである。

羽生が実際どれだけ野球が出来るのかとかそういう話はさておいて、ナチュラルにこの発想と前提の元、話を進められるって、結構物凄い事なのではないか。凄い事だと思った。もしかすると、こういう自己像を想像できるかが、頂点に立てる人間か否かの違いなのかもしれない。人間は、自分の想像できる範囲内の自分にしか成り得ないのだとすれば。

羽生結弦は、スケートをしていない羽生結弦というIFでも、別の道のトップを目指せる自己像を想像できるのだ。

 

 

この2~6月、私は羽生くんについて多分108回くらい「最高かよ」と言っていたと思う。

まるで、「やばい」しか言わないJKの如く、「最高」しか語彙がない人のようだが、「最高」しか語彙がない。

とはいえ、この「最高」という言葉に含まれる感動の種類について、実は大まかに言って3種類くらい存在しているのであった。

1、自分が解釈した通りの羽生だったという(自分の解釈がぴったり合っていたという)感動

2、自分の予想の斜め上で驚いたという(やっぱ凡人の想像なんて軽く越えてくる凄い男だっていう)感動

3、自分が解釈ないしは想像していた羽生を更に上位互換の形で具現化してきたという感動

 

 

今の羽生結弦がなければ甲子園やプロ野球選手を目指していた羽生結弦がいたかもとふつうに言う羽生は、よく考えれば、思っていた通りである気もするし、全然予想の斜め上である気もするし、自分の考えていた更に上位互換のような気もする。

すなわち、最高三乗の羽生って感じでまじで最高だったって事だ。

 

 

二、ノット・ブリザードポディウム

 

 ※若干腐っぽい話をしているので苦手な人はスルーして

 

最近、もしかしてあれは少し誤解して拡散されていたのだろうかと思い始めてきたのだが、以前、羽生と宇野の間にある拭いきれない距離感についてのあれ、↓

 

barakofujiyoshi.hatenablog.com

 

私としては完全に「萌え」の話のつもりで書いていた。

まあ、萌えって言うのもどうかとは思うが、基本的に私の話は全部「萌え」についての話だ。(むろんこの記事も)

これは、いち腐女子の勝手な嗜好としてスルーして欲しいが、同性同士に限らず、私は、互いに相思相愛の仲良しこよしな関係よりも、そういう、情愛や好意以外のものも入り混じった冷たさや仄暗さのある関係にグッと来る人間で、だからあれは「そこが萌える」という話なのである。

一方で、ハビちゃんと羽生については、もちろん最高に尊い関係であることは勿論だし仲良しで可愛いなあ素晴らしいなあとは思えど、案外、所謂“そういう意味”で食指が動くことってなかったのだけれど、今年になって初めて、あ、違うのかも。分かっていなかったのかも、と思った事があった。

 

これまた、凱旋公演のパンフレット。

羽生くんはハビちゃんについてこんな事を言っていた。

 

カナダに行くのを決めたのも、クリケットクラブに彼がいたからこそです。

カナダに行く前は、毎日ハビと競争心を持って練習するつもりだったのですが、ハビはとにかく優しくて。お互いにバチバチするようなことは全然なく、すごく仲良くなりながら、同時にスケートを高め合えるという、とても大切な関係になりました。

 

羽生のクリケット移籍についてオーサーに相談されたハビが、

「世界選手権の銅メダリストが来るんだ! そりゃすごい!」と明るく即OKを出したことも、その明朗さに、オーサーがもしかして二人は意外と相性がよくうまくいくのかもという予感を抱いたことも、

当初英語が分からなかった羽生に、ハビが積極的に話しかけていったことで徐々に打ち解けていったことも、

その後6年にわたり、互いにクラブを離れることなく、羽生が世界選手権の金を逃してしまった際にはハビが、「僕の中では君がいつでもチャンピオンだから」と言葉をかけ抱きしめ、羽生が平昌でまず涙を流したのは、ハビのメダルが決まったからだというような、唯一無二の温かい関係を築き上げていることもよく知られている。

 

 

でそれはそれだけでたいへんに尊い話なのだが、だが私は、

「毎日ハビと競争心を持って練習つもりだったのですが」

という文言の方に着目してしまったのだった。

 

そうか、羽生はもしかして最初、今のような関係になるつもりがなかったのか…?

 

羽生ハビについての“たられば”。

ああ確かに。何かがどうにか違えば、ハビがこれほど優しく大らかな人間でなかったり、二人の相性がよくなかったりすれば、「ブリザード表彰台・再び」になっていた可能性だって、たぶん十分にあったのだ。

 

 

パンフレットの前ページで、羽生くんはプル様を好きになったきっかけについて語っていた。羽生くんがプルを好きになったきっかけは、ソルトレーク五輪だという。例のヤグVSプル ブリザード表彰台で有名なあれである。

同国・元同門の、ヤグVSプルの死闘に、7歳の羽生少年は惹かれた。

そして、日頃、そつのない優等生コメントを述べたり感謝という言葉をよく口にするもんだから一部に誤解されがちだが、羽生くん自体もそもそも、「楽しい気持ちとか、またはリスペクトをしながら感謝をしながらニコニコしながら演技をするというのは向いていない」と言い切る、負けん気や闘志バリバリの人間であろう。自分を育て上げてきてくれた環境人々、社会への感謝の気持ちは忘れないが、いざ競技の場に立てば、「それはそれとして俺が勝つ」、それはそれとして俺が勝つのだ。おそらくは元々、そういう闘争心をもった戦いや姿こそに惹かれるタイプの人間かつ、自身も、負けたくねえ、と思う時が一番強いのである。

 

だから、これらの要素要素を繋げて解釈してみるならば、羽生くんは、

もしかしたらどこかで、バチバチに自分の闘争心を刺激するような存在を、近くに求めていたのではなかろうか。求めていたはずなのに。

この気付きによって、私のレーダーは(何のレーダーかは聞くな)急遽ぐわあああああっと、ハビゆづに振り切れてしまったのであった。

 

自分の事をとても温かく受け入れてくれたハビの姿は、もしかするとある種、「期待が裏切られた」わけである。でも、そんな意に反して、当初の期待とは違うかたちでの、何にも代え難き唯一無二の関係、自分以外が勝って嬉しいと感じる唯一の存在を得たのだ。

これは、“当初の期待が裏切られた”(かもしれない)という部分が重要である。

この要素によって、もしかしたらあったのかもしれないIF世界の想像と、そうはならなかった今ここの現実までに至った変化の過程(いや別に実際見てないんだが)とが走馬灯のようによぎり、そして今ここの現実にはっと引き戻され現実が浮き立つ。

 

 

先日発表されたGPSアサインにはもう、ハビエル・フェルナンデスの名は無い。

まだいない、と、もういない、ではきっとぜんぜん違うのだろう。

ハビが隣にいないこれからの世界で羽生くんの心境にどう変化が生まれるのか、いまのわたしたちはまだ誰も知らない。

 

 

……長くなったので後編につづく…

<後編>↓

barakofujiyoshi.hatenablog.com